十九、七面鳥撃ち
帝国軍東方派遣師団、空軍基地では。
「予定戦闘員!即時待機!」
命令を受けた空軍のパイロットたちが、作戦指揮所に自信満々で集結していた。退屈な辺境での勤務から一転、一大攻撃作戦が始まるのだ。興奮せずにはいられない。
航空隊司令官、ジャック・ロビンソン中佐が入ってきた。
「日頃の成果を示す時が来た。今回、我々はザヒル藩王国の航空兵器に攻撃を仕掛ける。」
指揮所内にパイロットたちの歓声が上がり、二の腕を高々と上げるもの、静かに闘志を発揮するもの、仲間とハイタッチを交わすものと様々な反応を見せた。
「まず制空隊が進発。その二十分後に爆撃隊が進発する。連中の戦力を甘く見るな。本来ならありえない奇襲攻撃が行われようとしている。首尾よくやれ。幸運を。ジェントルメン。」
「応!」
掛け声とともに、滑走路に向けて制空隊員五十四名が走っていく。
今回使われる戦闘機は、帝国軍が誇る機体だ。
最新鋭単座ジェット戦闘機、〈サンダーボルトmarkⅤ〉。
最高速度、上昇性能、防御性能、エンジン出力、武装、全てにおいて、現在世界最強とされる傑作機である。武装は三十ミリバルカン砲二門、対空ミサイル十二発、さらに敵からのミサイル攻撃を予期して、フレアの発射も可能としている。
今回の作戦には五十四機が投入される。つまり九機が正三角形の編隊を組む九機編隊を六つ編成し、攻撃を仕掛ける手筈だ。本来ならば、三、四機の編隊で済むのが普通なのにこのような国家間戦争並みの編成で臨むのは、同盟国の合衆国軍から、危険な兵器だと、連絡が入ったからだ。
だが、彼らには世界最強の空軍だという自負があった。
世界大戦では、あの西の強国の空軍を鎧袖一触に蹴散らしたのだ。
「戦場にロマンなどない」
それが現在の西側の軍隊の常識だ。
より多くの鋼鉄機械を敵陣に突っ込ませた方が勝つ。
人間の天才的なアイディアも強靭な精神力も、鋼鉄の津波には太刀打ちできない。
安っぽい感傷など、紙屑ほどの価値もないのが現代戦のあり方だ。
そのことを恥知らずの猿どもに教えてやらねば。
搭乗するパイロットたちが乗り込み、次々と滑走路に機体を進ませ、滑走路を突っ走り、発進していく。
エンジンパワーだけで高度六千五百メートルに昇りつめ、九期編隊が六つ出来上がる。辺境に送られても、実践を想定した訓練を続けてきた努力が実った形だ。
二十分ほど飛行すると、高度三千メートルほどに巨大な飛行物体を機上レーダーが探知した。
「なんだ。ありゃあ…。」
視認したところで、航空隊編隊長、ウィリアム・アルゴ中尉が思わず唸る。
それは見たところ、飛行船のようだった。だが、飛行船とは違い、全体が鉄でできている。どういうわけかグレーに塗装され、表面上部に速射砲や何かの格納庫のようなものがある。だが、感想を言っているわけにはいかない。
「敵さんを確認。ロックンロール!(攻撃準備!)」
アルゴ中尉の掛け声とともに、制空隊全員が酸素マスクをつける。
見たところ、こちらが三千メートルほど優位高度にある。
――上からたたき落とす。
アルゴ中尉の決断はそれだった。
全機が降下体制に入った。
「グリフォン1、フォックススリー!」
アルゴ中尉の機体を始め、全てのサンダーボルトがそれに倣い、ミサイルを発射した。
――楽勝だ。
全員がそれを疑わなかった。
「バカの一つ覚えですな。」
〈ヴォルフラム〉の艦内でハキームがそう言った。
「原人にマスを数えさせると死ぬまで続けるというからな。」
ガジュ・シンは自信たっぷりにそう言った。
敵攻撃隊の位置座標は〈ヴォルフラム〉の三次元レーダーで完璧に把握されていた。ガジュ・シンと副官のハキームがいる戦闘指揮所(CIC)には、レーダーで探知した敵機と放たれたミサイルの位置データが分析され、完璧なまでの迎撃態勢が整っていた。
「勇気は認めるが、」
ガジュ・シンは嘲笑した。
「我々は進化というものを心得ていてね。」
戦闘指揮所に掛け声をかける。
「砲撃開始。原人どもに進化の概念を教えてやれ。」
指示を受けた戦闘員が応じる。
「了解。撃ち方始め。」
放たれたミサイルが着弾するかと思われたその時、〈ヴォルフラム〉上方部でいきなり爆炎が上がった。
「何だ!勝手に爆発した?」
それはレーダー探知した相手に向けて放たれる対空ミサイルだった。サンダーボルトから放たれたミサイルは、全て意志を持つかのように向かっていった迎撃ミサイルによって撃ち落された。
それだけではない。速射砲が戦闘機隊に向かって素早く回転したかと思うと、いきなり砲撃を開始した。
「バカめ。この距離で対空砲が当たるはずが…」
そう言った瞬間、アルゴ中尉の搭乗機が爆発した。速射砲から放たれた砲弾が直撃したのだ。明らかにこちらをレーダー探知して、正確無比に砲弾やミサイルを「当ててくる」兵器だった。
「散開しろ!ミサイルと対空砲の餌食になる!」
指揮を引き継いだ、指揮権第二位のマイケル・オブライエン少尉がそう命じる。
攻撃機隊全機がそれに従った。
だが、放たれるミサイルは意志を持つかのように、サンダーボルトに襲い掛かる。〈ヴォルフラム〉に搭載されているミサイルは北の独裁国家が軍事援助で与えた自動追尾機能を備えたもので、一度放たれれば、攻撃目標に当たるまで追尾し続ける。
編隊を解散し、フレアを放って、ある程度のミサイルを回避した者もいたが、放たれるミサイルの数が多すぎる。すぐさま次のミサイル攻撃を受けて、あえなく撃墜される。
――そんなバカな。
オブライエンはそう思った。
帝国空軍は比類なき最強の戦闘機部隊のはずだ。その自分たちが七面鳥を狩り立てるように襲われ、なすすべもないなんて。
計器類が警報を鳴らす。
オブライエンは背後から迫る夢魔に気づいた。
悪夢は自分を見逃す真似はしなかった。
最後の一機が撃墜されたのを確認すると、〈ヴォルフラム〉で歓声が上がった。
「ざまあみろ!野蛮人め!」
「我々を奴隷のように扱った罰だ!」
「楽勝だったな!訓練の方がきつかったぜ!」
ガジュ・シンは満面の笑みを浮かべて、命じた。
「帝国軍基地へ向かう。対地焼夷弾を用意。連中を焼き殺してやれ。」
「了解!速射砲とミサイル発射管の冷却を急がせます!」
ハキームも満面の笑みだった。
「我々の勝ちは決まりですね。」
「最後まで油断はするな。帝国のみならず、合衆国軍も動くに決まっている。」
ガジュ・シンはユリナを気にしていた。
もし、この兵器の致命的な欠点まで、悟られていたら…。
だが、思い直し、そんなわけはないと考えた。
もし対抗策を練っているなら、この時点で何らかの動きがあったはずだ。それがないということは我々の勝利は揺るがぬものだということだ。
つまるところ、我々は勝てるということだ…。
ガジュ・シンはこの戦いに勝利を確信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます