三、 少女の秘密

 なめられたものだ。ニコ達のコンパートメントを担当した入国審査官はそう思った。中にいた人物のうち、男二人はシロだろう。問題は女のほうだった。明らかに偽造パスポートを使っていることが分かったからだ。

 密入国をしようとする輩は多くいるが、その時に問題になるのがパスポートの表紙の質感である。いかにも簡単そうに思える表紙に本物と同じ質感を持たせることが難しいのだ。それは毎日何百というパスポートを捌いている審査官にはすぐにわかる不自然さで、誤魔化すことなどできるわけがないのだ。そしてあの女が使っていたのは間違いなく作りの荒い二流品の偽造パスポートだった。

 そんな手段が通じると思っているのか。憤りを感じながら、二人の警備員とともに三人のコンパートメントへ向かった。警備員は二人とも国軍の兵士で、腰に手錠と警棒、拳銃のホルスターをひとまとめにしてぶら下げていた。

「藩王国に入る前に捕まえるぞ。下手に入国されたら、後が厄介だ。」

 二人の兵士の内、年かさのほうの兵士がそう言い、いつでも捕まえられるよう、警棒に手をかけた。拳銃もあるが必要はないだろう。むしろ狭い車両内では、発砲は同士討ちを招く恐れがあり、危険だ。

「相手は小娘です。警棒も必要ありませんよ。」

 先導する入国審査官は気楽な口調でそう言った。先ほどの入国審査を見る限り、相手の少女はパスポートの偽造にビビる程度の娘だ。そんなに恐れる必要はない。

 問題のコンパートメントに着いた。扉を開けると中には男二人しかいなかった。

「…!」

 二人の男の足に障がいがあるほうが、

「どうかしましたか?」と気楽な口調で三人の男たちに話すと、入国審査官のほうが慌てた口調で、

「一緒にいた娘はどこに?」と聞くと、

「お手洗いに行くと言ってました。まだ帰ってきてませんけど。」

 聞いた途端、三人全員が後部車両の方へ走り出した。

 まさか、という思いが全員にあった。

 そしてトイレのすぐ横の非常口を見ると、開閉レバーのラベルが剥がれて、ドアが半開きになっていた。

「やられた…。」若い兵士の一言が全員の感想になってしまった。

 ザヒル藩王国の国境沿いの駅にたどり着き、入国審査を終えた乗客たちが一斉に駅のホームから出てきた。藩王国の入国審査は緩い。荷物のX線検査も行われない。そんな装置を用意する財政的余力もないためである。

 ニコとトムも駅のホームから出てきた。駅の前の大通りを歩き、建物の脇道に入ると、人気がないのを確認し、スーツケースの鍵を開けた。勢いよく出てきたのはユリナだ。

「上出来だよ。よく我慢したものだ。」

 ニコが少女を褒める。ニコの入国審査官のその後の取り締まりを避けるための手段は簡単なものだった。自分たちが持っている、人が一人入れるスーツケースの中の荷物を全部窓から放り捨てると、空になったスーツケースにユリナが入り、いったん姿を消す。その後、すぐにトムが後部車両に行き、トイレの隣の非常口の開閉レバーのラベルを剥がして、ドアを半開きにする。少女がいないことにインパクトを覚えた審査官たちは、半開きになった非常口に気を取られ、少女がここから逃げ出したと思ってしまったのだ。

「まさか犯罪の片棒を担ぐとはね…。」

 トムが非難するようにニコに語りかける。

「我慢してくれ。この娘にも何か事情がありそうだったし。」

「あの…。どうしてここまでしてくれたんですか?」

 一息ついたユリナが尋ねる。

「別に憐憫じゃないよ。密入国なんてやり慣れていない女の子が辺境の私設の国に入国することに興味を覚えたからさ。」

 当然であるかのようにニコが答える。

「そうですか…。」

「さあ、教えてもらおうか。君は何者だね?」

 ユリナは一瞬迷ったようだったが、もう逃げられないと観念したのか、話し出す。

「信じられないでしょうけど、私の本名はユリナ・シン。この藩王国の現国王、ガジュ・シンの娘です。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る