四、忍び寄る戦火の影

「へ?」「は?」

 二人の感想はそれだった。

 少し考えた後で、トムが、

「嘘ついてないか?」と言ったが、ユリナは少し怒った様子で、

「私が嘘をつく理由がありますか?それで私が得をすると?」

「いや、そうじゃないけど…。」

「私は信じるよ。」

 そう言ったのはニコだった。

「いくら二級品の偽造パスポートとはいえ、手に入れるにはそれなりのコネが必要だ。その若さでそれが手に入るのは、今、君が言った身分以外にあり得ない。」

 さも当然という言い方でニコは主張したが、トムははなから信じていない様子だった。

「仮にそうだとしても、君が犯罪者であることには変わりはない。ニコ。行こう。こんな胡散臭い娘と一緒にいても、損をするだけだ。」

 するとユリナは、

「お二人にお願いがあります!どうか助けてください!」

「助け?」

「偽造パスポートで密入国する人間を助けろだって?」

 トムはもう関わりたくないという感情を隠さなかったが、ニコは違ったようだった。

「とりあえず話を聞こう。あそこの喫茶店はどうだ?お茶でも飲みながら、話を聞くよ。」

 ユリナはほっと一息ついて、安心した様子だった。




 喫茶店の名は「クイーンズ・プレイス」という名だった。世界大戦が始まるより遥か昔に、この世界は言語の統一化が図られているため、別の国に行こうが、異邦の民との会話に苦労することはない。それで国ごとの言語の文化が打撃を受けたという人もいるが、ニコ達の感覚では、この方が合理的で快適だというのが感想だった。

 席に座り、やってきたウェイターにお茶を注文すると、さっそくニコは話を聞き出した。

 トムはまだ信じていない様子らしい。この少女が何を言おうが、犯罪者であることには変わりないという考えだ。

 トムを無視して、ユリナは話を始めた。




 ザヒル藩王国は四百年の歴史を持つ国だ。この地域の、それどころか、この国の盟主として尊敬を集めてきた。

 だが、帝国の支配が始まり、立場は一変した。

 どんなことをしても勝てない帝国に対し、ザヒル藩王国は帝国の自治領として生き延びるしか道はなかった。帝国から労働力を求められれば拒むことはできず、働いても雀の涙にしかならない賃金を受け取って生きるしかなかった。時には隣国を弱体化させるために、アヘンの生産を無理やり強いられた歴史もあり、藩王国の人々の帝国への敵対心は高まっていった。

 そんな中で、大戦中に先王から代を譲られたのが、現国王のガジュ・シンである。ガジュ・シンは帝国に従順なふりを続けながら、帝国との戦争に備えて、西の強国に接触した。そして藩王国軍の近代化に努め、西の強国から技術を導入し、航空機まで揃えたという。

 これに対し、脅威を抱いたのは当の帝国である。ガジュ・シンに対し、兵力の削減を要求し、従わなければ武力制裁も辞さないと警告した。帝国がその当時、西の強国から戦略爆撃を受けていたことも災いした。ザヒル藩王国は南の地域一の潜在的脅威となったのである。

 ところが、西の強国が北の大国にも宣戦布告し、攻め込んだことが致命傷となった。二正面作戦を実行するという軍学ではタブーとされることをしてしまったために、挟み撃ちを受けた西の強国はその一年後に敗北。帝国や北の大国、そしてニコの故郷の大国を中心とした連合国軍は西の強国を分割統治し、二度と同じ事態が起こらないように西の強国は分断された。

 一方、支援を失ったザヒル藩王国はその後、軍事費に金をかけすぎたために衰退。帝国の支援なくしては生きられなくなった。

 だが、ガジュ・シンは復讐を忘れていなかった。

 ユリナによると、父が大戦中、西の強国が開発した秘密兵器の設計図を基に、帝国への奇襲攻撃を企図しているという情報が入ったという。

 情報をくれた人物の名は明かさなかった。そういう約束で情報を受け取ったのだ。

 大学で医学の勉強をするために、首都に住んでいたユリナは放っておけず、身分を隠して、ザヒル藩王国に密入国しようとしたのだ。




「なるほどね…。」

 ニコはユリナの事情を聞き終わり、ため息をついた。

「帝国を相手にそんなことをするとは…。明らかな敵対行為だぞ。」

「信じられないな。」

 トムは言った。

「大国相手にそんな大きすぎる秘密を抱えて、国家の運営ができるはずがない。それに所詮は人口五万の小国だ。用意できる兵器などタカが知れている。そんなことができるとは思えない。」

「私も最初はそう思いました。でも、この国にはまだ秘密があるのです。」

「秘密って?」

「どうも北の大国とも協力関係にあるらしいのです。」

「馬鹿な。」

 トムは否定した。

 無理もなかった。北の大国は現在では独裁体制が敷かれ、帝国とも対立している。そんな相手と手を組むことなど、もはや武力制裁をいつ受けてもおかしくないことだ。

「つまり君はこう言いたいわけか。」

 ニコは言う。

「ザヒル藩王国は、西の強国の遺産というべき秘密兵器の設計図を北の独裁国家の支援を受けて開発。それで帝国に復讐を挑もうとしているというわけか。」

 ニコが腕組みして、世界情勢まで加えた話を続ける。

「北の独裁国家からすれば、敵対関係にある帝国を潰せる代理戦争になる。自分の手を一切汚さず、他国のせいにできる。負ければ、負けたでシラを切ればいい。どっちに転んでも、北の独裁国家が得をするありがたい話というわけか。」

 ユリナは暗い顔になり、

「いくら何でもひどすぎます。どうしても止めたくて私はこの国に戻ってきたのです。」

「戻ってどうするつもりだ。」

 トムは尋ねる。

「いくら国王の娘といってもできることには限りがある。ガジュ・シンを止められる説得力を持っているわけではない。君は医者のタマゴだろう。」

「それでも何とか血で血を洗う戦争は避けたいのです。」

 ニコは少し考えたのち、こう言った。

「わかった。協力しよう。」

「おい、ニコ…。」

「戦争となれば、多くの人命に関わる事態だ。何としても避けなければ。君も殺戮なんて望んでないだろう?」

 トムは黙るしかない。

「協力していただけるのですか?」

「君が嘘を言っていないことはよくわかった。私にできることで何とかしてみよう。」

 ニコはトムをチラリと見た。

 明らかに戸惑っている様子だ。

「どうする?」

 ニコは尋ねるが、トムはため息をついて、

「ホントはイヤだけど…。この流れじゃね…。」と嫌そうにつぶやいた。

「決まりだ。」

 ニコの一言で三人の共闘が決まった。



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