十一、スパイの本性

 昼食を食べ終えたニコ達三人は、大使館内の宿舎に案内された。本来なら一人部屋だが、障がいのあるニコが自由に動けるように、トムも例外的に相部屋になることが許された。当然ユリナは別の部屋だ。

 自分たちは信用されたのだろうか。詳しく調べれば、ジョッキー・クラブの会員証が偽造であることはすぐわかる。知られてしまえば、彼らも手のひらを返して、自分たちを放り出すだろう。だが、今日はもう疲れた。難しいことを考えるのは明日にしようということで、今日はもう休むことに決めた。さすがにニコも疲れてしまったのだ。

 私物の一切は昼食後、返還された。さすがにイザックから手に入れたコンバット・マグナムは銃弾も含め、大使館を出るまで預かるということだった。ナイフもだ。

「ある種の監視状態ってとこかな。」

 トムがつぶやく。まったくその通りだった。ニコ達の部屋は他国の要人が来た時に宿泊させる一流ホテルのような部屋だった。さすがに盗聴器の類はないだろうが、自由な行動が制約されたことに変わりはない。彼らは獲物を檻の中に入れたのだ。

「今日はもう休もう。君たちがドジをしたせいで疲れてしまった。」

 義足を外してもらい、ベッドに寝転んだニコはそこではあ、とため息をついた。

「この旅行はどんどん難易度が上がっていくな。」

「無事に帰れるのかな。」

「はっきりわかったこともある。」

「何?」

「ガジュ・シンの野望を解明しない限り、帰国はできない。ユリナが許しても帝国諜報部が無視してくれない。」

はあ、と今度はトムがため息をついた。長椅子に座り、ぼやく。

「まるで見えざる手に動かされているみたいだ。」

「明日、何とかして王宮に近づこう。ノイマイヤーの遺産が本当なら、よほど大規模なはずだ。王宮に入れば、何かつかめる。」

「ちょっと待って。王宮に入る気?」

 ニコがベッドから起き上がった。

「それ以外に方法ある?」

 あーあ、とトムが悲観的な表情を浮かべる。

「いい加減、ギブアップしてきたくなったよ。いろんな意味で。」

「ドロップアウトなんて選択肢はない。いちいち泣き言を言うな。ぶつくさ言っていると舌を引っこ抜くぞ。」

「ぶつくさ言っているわけじゃないよ。」

「時々、ユリナがいることを思い出せ。私たちは約束してしまったんだ。」

 渋々という表情で、

「そうするよ。」

と、トムは答えたのだった。






「確かか?」

「間違いありません。」

 大使館内の執務室。ウェブスター大佐は一等書記官の肩書で在籍していた。スパイの世界ではよくある肩書だ。そもそも大使館員などという人間は、両国が認めた公認スパイのようなものだ。ウェブスターの正体はとっくに藩王国にも知れ渡っているだろう。

 そのウェブスターは帝国のデータバンクにアクセスする権利を持っており、内心怪しいと感じていたニコのジョッキー・クラブ会員の確認を本国に取ったのだ。

 国際電話は時間がかかり、雑音がひどかった。

 それでも、必要な情報は手に入った。

 ジョッキー・クラブにニコラス・ガーランドなる人物が在籍していた形跡はない。

 なめられたものだ。

「わかった。後はこちらで処理する。」

「お役に立てて何よりです。」

 本国の部下との連絡を終え、ウェブスターはつぶやいた。

「よけいなちょっかいを出さなければいいものを。」

 机の上に置いたニコのコンバット・マグナムを手に取った。

「行きつく先が野蛮人たちの牢獄とは。」

 ウェブスターはマグナムを弄びながら、ガジュ・シンへの「贈答品」にすべく、三人を利用するプランを立て始めた。


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