第16話 重い過去だからこそ

「そうなのかも......岩神君、優しいから」


 返す言葉も無いって、私の場合、こんな状態をいうのかも知れない......


 でも、ずっと私が沈黙しているのも、荻川君が気にしてしまいそうだと思って、やっと、それだけ言葉を発せた。


來志らいしも優柔不断なとこ有るから、松沢さんが同情を恋愛感情と勘違いすると可哀想で伝えたかった。この前も來志らいしと久しぶりに昔話したら、あいつ未練がましく、和佳の事を忘れられないって言ってたし」


 サンダー、やっぱり、今でも、元カノが忘れられないんだ。

 荻川君みたいな心許せる仲間内には、自分の気持ちをちゃんと伝えているんだ......


 笑ってない時に見せるサンダーの物憂げな表情に、哀しいくらい、そんな予感がしていたけど......


 当たり前だよね......

私なんかが100人集まったって、あんな可愛くて、男子だったら守りたくなるような元カノの代わりなんて出来るはずない!


 荻川君、私を心配して伝えてくれたんだ......

 私のサンダーへの気持ちが、もっと募って後戻り出来なくなる前に、引き留めようとしてくれているんだ......


「それから、亜由には気を付けろよ」


 亜由って、本川さん?

 さっきの写真にも、サンダーや荻川君と一緒に写って、中学の時代から仲良さそうなのに。


「本川さんの事は、私、元々苦手で......」


「亜由は和佳の親友だったけど、和佳と來志らいしが付き合い出してからは、クラス中に和佳の悪口を広めた。和佳がハブられたり、自殺に導いたのも、元はと言えば、亜由のせいだからな」


「自殺......?和佳さんって、病死じゃなかったの?」


來志らいしから聞いてなかった?とにかく、亜由には注意しろよ!」


 元カノが病死でも堪えるのに、自殺だったなんて......


 それだったら、サンダーが傷付いて、自分を責めるような状態になってしまっても、無理は無いかも知れない。


 サンダーと付き合い出してから、親友だと思っていた本川さんに裏切られて、クラスで仲間外れなんかにされて、それを苦にしての自殺だったなら......


 だから、サンダーは、いつも一軍女子達から嘲笑浴びてる私が、もしかしたら落ち込んで自殺しないかと気にかけてくれたり、学校では、元カノの二の舞になって一軍女子達の反感を買わないように、私と距離感を保って接しているの?


 私の曲解じゃなければ、サンダーは、学校では私みたいなのを無視していたんじゃなくて、サンダーなりのやり方で私を守ってくれていたんだ!


 私、サンダーの事を随分もう分かったつもりでいたけど、まだ全然分かってなかった......


 時恵さんが言っていた、サンダーの心のリハビリ......


 あの時は一緒に食事をする為の口実を用意してくれたのかと思っていたけど、本当にサンダーには、傷付いた心を癒す時間が必要なのかも知れない。


 その週の日曜日、いつものようにサンダーと時恵さんが迎えに来てくれて、ロシア料理のお店に向かった。


「日菜ちゃん、ビーフストロガノフが好きだから、喫茶店のじゃなくてロシア料理店で本格的なの食べるのも良いでしょう?」


「専門店の本格的なビーフストロガノフ!嬉しいです!」


 3人で初めて食事した時の感動を思い出しながら、嬉しそうに言うと、いつものようにサンダーと時恵さんが笑った。


 私は、このサンダーの笑顔が本当に好きなの!


 こういう風に笑う時のサンダーには辛い過去なんて全く感じさせないのに、笑った後のふとした拍子に見せる寂寥感とのギャップが、元カノの自殺を知った今の私には痛いほど苦しい......


 心では、こんなにも切ない気持ちになっていながら、いざ、料理が目の前に並び出すと、いつでも食欲が優勢になってしまう私......


 ロシア料理店のビーフストロガノフは、思ったよりも濃厚感が無くて、色も淡くて、サラッと胃に優しい感じで美味しく食べられた。

 サンダーはボルシチとピロシキ。

 時恵さんは、ガルショークという壺焼きとオリヴィエサラダ。

 私が、時恵さんやサンダーの料理も美味しそうに思えて、ついチラチラと視線を送ってしまっていると、時恵さんが笑いながら取り皿をもらって、自分とサンダーの料理から、私の分を取り分けてくれた!


 時恵さんは、いつでも優しくて気が付いてくれる!

 こんな人をお嫁さん出来る男性は幸せ者に違いない!

 私も、時恵さんのような大人の女性になりたいし、そんな女性に近付けたら、サンダーも少しは私の事を見直して、恋愛対象のように思ってもらえるかな.....?


 ピロシキはパン屋さんの揚げた物しか食べた事が無かったけど、いつも食べる時には冷めていて、それでも美味しかったのに、本物は、焼いてあって焼き立てのアツアツで、もっと美味しいなんて知らなかった!


 熱い料理が多くて舌が火傷しながらも、舌鼓ものの美味しさで感動していると、笑ってくる2人の暖かい眼差しが感じられて、幸せはいっそう募る。


 3人とも、キレイに完食したタイミングで、時恵さんがお手洗いに立った。

 2人にされた時に、テーブルには、もう食べ物も無くて、サンダーと何を話していいのか分からなかった。

 そんな時に、ふと荻川君の言葉が頭に浮かんで来た。


「この前、荻川君が中学生の時の写真見せてくれた」


 何言っているんだろう、私......?

 サンダーの古傷に触れるような事なのに......

 でも、サンダーの反応が知りたかった。

 

 このまま逢い続けていると、サンダーは時恵さんの手前、私には優しく接してくれるのは、何となく分かっている。

 もちろん、それで十分なはずなんだけど......


 でも、元カノの事を分かっている私に、サンダーは、荻川君に言っているように、いつかは私の前でも心を許して吐き出して欲しかった......

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