君の手は冷たいのに。

柳瀬 新

第1話 

 これは名の無い誰かの古い記憶である。


 ーー二〇XX年。


 「……長、所長! 」

 古ぼけたソファで寝ている誰かを一人の青年が揺り起こしていた。

 「…ん? ああ、黒髪君か。」

 『黒髪君』と呼ばれた青年は溜め息を吐く。

 「所長。貴方のせいで世界が大変ですよ? どうしてくれるんですか! 」

 「へえ……」

 『所長』と呼ばれた人物は猫のように目を細めた。

 ボサボサの髪にヨレヨレの白衣。少年のように見えるが、いわゆる『中年』と呼ばれる年齢であることを『黒髪君』は知っている。

 『所長』はソファから起き上がると暗い部屋の壁一面に埋め込まれたディスプレイに近づいた。

 ディスプレイから漏れ出る赤い光が暗い部屋をぼんやりと染め上げる。

 「……やばいな。」

 その言葉を聞いた『黒髪君』は胸を張った。

「やっぱり貴方のせいなんですね?! もう、どーするんですか! 」

 『黒髪君』はちらりと『所長』に目を向ける。『所長』の反応を待っていたのだが、一向に反応がない。

 少し不審に思っていると『所長』の肩が小刻みに震えた。

 「……ククク…うん…最高だ。」

 「え? 」

 『所長』の笑い声はだんだんと大きくなっていく。

  「見てよ! 黒髪君! 僕の研究通りの結果が出たよ! 」

 『所長』は頬を紅潮させ、興奮気味に『黒髪君』を振り返った。そして、『所長』はディスプレイを指で撫で、恍惚として見つめている。


 「綺麗だ…」


 『所長』は国が木っ端微塵に消滅してゆく様を見てそう呟いた。

 それを見て青年は思い出した。


 彼が正真正銘の狂人マッド・サイエンティストであることを。


 「ーーねえ、黒髪君。君さ本心では楽しんでるでしょ? 」

 青年は無表情になる。

 「…いいえ。所長。」

 狂人は可笑しそうに手を振った。 

 「いいよいいよ。無理しなくても。だって、」

 狂人は青年を見つめニヤリと笑う。


 「僕は君のーー」


  ぐちゃり。


 青年の手が『所長』の腹に食い込む。

 「ククク…愉快だ。父親の僕に歯向かうなんて、ね。」

 青年は赤く染まった手を見つめた。

 「所長。俺は人間の赤い血が好きだ。」

 『所長』は腹に穴が開いているにも関わらず飄々としている。

 「なあんだ。黒髪君もやっぱり楽しんでいたんじゃん。」

 白衣を真っ赤に染めながら『所長』は部屋に備え付けられたキイボオドを軽やかに打ち始めた。

 「……これでよしっと。」

 enterキイをパチりと押し、『所長』は細長く、黒光りする銃を手に取った。

 「さて。黒髪君。さっき人間の血を見て君はどう思ったんだい? 」

 青年は赤く血濡れた手で髪を掻き上げた。

 「……サイコー…」

 掠れた声で呟く。

 「何もカモコノ手で壊して壊シテ…あの赤イ血シブキヲ…」

 時折無機質な音を発しながら青年はウットリとした表情で呟き続ける。

 「スベテコワシテシマイタイ…ダイジナモノスベテ……赤ク……」

 「よし。それでこそ僕の愛する息子だ。」

 『所長』は自分の血で染まった青年の手を取り、自分の頭の上に乗せ掴ませた。

 銃口をのこめかみに押し当てる。

 「あとはヨロシクね。じゃーね、黒髪君、」

 パンと乾いた音が鳴り、『所長』の頭から鮮血がパアと飛び散った。

 青年の手には赤く染まった父のが。


 「アア…キレいだなあ……」



 






 


 

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君の手は冷たいのに。 柳瀬 新 @shinjun

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