十、顔のない男

 ニコ達はウェブスターという男とその部下たちの車に分乗し、ザヒル藩王国の帝国大使館にやってきた。ニコは警戒を緩めていなかった。彼らの様子を見る限り、彼らもまた、ガジュ・シンの野望について一定の推測をしているということは分かった。自分たちの調査の邪魔をする者は許さないだろう。こちらにユリナがいることで彼らの警戒心は一層強まったはずだ。

 大使館内の応接室でお茶をいただき、丸テーブルにニコとトムとユリナが待たされた。ニコがメモ帳に何事か書き、二人に回した。

〈盗聴器があるはずだ。外で話そう。〉

 二人は固い顔をしたが、黙って外のベランダに一緒に出た。

 早速ユリナが切り出した。

「一体どういうことですか?帝国がこの国を本格的に調べているとか?」

 ニコは応接室から持ってきたティーカップの中のお茶をすすりながら、

「まあ王室では蚊帳の外に置かれていた君が嗅ぎつけた秘密だ。帝国が知らないはずはない。」

 心配そうにトムが言う。

「私たち、どうなるんだ。」

 そうだな、と呑気そうにニコは言う。

「私たちの秘密を洗いざらいしゃべらされて、国外追放されるか、ユリナは帝国に強制移住か、いずれにしろ、ろくな展開じゃない。」

「脅すなよ。何とかできないのか。」

「もうじきわかるさ。」

 すると応接室の扉が開いた。

 いたのは例のウェブスターという男だった。

「待たせて申し訳ない。非礼は許してほしい。」

 ニコ達はベランダから応接室内へ戻った。トムとユリナの頭上には疑問符が浮かんでいるようだった。てっきり尋問を受けると思っていたのだ。なのにこの態度の変わりようはなんだ?

「私物を確認させてもらったが、ニコラスさん。あなたが我が帝国の王室とゆかりのある方だと分かった。」

 トムとユリナがぎょっとして、ニコを見る。顔の表情は変えず、ニコは内心、にんまりと微笑む。

 ここに来る前に、ニコの私物も取り上げられていたのだが、中にはイザックの店で手に入れたインペリアル・ジョッキークラブの会員証も入っていたのだ。それが効果を発揮したというわけだった。

「失礼の談はお詫びします。どうぞこちらへ。昼食はまだでしょう?ぜひともお取りください。」

「まあ、そんなにしゃっちほこばらないで。」




 四人は大使館内のパーティー会場に移動した。ここで食べる食事は何よりも贅沢に違いない。帝国の国力の象徴ともいえる会場を貸し切りで食事が取れるのだから。

 窓際のテーブルに座った四人は、注文を聞いてきた大使館員に対し、食べたいものをオーダーした。ユリナは川魚の姿焼き、トムはハムステーキ、一番変わっていたのはニコで、ナマズのしゃぶしゃぶを注文した。ウェブスターは任務があるためか、何も食べない様子だった。

「料理が来るまで、少し説明しましょう。なぜ我々がこの藩王国の監視を強めているのか。」

「私の父が野望を抱いたからでしょう。」

 ユリナがストレートに言い放つ。

「まったくその通りです。ザヒル藩王国が我が帝国に宣戦布告をしようとしているという情報を得て、我々は現在、非常警戒態勢にあります。」

「元をただせば、あなたたちが勝手にこの国全体を植民地支配したからでしょう。」

「我々には、国を繁栄させるという大義があった。」

「私たちをいいように利用しただけじゃない。そんなあなたたちが大儀なんて仰々しい言葉をつぶやくの?」

「時には誤った方法を取ったかもしれない。だが、常に善意を持って臨んだ。」

「何が善意なの?結局、武装蜂起という最悪の事態を招いただけじゃない!」

「その辺にしてくれ。ユリナ。政治論をぶつけ合っている時間じゃない。」

 立ち上がろうとしたユリナをニコは諫めた。

「我々も、この国の王が帝国に宣戦布告をしようとしている情報をユリナから聞いて、何とか防ごうと協力しているだけです。あなたたちを責めるつもりはありません。」

「それ以前に、私たちはラジオタレントだよ。国の行く末に興味は持ちません。」

 トムが断固とした口調で言う。ウェブスターは少し考えていたようだが、

「ガジュ・シンの蜂起計画は本当です。明確な証拠がある。」

「何です?」

「私たち、帝国情報部はこの国全体のあらゆる情報を手に入れられる立ち位置にいる。」

 そこで料理が運ばれてきた。ニコ達三人の前には、それぞれが注文した料理が置かれる。

 だが、口にする気分にはなれなかった。事態の深刻さがうかがえたからだ。

「そんな我々でも唯一、一切の情報が手に入らなかった、あの男…。」

「あの男?」

「誰です?それは?」

「ヴォルフガング・ノイマイヤー。ただし、これが本名であったかはわからない。奴は複数の偽名を使い分けていたからな。」

「胡散臭いな。どういう男だ?」

「軍人だよ。階級はたかだか大尉に過ぎないというのに、この藩王国の先代の王にやたら気に入られていた。まるで技術顧問であるかのようにこの国の内政にも関わっていた。」

「外国の軍人なのか。」

「奴は大戦中、西の強国から派遣された技術尉官だったんだよ。」

「そんな人、聞いたことがありません。」

 反応したのはユリナだった。

「私は十九ですけど、王宮内の要人は全員把握しています。ノイマイヤーなんて人はいません。」

「そう。奴はもうこの国にはいない。ユリナ殿下。あなたが生まれる前に行方をくらませた。」

「素性のよくわからない謎の男というわけか。」

「そういえば奇妙なうわさを聞いた。ノイマイヤーはこの国に西の強国の夢の兵器を技術供与したというのだ。」

「そいつだ!」

 ニコが今度は反応した。

「ユリナから聞いた話では、ガジュ・シンは帝国を滅ぼす秘密兵器を完成させたという。符合する事実が見つかった。ノイマイヤーが持ち込んだ知恵をこの国は拝借したんだ。」

「ニコ。落ち着け。」

 トムがなだめる。

「仮にそれが本当だとしよう。だが、帝国にケンカを売るなんてばかげている。一発の砲弾を撃ち込んだだけで百発撃ち返されるのがオチだ。どんな兵器を作ろうが帝国を攻略できるわけがない。」

「我々もそう考えている。たかだか人口五万人の小国だ。軍事費にあてがえる資金は限られている。」

「だが、すべてが符合する。」

 ニコは自分の意見を曲げなかった。

「私もニコラスさんの意見に賛成です。父は表向き、帝国に従順ですが、内心快く思っていません。そんな兵器を作っていてもおかしくありません。」

「二人とも、想像が過ぎるぞ!」

 トムがついに叫んだ。確かにこんな小国がそのような兵器を開発できたとは思えない。だが、ばらばらに思えるピースが一つの繋がりを持ち始めていることは感じていた。何かが起きようとしている。それも間もなく。

「とにかく食事をどうぞ。あなた方はこの国に監視されているだろうから、この大使館に泊まっていただきます。」

 食事をすすめられたが、食べる気は三人全員になかった。私たちはどうすればいいのだろう。その思いでいっぱいだった。


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