そして、襲撃者が
……………………
──そして、襲撃者が
夏妃が使用された攻勢ウィルスの解析を始めてから3日目の朝。
「もうちょっとなんだけどねー」
そう言いながら夏妃はストレッチをしている。
車椅子ではどうしても運動量は減ってしまう。特に夏妃の車椅子は電動車椅子だ。それに加えて夏妃はナノマシンアレルギーで、体調管理を央樹や凛之助のようにナノマシンに投げることもできない。
なので、日課として朝と寝る前のストレッチは欠かさず行っていた。なので、、今も夏妃は健康である。まだ若いということもあるだろうが、それでもナノマシンを使用せずにこれだけ健康でいられる人間は今日日少ない。
「では、行ってくるよ、夏姉」
「うん。気を付けてね!」
夏妃の見送りを受けて、凛之助は今日も奥村探偵事務所に通う。
「おはよう、凛之助君」
「今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ」
それから今日のスケジュールが話し合われる。
探偵事務所としての奥村探偵事務所は成功しており、ひっきりなしに依頼が来るようになった。『あそこの探偵事務所は解決率が非常に高い』と評判になっているのだ。
とは言え、央樹と凛之助しかいない事務所で、それも最近では業務のほとんどに凛之助の補助が必要な状況では仕事環境としては失敗している。
とりあえず、依頼は整理し、依頼された順番とそれの解決にかかる時間を予想し、ここでもAIを使ってスケジュールを管理することにしている。この国では児童労働には厳しい制限があり、凛之助の働ける時間も限られている。
もちろん、央樹が全く事件に関与しないことはない。彼がどのように調査を勧めるかを決める。あくまで凛之助はツールだ。AIと同じで、事件解決のために能力を使うものの、どこをどう調べるべきかは央樹が判断する。
彼は優秀な刑事だったらしく、事件について的確な調査を行う。
凛之助は戦闘経験こそ魔王としてあれど、刑事のように物事を調査した経験はない。央樹の存在と能力は非常に高いものだと納得していた。
「それで今日だけど、ストーカー被害に悩まされている子を見ることになる。悪質なストーカーらしくて、自宅に侵入されかかったこともあるらしい」
「ふむ。それは解決しなければなりませんね」
「うんうん。とりあえず、いつも通り、依頼内容に間違いがないかを確認して、それから過去視、未来視でストーカーの出没パターンを確認。それからストーカーを発見したら、しかるべき場所に届け出る」
「我々が解決するのでは?」
「いやいや。こういうのは警や民間警備企業察に任せないと本当は不味いんだ。俺たちが証拠を掴んでも裁判では証拠にならない。警察に届け出て、そして警察に証拠を掴んでもらい、犯人の身柄も押さえてもらう。俺たちは法執行機関じゃないから」
「そうですね」
そうだ。ここはあくまで探偵事務所であり、国家の執り行う法の執行の権限はないのだ。本当にストーカーをどうにかしたかったら、警察に届け出るのが当然だ。
「じゃあ、来客は午前中だから。多分、今日から始めて数日はかかると思うし、しっかりとやっていこう」
「はい」
今の日本ではストーカーには厳しい罰則が科せられている。ストーカー被害が殺人や性的暴行に結びつくことが多く、警察は事件を予防するために大幅な権限が与えられた。それでもストーカー被害は後を絶たない。
「そろそろのはずだけどな」
央樹が時計を気にし始めたとき、チャイムが鳴った。
「はい。奥村探偵事務所」
『天沢アリスです。その、依頼をしていた』
「中へどうぞ」
電子キーが解除され、依頼人が姿を見せた。
年齢は16歳ほど。日本人にしては色素の薄い栗毛色の髪をポニーテイルにしており、瞳の色は青。どこか人形のように整った顔立ちをしており、基調をほどくようにうっすらと笑みを浮かべている。だが、その笑みも作り物のように凛之助には感じられた。
手には寒い時期でもないというのに手袋をしており、すらりとしたスタイルの女性らしい体には清楚なセーラーワンピース。スカート丈は凛之助が街中で見かける女性たちよりもつつましい。
だが、何か強烈な違和感を凛之助は感じていた。
「天沢さん。ストーカー被害がいつごろから?」
「3週間ほど前からになります。郵便箱に、その、手紙と一緒に私のことを隠し撮りした写真が入っていたりして。警察にももちろん相談に行ったんですが、今の段階ではまだ介入できないと。だけど、この事務所ならば力になってくれると聞いて」
「そうか。人間関係にトラブルは?」
「そういうものは全く。学校でも、日常生活でもトラブルはありません」
「ふうむ。となると、単純な性的ストーカーかな……」
央樹はそう唸ると凛之助の方を向いた。
「天沢さん。もう一度、“正しく”説明してもらえますか?」
「いえ。お話した通りですが……。3週間前からストーカーの被害を受けて」
洗脳魔法が通用していないのが凛之助には分かった。
洗脳魔法の通用しない相手は限られる。
勇者もまたそのひとりだ。
凛之助の背筋がぞっとするのを感じた。
「では、調査の方は明日から始めさせてもらいます。安心してください。うちは解決率の高い事務所ですから」
「ええ。特殊な能力のある方がいるとは」
「いやいや。普通の探偵事務所ですよ。今時超能力なんて信じないでしょう?」
「そうですね」
アリスはそう言って帰っていった。
「凛之助君。どうしたの? あの子、普通だったけど……」
「不味いことになったかもしれません」
凛之助はどうしてアリスが手袋をしていたか理解した。勇者としての刻印を隠すためだ。凛之助も念を入れて手袋を着用しているが、ここまで勇者が来たということはもう既に気づかれている可能性が高かった。
そこでスマートフォンの着信音が響いた。
「はい、夏姉?」
『リンちゃん? そこには誰もいない?』
「今、依頼人が帰った。不味いことになったかもしれない」
『不味いことになっているよ。すぐに帰ってきて』
夏妃の言葉には焦りがありありと窺えた。
「分かった、すぐに帰る」
凛之助は央樹に断りを入れると、早退した。
そして、夏妃の待つ自宅へと急ぐ。
「リンちゃん!」
夏妃は外に出ていた。何やら大慌てで外に出てきたらしい。
「今からセーフハウスに行くよ。リンちゃんの分の偽装IDも準備してあるから、それを使って。それからここからは民間警備企業が設置した生体認証スキャナーのある場所を通っていくから」
「どうしたというんだ? 何か分かったのか?」
「分かったよ。過去にあった電子攻撃と攻勢ウィルスの構造を解析して、誰が半グレ集団のやり取りを全て消去したのか分かった。そして、恐らくはそれがリンちゃんを襲うように仕向けた連中でもある」
夏妃は語る。
「日本情報軍。それが襲撃者の正体」
……………………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます