食事のお誘い
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──食事のお誘い
凛之助は翌日店の下見をして、車椅子お断りではないことを確認してから、夏妃を食事に誘う決心を固めた。
「夏姉。明日の夕食は外で食べよう」
「うん! 楽しみにしてる!」
夏妃は本当に嬉しそうだった。
「それから攻撃者の正体についてだけど、まだ分からない。かなり高度なウィルスが使われているということが分かっただけ。雪風も動員して探っているけれど、ウィルスはまだまだ50%程度しか復元できてないです」
「半分はできたということなのだろう?」
「そう。でも、半分じゃまだまだ攻撃者の正体は分からない」
「ところで、雪風というのは?」
「私が作業支援ために組んだ自己学習型の多用途AI。日々のスケジュールの管理から、ウィルス解析の手伝いまでしてくれる。私はこのAIの理論で学位を貰ったんだよ。あ、ちなみに雪風っていうのは、日本海軍の駆逐艦であり、第二次世界大戦を生き延びた幸運の軍艦の名前であり、私の好きなSF作品に登場する戦闘機の名前だよ」
夏妃はそのAIを開発する理論を作った功績として、在宅プログラマーとして高給で雇われるようになったのだと語っていた。
凛之助はまさに夏妃は電子の女神だと思った。AIというものが人類の歴史の上でどれほど重要な役割を果たしたかしらない凛之助ではない。今もAIは凛之助がこの地球の情報を集める上でとても役に立ってくれている。そんな人工生命と言っても過言ではないAIを自らの手で生み出すとは、まさに神のなせる業である。
凛之助は心底から夏妃を尊敬した。
今も凛之助はAIを使て地球について調べている。具体的には古代について。
世界各地に残る宗教的奇跡の話や、建国神話。そう言うものを調べていた。
宗教的奇跡も、建国神話も、今でも一部の人間は熱心に信じているが、大多数はもう信じていない。今は無神論がホットらしい。神を信じないことが流行として大衆に受け入れられているのには凛之助も驚いた。
そして、詳しく調べたがどれも魔法とは無縁のものだとしか思えなかった。
恐らくは今の大衆の大勢がそういうように何かしらのからくりがあるでっち上げの奇跡や建国神話なのだろう。魔法が使えるならば、もっとこの世界ではマナが感じられてしかるべきだ。だが、この世界のマナは酷く希薄だ。
マナ。
それは魔法を行使する上での燃料。人の体内や空気中に存在し、人々hマナを外から取り入れたり、体内で生成したりして、魔法を行使する。
そして、マナは魂から生み出されるものだ。
だから、このマナの薄い世界で凛之助は魔法を行使できるのだ。凛之助の魂は転生する前の魔王としてのそれであり、魂に宿った魔力を生成する能力が凛之助にはある。それも膨大なマナを生み出すことができる。
「100個の物語のうちに1個は本物があるかもしれない。だが、今は完全に存在しない。全ては科学ということで処理されている」
凛之助は超能力などについても調べたが、どれも今はペテンだと分かっているものばかりだった。単なる手品というわけである。
この世界には魔法は存在しないはず。だが、魔法の存在を知っているような素振りを見せる人間がいた。いや、彼らも凛之助の魔法を超能力と見做し、手品と種を明かそうとしていたのかもしれない。
そう考えることことしか今はできない。
凛之助は事務所に出勤し、今日も数多くの事件の解決を助けると、央樹に教えてもらった店に、夏妃を案内した。
「わー。綺麗なフレンチレストランだね」
「味も評価されている」
「うんうん。何よりリンちゃんが私を食事に誘ってくれたことが嬉しいです」
夏妃はそう言ってにこりと笑った。
凛之助は予約していたテーブルに夏妃を案内し、ふたりで食事にする。あらかじめ調べておいたお勧めのコースメニューが提供される。
「これ美味しいね。それにあんまり格式ばってないから、緊張せずに食事が味わえるよ。ありがとう、リンちゃん」
「夏姉が働く場所を紹介してくれたおかげだ」
「それでもだよ」
それでも自分で稼いだお金なんだからと夏妃は言う。
「ところで、どうしてAIに雪風という名前を?」
「私、SF小説が好きでね。昔のから最新のまでいろいろ読んでるんだ。その中で印象に残ったのが雪風って戦闘機。異星人と戦う凄い奴なんだよ。今度貸してあげるから、リンちゃんも読んでみて」
「分かった」
今は早く夏妃に関する記憶を目覚めさせるためにも、夏妃とコミュニケーションを取るのが必要だ。人間はは些細なことから、記憶を取り戻すことがある。まあ、記憶という名の金庫の暗証番号は総当たりでやるしかない。
「リンちゃん。今もあんまり変わってないよ」
「そう、なのか?」
「うん。お姉ちゃんのことが大好きで優しい。昔のリンちゃんと一緒。だからこそ、私はリンちゃんが死んだという事実にまだ向き合えてないのかもしれない」
夏妃が落ち込んだ様子でそう言った。
「今はそういうこと話すべきじゃなかったね。ごめん、ごめん」
夏妃は誤りながらグラスに赤ワインを注いでもらっていた。
「私に、元の私に兄弟姉妹はいなかった。今は夏姉という存在がいる。私は兄弟姉妹はいなかったが、彼らの絆は尊いものだと記憶している。だから、夏姉。これからも兄弟姉妹として接することを許してほしい」
「許すも何も、リンちゃんは私の可愛い弟だよ」
夏妃はそう言って微笑んだ。
「少しずつ思い出していこう。全く思い出せないわけではないんでしょう?」
「そうだな。あなたと話すことでふと思い出すかもしれない。一生思い出さないかもしれない。断言はできない。ただ、見込みがないわけではないということだ」
「それじゃあ、お姉ちゃんのお勧め映画を語っちゃおう」
夏妃は顔に似合わず戦争ものの映画が好きなようで、非武装地帯で孤立した兵士たちを扱った映画や、イスラエルという国がレバノンという国に侵攻した時の映画、あるいは爆発物処理班という特殊な任務をこなすものたちを扱った映画などの話を語って聞かせてくれた。
「どう、思い出せた?」
「あなたが元の凛之助に第二次世界大戦中の潜水艦を扱った映画を勧めたことを思い出した。これは間違い記憶だろうか?」
「間違いないよ! 本当に少しずつだけど記憶が蘇っていくんだね……」
夏妃は感極まった様子でそう言った。
「では、そろそろ会計を済ませて帰ろう。あまり無防備な場所にいるのも考え物だ」
「お姉ちゃんは辛いです。リンちゃんが狙われてるなんて」
夏妃は本当に辛そうだった。
彼女にとっては既に元の凛之助は死んでいるとしても、今の凛之助だけが唯一の肉親と言っていいのだ。それがよく分からない集団に狙われているとなると、夏妃も気がめいってしまうのは仕方ない。
「大丈夫だ、夏姉。私はあなたの傍を離れたりしない。決して」
「も、もう。それプロポーズみたいだよ? お姉ちゃんに惚れちゃったかな?」
困ったなあと言いつつも夏妃は嬉しそうだった。
凛之助の記憶が少しずつ復元されて行く。
「夏姉とは両親が死んでからずっとふたりで、先に夏姉が私とずっと離れないと言った、のだろう?」
「! 思い出したの!?」
「ああ。少しだけ」
「そっか、そっか! 少しずつだね!」
そういう夏妃は本当に嬉しそうで、凛之助は少しでも早く夏妃の期待に応えたいと思ったのだった。
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