第18話 広がる距離感

 翌朝、登校するのが気重な状態で歩いていると、


「あっ、来た!ハクサイ!」


 校門の手前で、本川さんに呼び止められた。


 いつものように一軍女子達で揃っているわけではなく、珍しく本川さん1人だけ。

 何の用だろう?

 そういえば、荻川君が本川さんには気を付けるように言っていた......


「ねぇ、これは何?」

 

 本川さんが見せたスマホの画像には、ロシア料理のレストランから出て駐車場へ向かう私とサンダーと時恵さんの3人が写っていた。


 この写真、どうして、本川さんが......?

 あの時、誰かに見られていたなんて思いもしないかった。

 

「これは、昨日......」


「どうして、日曜日に、ハクサイが來志らいしと食事しているの?この女の人って、確か來志らいしのお姉さんよね?どうして、お姉さんまでハクサイと一緒なの?」

 

 セーラー服の襟を掴んで乱暴に揺すって来た本川さん。


「それは......岩神君のお姉さんの眼科で、私のメガネを作ったから」


「だからって、いつまでも何してんの?メガネ出来たんだから、用なんて無いじゃん!もう、來志らいしと逢うのは止めてよ!」


 本川さんの私に向けられた憤りが激し過ぎて、怖い!

 サンダーの元カノも、こんな思いを繰り返させて、自殺に追い込んだの?

 自分の親友だったはずなのに......


「......でも、私、お姉さんから頼まれていて」


 私の言い返した言葉が、本川さんの逆鱗に触れた様子。


「そういうつもりなら、いいわよ!こっちも容赦しない!ハクサイの家の野菜、契約打ち切るわよ!」


 本川さんの家は、零細農家の我が家にとって最大の取引先。

 その契約を断たれると、生計を立てられなくなってしまう!

 そうなると、もう私だけの問題じゃなく、私の返事次第で家族全員が路頭を彷徨う事になる。

 サンダーの事は大好きだけど、私の片想いの為に、大事な家族を犠牲になんて出来ない!


「それは止めて!もう岩神君とは逢わないから!」


「分かっていると思うけど、この事、誰にもチクらないでね!特に、來志らいしには!」


 私の心は失意のどん底だったのに、望み通りの言葉を得られた本川さんは、鼻歌を歌いながら教室に戻った。

 

 期末試験期間で1週間伸びただけじゃなく、もうサンダーや時恵さんと逢う事はは二度と無くなるなんて......


 でも......考えてみると......

昨日のあんな事の後で、サンダーとは既に気まずくなっている......


私とサンダーにとっては、これが正解なのかも知れない。


 だって、もし逢っても、サンダーと今までのような雰囲気ではいられないのだから......

 私が蒔いた種のせいで......


 約束の前日、急用が出来て行けなくなったと時恵さんに連絡しようとしたけど、それだったら、週末毎に回りくどく断り文句を用意し続けなくてはならない。


 そんな風に、気を持たせるやり方はダメ!

 潔く『これからは同行出来ない』って断ろう!

 本川さんに口止めされたから、理由は伝えられないけど......

 

 サンダーや時恵さんには、きっと私の印象悪くなるよね......

 いっそ、その方が好都合かも知れない。

 

 最初っからサンダーは、私にとって手の届かない存在だったんだから、元の鞘に収まっただけ。


 日曜日に家でポケッとしていると、月菜が意外そうな顔をして声をかけて来た。


「先週は試験前だったから仕方ないけど、今週も岩神君と会わないの?」


「......うん、これからもずっと」


 あまり触れられたくない話題だけど......


「フラれたの?」


「そもそも付き合ってなかったの!私から断ったし......」


 さっさとデートに行けばいいのに、そういう事に関しては、妙に興味津々で聞いて来る月菜。


「え~っ、あんなイケメンもったいない!あんなに楽しそうだったじゃん」


「いいの、御縁が無かったから」


 月菜にも、お母さんにも逢わなくなったわけは話せない。

 本川さんの家との契約の件が無くても、多分、私とサンダーは釣り合わなかったし。

 神様が、寂しそうで可哀想な私にプレゼントしてくれた夢のようなヒトトキだったって、割り切ってしまえばいいだけ。


 サンダーと逢わなくなってからは、本川さんからの私への風当たりが、不思議なくらいに目に見えて減った。

 それが減っただけで、私の学校生活は随分救われて過ごしやすくなるんだから、これで良かったんだ。


 ただ、普段は無難に過ごせるけど、週一の選択教科の美術の時間だけは、そうはいかない。

 

 問題は、デッサンの時。

 モデルを囲んで、たまたま私とサンダーが対角線上の位置に座っていた。

 この位置は、よくない......

 デッサンしようとして、モデルを見ると、何回かに1回は、サンダーと目が合ってしまう。


 実際には、モデルを見ているだけで、サンダーの目には私は映っていないのかも知れないけど、私は、モデル越しに見えるサンダーをどうやったって視界から追い出せない。

 視界に入らなかったら、忘れられるのかも知れないけど、目に映ってしまうと、心は反応せずにいられない。


 デッサンが進まないで、グチャグチャな感じ......

 大きくバツを書いて、スケッチブックをめくった。

 

 新しいページになって、紙は真っ白にリセットされたけど、私の心は真似できない。


 ダメだ、私......


 距離を置こうとしても、サンダーが好きな気持ちだけは、やっぱり偽れない。

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