五、ふくろうの眼

 喫茶店「クイーンズ・プレイス」を出たニコは、トムにユリナをホテルに送るように伝えた後、町のアリヤ人街に赴き、古書店「ふくろうの眼」にたどり着いた。

 フクロウの看板がぶら下がった店に入り、

「ごめんください。」

と声を出した。

 店の奥から出てきたのは白髪頭に少し曲がった老眼鏡をかけた老人だった。まさに古書店の店主にふさわしい容姿である。

「どちらさんかな。初めてのお客さんだね。」

「合衆国のディクソンの紹介だ。」

 そういうと店主の顔つきが変わった。

「あなたがイザックだね。ディクソンは人には言えない秘密を助けてくれると言っていたが。」

 カウンターに座った店主のイザックなる人物は、

「やれやれ、ディクソンは元気だったかね。」

「彼も古書店を経営している。もっとも私の見立てでは、売れる本より、仕入れる方が多いと思っているが。」

「私は彼が優秀な歴史学者になることを期待していたのだがね。」

「どうだろう?助けてくれるか?」

 座りなおしたイザックは、

「何が必要だね?」と言った。

「まずパスポートが欲しい。私が使うんじゃない。連れの女性の身分証が必要なんだ。」

「その女性の写真はあるかね。」

「二級品だが偽造パスポートを持っている。」

 ニコはユリナから預かった偽造パスポートをイザックに渡した。

「この注文は時間がかかる。三日は待ってもらうよ。」

「明日取りに来る。それまでに作ってくれ。」

「無茶を言わないでくれ。最短でも三日は必要だ。」

 ニコは少し考えて、

「このパスポートの作成がこの国の破滅を救うためのものだとしたらどうする?」

「どういう意味だね?」

「パスポートの写真を見てくれ。」

 訝しげにイザックは渡された偽造パスポートのページをめくった。顔写真のページを見ると驚愕した顔になった。情報通で裏社会にも顔の利くイザックなら、この人物が誰なのか、すぐにわかったはずだ。

 イザックはため息をつきながら、ニコを見て、

「あんたにとって、戦争はまだ終わっていないということか。」と言った。

「引き受けてくれるか。」

 イザックは渋々という態度で、

「何とか明日までにやってみる。ただしそれでも明日の正午まで待ってくれ。」と返答を返した。

「この店で何か他に手に入るものはないかな。」

「どういう意味だね。わかっていると思うがここは古本屋だよ。」

「私が戦争をやる上で、何か役に立ちそうなものがあれば売ってほしい。明日までに適当に見繕って私に売り込んでくれればいい。」

 やれやれ、という表情のイザックは、

「これは高くつくぞ。財布がだいぶ寂しくなることは覚悟しておいてくれ。」

「ありがとう。助かるよ。」

 感謝したニコだったが、内心、不安も覚えていた。そして祈った。

 どうかもうこれ以上、イザックの世話になる事態が起きないことを。

 この旅が無事に終わって、全員がハッピーエンドを迎えられればいいのだが。



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