第12話 サンダーの過去

 サンダーから話しかけられる事はおろか、視線すら向けられなかったけど、放課後、学校の門から出ても、まだ私は、サンダーが追いかけて来てくれて同行してくれるかも知れない期待を捨て切れなかった。


 結局、その期待は無残に打ち砕かれた。

 

 どんなにゆっくり歩いても、サンダーの足音は聴こえず、振り返っても、全く気配も無いまま、待ち合わせ場所に着いていた。

 東2丁目通りが見える角を曲がると、見覚えの有る時恵さんの車が停まっていた。


 時恵さんと私の2人だけで、どんな事を話したらいいのかな?

 この前は、サンダーもいてくれたから、自然に話す事が出来た。

 気さくで明るくて良い人だけど、まだ2回目だし、緊張してしまう。


 でも、あの時、サンダー抜きでも、時恵さんと食事をしたいって言ったのは私の方なんだから、しっかりしないと!

 もしかしたら、サンダー本人には聞けないような事も、時恵さんからは聞き出しやすいかも知れないんだから。


 例えば、元カノの事とか......


「こんにちは!その後、目の様子は、どう?」


 やっぱり、サンダーが先に来て、車に乗っているなんて事も無かった......


「気にかけて頂いて、ありがとうございます」


「どうしたの、日菜ちゃん?何か、目の調子が悪い?」


 涙は何とか乾いて普通に装っているつもりだったけど、涙のせいで鼻声になってしまっているし、職業柄、視線を相手の目に持って行く時恵さんには、泣いていた事にすぐ気付かれてしまっていたはず......

 それなのに、時恵さんは泣いていた事を指摘せず、目の疾患のせいのように誤魔化してくれた。


「目は大丈夫です、多分、メガネも......」


 午後からは休診の岩神眼科クリニックへ車は向かった。

 受付の女性達もとっくに帰宅していて、貸し切り状態のクリニックで、時恵さんは、目の様子を診てくれた。

 

「異常無いようね、安心したわ!」


「ありがとうございます。おかげ様で、家族からもメガネ、似合っているって言ってもらってます」


「本当によく似合っているもの。学校でも、周りからの反応が違ったでしょう?」


 時恵さんに言われて、学校内の突き刺さるような視線や一軍女子達の嘲笑を思い出した。


「私、いつもバカにされてしまう事が多いので......」


「女子は難しいわよね~、見下していた女子が可愛くなるのは認めたくないっていうのが有るのかも。男子からもそんな風だった?」


「男子からは......」


 そういえば、初めて荻川君が庇ってくれた。

 あれは、新しくなったメガネのせいだったのかな?


「初めて男子が庇ってくれたんです」


「良かったわね。でも、來志らいしでは無さそうね」


 時恵さんの口から、サンダーの名前が出た時、堪えていた涙が再び溢れ出した。

 サンダーは教室では、メガネが壊れた日と翌日の野菜のお礼以外は、私と極力関わり合わないようにしている......

 

「日菜ちゃん、目も大丈夫そうだし、何かスイーツでも食べに行く?それとも、今度、來志らいしも誘って一緒に行く?」


 時恵さんの口から、サンダーの名前が出る度に、涙腺が決壊したようになってしまう。

 私の止めどなく溢れる涙に戸惑っている時恵さん。


「ごめんなさい、私、今日は遠慮します」


 サンダーは、時恵さんが誘ったら、多分一緒に来てくれる。

 でも、それは、私といたいからじゃなくて、時恵さんに言われたから。

 一緒にいられるのは嬉しいけど、そんな裏事情が分かってしまうから、哀しくなりそう。


「日菜ちゃん、こんな事を訊いたら、気分悪くするかも知れないけど......もしかして、來志らいしが好きなの?」


 ここで否定しても、時恵さんには通用しないって分かっている。


「......好きです、高校入った時から、ずっと」


 恥ずかしいくらいに泣きじゃっくりが、話を途切れさせてくる。


「そうなの、そんなに前から、來志らいしの事を好きになってくれてありがとう」


 時恵さんの優しい言葉が心に沁みて、嗚咽まで止められなくなって俯いた。


「サ、岩神君には、この事、言わないで、下さい」


「分かっているわ。ただね、來志らいしは、とても難しいのよ。付き合っていた女子が元々病弱だったけど、中3の時に、悪化して亡くなったの。それ以来、世捨て人のような雰囲気になってしまう時も有ってね......」


 中3の時に、サンダーの恋人が亡くなっていた!

 他校とか、自然消滅とか、そういうわけじゃなくて、亡くなっていた。

 そのせいで、サンダーはずっと、あの退廃的な空気を漂わせているの......?


「それから間もなく母親も亡くして、一時は、廃人の様に気力失ってたから、この先の來志らいしの人生を心配していたのよ」


 お母さんまで亡くなっていたの......?

 

 にわかには信じられないけど、時恵さんがわざわざ、こんな壮絶な作り話なんか用意するわけがない。

 だから、サンダーと時恵さんは年の離れた弟と姉にしては珍しいくらい、結び付きが強いのかも知れない。

 

「岩神君に、そんな苦しい過去が有ったなんて......」


「でもね、來志らいしが少しずつ立ち直ろうとしているのを感じられる時も有ってね。先週一緒に食事をした時も、來志らいしが、あんな風に笑うのって、本当に中学生以来だったの。だから、私、つい嬉しくなって、日菜ちゃんと付き合って欲しいなんて事を口走ったのよ!」


 あの時、時恵さんはふざけて言っていたわけじゃなくて、サンダーが笑っているのが純粋に嬉しくて、ずっとその忘れかけていた笑顔が見たくて提案していたんだ......


「私なんかが、岩神君にとってプラスになれるなら、是非協力したいです。でも、岩神君の方は、多分、私を必要としていないんです......それが分かるから......」


 必要とされているわけでなくても、時恵さんの言葉次第で、サンダーは私と逢ってくれる。

 逢えるのは嬉しいけど、サンダーの気持ちが分かっているから、自分が惨めに感じさせられる。

 そんな風に逢っても、サンダーが笑ったのはたまたまあの時だけで、もしかしたら誰にもメリットが無いかも知れないのに、私はそうするべき?


「ううん、來志らいしは日菜ちゃんに関心が有るわ!言ったでしょう、來志らいしが女子を連れて来たのは、すごく久しぶりなの。日菜ちゃんに無関心だったら、メガネを壊したとしても、來志らいしは、あんな行動は取らないはず。後からメガネ代を弁償するくらいよ」


 確かに、時恵さんの言う通りかも知れない......


 1年生の時と、3年生で同じクラスになってから、ずっとサンダーの事を目で追って来たけど、あんな強引なくらいに、私の為に行動してくれるなんて、意外過ぎて信じられなかった。

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