二、列車の出会い

 次の日、ホテルのレストランで朝食をとりながら、ニコとトムは今後の計画を練った。常識の範囲内であれば、滞在日数は考えなくていいと言われているので、ゆったりした旅を楽しむことに決めていた。

 するとニコは、

「ザヒル藩王国に行ってみよう。」と言い出した。

「何?藩王国って。」

 ニコは説明した。この国では地方豪族が帝国の許可を得て、自治領を運営していることが多いのだと。それが藩王国。特にザヒル藩王国は、百以上ある藩王国の中でも、最も歴史が深く、観光名所となる古代の遺跡も数多く存在するという。砂漠の中のオアシス。その言葉がぴったりくる国だという。

「確かに興味をそそられるね。」

「だろう?旧跡がたっぷりある。観光にはもってこいだ。」

 朝食を食べ終えて、ホテルをチェックアウトすると、約束の時間にジープに乗ってやってきたアリにザヒル藩王国に行きたいことを告げた。

「止めたほうがいいですよ!」

 アリは血相を変えて、二人を止めにかかった。

 何か危険なことがあるのか、とニコは尋ねたが、

「…いえ。危険ではありません。むしろこの国の中で一番治安が保たれている場所です。」 「じゃあなぜダメなんだ?」

「別にダメとは言っていません。この国を知るうえでよい場所でしょう。ただ…。」

「ただ、何だ?」

 アリは説明した。ここ最近、ザヒル藩王国から不穏な鳴動が聞こえてくるのだと。あの国では現在、国家予算の三分の一を軍事費にあてがって、急速に国軍の近代化に努めているという。無論、宗主国である帝国も問題視しているが、人口五万人ほどの小さな国の軍隊だ。軍事費といってもたかが知れている。大戦期の西の強国なら即座に戦時状態に入るが、相手は蟻のようなもの。巨像の帝国を倒せるはずがない。そのため、情報収集に留め、本格的な軍事介入はしていないという。

しかし、怪しいことに疑いはない。観光客が行けばどんなことになるか想像がつかない。だからアリは止めたほうがいいと言ったのだ。

「心配する気持ちはわかるけど、もう大戦のようなことは起きないよ。私たちは行くよ。」

 アリは困ったような顔をしながらも、

「わかりました…。手はずを整えましょう。」




 ザヒル藩王国に行くには、車が走れる道路はない。何しろ砂漠の中の国だ。帝国が設営した鉄道を使うほか、行くすべはない。アリはすぐに最寄りの駅にニコとトムを乗せてジープを走らせ、駅に到着すると早速、ザヒル藩王国までの切符を二枚買ってくれた。

「切符代は払うよ。」

 慌てて財布を取り出したトムだったが、

「いりません。交通費は事前にニコさんから送金されていますから。」

 結局そのまま三十分ほどした後で、列車に乗り込むことになった。

 アリとはここでしばらくお別れだ。

「帰ってきたら、すぐに連絡するよ。」

「道中気を付けて。いざとなったら、自分の身を最優先に考えてください。」

 まるで出征する軍人にかけるような言葉を言い、アリに別れを告げ、ニコとトムは列車に乗り込んだ。

 列車は二人が乗り込むとすぐに発車した。

 どこに座ろうか席を探すと、車両の中間辺りにコンパートメントを見つけた。

「ここにしよう。」

 ニコがゆっくり座り、トムが慣れた手つきでニコの義足を外す。

「やっぱりこれがないほうがいいな。」

「ないと歩けないよ。」

「気分の問題。風呂から上がったようなものだよ。」

 やれやれと思いながら、トムはニコの真向かいに座った。

「さて、どんなところへ行く?」

「そうだな…。」

 アリからもらったこの国の旅のパンフレットを見ながら、

「五百年前の神殿もいいし、巨大竜の化石も見たい。料理で言えばナマズのシャブシャブなんてのもいいしね。」

「ナマズ…?聞いたことないな?何それ?」

「魚の一種。食べるとうまい肉食魚のこと。このパンフレットではナマズ釣りをして…」

 するとコンパートメントの扉が開いた。

「すいません。席、空いてますか?」

 現れたのは褐色の肌の黒髪の女性だった。まだ幼さが抜けきらない顔立ちで、髪の色と同じ黒い瞳をしていた。

 突然現れたことには驚いたが、

「どうぞ。空いてますよ。」

 別に相席を断る理由はない。

「すいません。失礼します。」

 ずいぶん腰の低い様子でゆっくりトムの隣に座った。

 座った瞬間、ニコの足が欠損していることに気づいたらしく、すぐに女性は目の焦点をずらした。

 ニコは構わないと思った。今までこうした反応は何度も経験してきた。今更動じることではない。

「申し遅れました。私はユリナといいます。」

「初めまして、私はニコラス。ニコと呼んでくれて構わない。こっちは…」

「僕はトム。よろしく。」

「ニコさんにトムさんですね。よろしくお願いします。」

 こうして旅の同行者ができた。




 ザヒル藩王国への鉄道の旅は退屈極まりないものだった。何しろ何もない砂漠の中を走るのだ。風景に代わり映えがない。コンパートメントの三人は会話もせず、持ち込んだ本や旅のパンフレットなどを読んでいた。もうじき藩王国が近いアナウンスが流れ、入国審査があるので、審査官が来たらパスポートを見せてほしいという音声が流れた。

 するとユリナは何故か緊張した面持ちになった。左手首に巻いた腕時計にも頻繁に目を落とし、パスポートを持つ手は若干震えていた。

 すぐに入国審査官はニコ達のコンパートメントにやってきた。

「入国審査です。パスポートを拝見。」

 トムがニコと自分のものをまとめて審査官に差し出し、続いてユリナがパスポートを渡した。

 三人のパスポートを一瞥した審査官は、スタンプを三冊に押し、全員に返却した。

 審査官が立ち去り、トムがパスポートをしまうとユリナもパスポートをしまった。ユリナは心なしか安心したような表情だった。

 するとニコが言った。

「その偽造パスポート、ばれているよ。」

 ユリナはギクリとした様子になり、トムはどういうことだという表情をした。

「何のことですか。」

 ユリナは震える声で言ったが、ニコは追い打ちをかけるように、

「そんな質問をする前に、早く逃げたほうがいい。」

 トムは訳が分からないという顔をした。


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