第4話  顔面直撃後のまさかの急接近

 落ち込んでいる場合じゃない、今は、割れた破片集めないと......

 体育の授業や、運動系の部活の人達が、怪我したら大変だから。


 なんか......私、すごく惨めだ.....


 生温かい涙の雫が、レンズを探す手の甲に落ちた。


 こんな所で、泣いたら、ダメ!

 そんなの見られたら、一軍女子達の思う壺じゃない!

 また、ハクサイ呼びされて、笑い者にされるのがオチなんだから!


 ギザギザに細かく割れた所も有るから、集めるの時間かかりそう。

 お弁当を食べる時間有るかな......

 片側のレンズだけで見ているから、視点の焦点が合っていなくて実際の場所がズレてしまっている。

 さっきから集めているつもりでいるのに、全く指にかすりもしなくて、なかなか進まない。

 

 こんな時、目の良い人が誰か、手伝ってくれたら、どんなにか助かるのに......

 私の人望が全く無いせいで、そんな人が寄って来もしない......


 なんか、どんどん哀しみの沼落ちしていく......

 私、こんな思いを味わう為に、学校に毎日来なきゃならないなんて......


「割れちゃってたんだ、ごめん」


 えっ、サンダー......?


 慌てて、右手の甲で涙を拭いたけど、泣いているの、サンダーに見られなかった?

 

「危ないし、俺の方が目が良いから集めるよ」


 私の手を退けさせて、サンダーが細かいレンズの破片を集め出した。


 一瞬だけど、サンダーの右手が、私の右手に触れた!


 これって......

 私の今までの人生の中で一番の収穫!


 レンズ代は高そうだけど、その犠牲の上にこのシチュエーションだから、全然高くない!

 右手は、しばらく洗わないで、その余韻に浸る事にしよう!


「集めたよ。松沢さん、だっけ?」


「あっ、はい」


 サンダーが、松沢さん......って。


 私の名前覚えてくれていたんだ!


「破片、捨てて来るから、松沢さんが集めた分も入れて」


 私の左手のレンズの破片をサンダーの左手に移した。

 それも、サンダーの右手を使って!

 今度は一瞬なんかじゃなくて、もうサンダーの手の温度が伝わるくらい長い間。


 夢みたい......もう、両手洗えない!


 サンダーは、サッカーで散々走った後なのに、疲れた様子なんてまるで見せないような軽快な走りで、破損物用のゴミ箱へ向かった。


 それで、終わりだと思っていたのに......


 それだけでも、十分過ぎるくらいに嬉しかったのに、サンダーは、校庭の手洗い場で手を洗ってから、私の所に戻って来てくれた!


「手、汚れていたし、洗おう」


 とんでもない!

 しばらく、サンダーの手の温もりを感じられたままでいたい!


「私の手はそんな汚れてないから」


「いや、細かい破片が残っていたら危ない」


 サンダーの右手が私の左手首を掴んだ。

 今度は、手首......


 これは、本当に現実?


 私がサンダーに、手首を引かれて歩いているなんて......

 サンダーの握力、力強い......

 

 信じられないけど......

今、私、サンダーと同じ時間を共有している!


 高校入学時から2年半、サンダーに憧れていたけど、私みたいな目立たないボッチのメガネ女子、傍目から見ているのが精いっぱい。

 存在している事すら気付かれないまま、卒業してお別れってパターンだと思っていた......

 

 それなのに......

こんな風に、私の名前を呼んで、一緒にレンズの破片を集めてくれただけじゃなく、サンダーに手首を握られて、一緒に校庭を歩いているなんて......


 これで、一生分の幸運を使い果たしたのかも......


 サンダーは、1人でも十分に目立つ容姿だけど、横に並んでいるには、あまりにも不釣り合いな私が引き立てているせいか、すれ違いざま、女子達の視線が痛いほど突き刺さる。

 誰もが、唖然としながら、私達を凝視している。


 サンダーが、こんな強引なんて思いもしなかった。

 

 今までずっと、サンダーって、退廃的なイメージのままの、色んな事に対して無関心で無気力な生き方をしている人って思っていたのに......


 こんなに力強く、そのままサンダーの手の温もりを残しておきたかった私の意思を曲げてまで、自分を通す人だったなんて......

 

 でも、そのおかげで、今は手首にまで、サンダーの温もりを感じられている!

 それも、一瞬とかじゃなくて、こんなにも長い間!

 

 この時間、終わらないで永遠に続いてくれたらいいのに!


「破片が手の平に残らないように、しっかりと洗って」


 サンダーが触れた手指を洗うのは、すごく不本意だったけど、今まで掴まれていた手首の温もりだけは残して置く事に決めたから、名残惜しいけど手指の余韻とは、お別れした。


 手首は洗わずに残し、ハンカチで手を拭いた。


「行こうか」


「あっ、はい......」


 思わず返事したけど、クラスに戻るのだと思っていた。

 クラス中の注目を浴びそうな想像をしていたけど、サンダーは、教室への階段の方には向かわなかった。


 私とサンダーと向かったのは、職員室だった。


 サンダーは、担任の太田先生にメガネ破損の件を伝えたようで、先生の視線が一瞬、私に視動いたけど、スムーズに話が済んだ様子。


「担任には伝えたから」


 今度こそ、教室へ向かうと思ったら、また予想が外れて着いたのは、生徒用の玄関。


「あの......どこへ?」


「眼科、その前に、ここで待ってて」


 眼科......?

 まさか、レンズ代を弁償しようとしてくれているの?


 玄関で待っていると、サンダーが自分と私のカバンを持って来た。


「はい、カバン」


「あの、私、ちょうど、違うメガネにしようと思っていたの。だから、このメガネの事は、気にしないで!」


 サンダーに弁償させるのは申し訳無いから、そんな予定は無かったけど、つい出まかせを言った。


「松沢さんこそ、気にしなくていいよ。俺の姉貴、眼科医だから。ついでに、心配だから、ぶつかった所が異常無いか診てもらおう」


「えっ、そうなの?」


 サンダーは、既に担任から2人分の早退届を貰っていたようで、1枚を私に渡した。


「これ、明日、提出して」


 こんな事って有っていいの?


 目的地はお姉さんの眼科だけど、私とサンダーが揃って早退して一緒に行動するなんて!

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