襲撃者の違和感
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──襲撃者の違和感
凛之助たちを尾行している追跡者に向かっていく央樹。
「何か用があるなら口で言ってもらいたいな」
央樹はそう言って、追跡者たちに声をかける。
追跡者たちは何やら街灯を気にしているようだった。
いや、気にしているのは生体認証スキャナーだ。
脳波から網膜に至るまであらゆる個人情報を収集し、監視するシステムがこの世界には存在するのだ。それは街頭監視カメラに連動していて、その目が届かないところなどないに等しい。ごく一部の路地裏──元の凛之助が殺された場所などにはないぐらいだ。
それ以外の場所ではほぼ街頭監視カメラとセットで生体認証スキャナーが設置されている。これは2030年に起きた大規模テロにおける教訓らしい。
収集された情報は国民IDと紐づけされて、個人情報が収集される。
それがどこに記録されているのかは凛之助の記憶にはない。
ただ、街頭でこうして動いている情報は全てこの国の政府に筒抜けだということだけが分かるのみである。大魔法使いでもここまでの管理された社会は実現できなかっただろうが、この世界のシステムはそれを可能にした。
「おいおい。黙っていちゃ分からないぜ。どうして俺たちをつけてるんだ? 何か理由あってのことならちゃんと聞くぞ。単なるストーキングなら最寄りの警察署に行くことになるけどな。さて、どうしてだ?」
央樹は相手を挑発するような口調で背後の追跡者に迫る。
凛之助の目には3人の若い男たちが見えていた。3人は服装もばらばらで、この前凛之助を襲撃した男たちとは違っていた。年齢も若いとは言えど、若すぎるわけでもなく、落ち着いた雰囲気を持っている。
だが、不穏な様子を見せていることには変わりない。
「素人、ではないな。生体認証スキャナーに記録される情報を気にしている。だが、もう手遅れだぞ。ばっちりと記録されている。後日、こちらが警察に届け出を出したら、あんたらは即日お縄だ。強力なコネでもない限り」
「畜生。ここまで来たら仕方ない。試させてもらう!」
男のひとりがナイフを構え、央樹に向かってくる。
「よいしょおっ!」
央樹は魔法のように男の腕を掴むと瞬く間に投げ飛ばしアスファルトの路上に叩きつけた。男の全身に激痛が走り、それで男は動けなくなる。
「さあ、次はどいつだ?」
男たちは央樹を再び襲うようなことはせず、仲間を見捨てて逃げ去っていった。
「どこかのチンピラでも雇ったかね」
央樹は地面に倒れている男を起こす。
「どういう意図で襲撃した?」
「クソくらえ」
央樹が男の腹部に拳を叩き込む。
「ここは街頭監視カメラからも、生体認証モニターからも死角になっている。ここで俺が何をしようと記録されない。もちろん、殺したりすれば真っ先に俺が疑われるだろうが、そうでなければ何をしても構わないというわけだ」
温厚な央樹にしては珍しく、脅すような口調でそう述べる。
「話せ。誰に雇われた? 半グレ集団ってわけでもないだろう?」
「クソくらえだ」
もう一度腹部に央樹の拳が入る。
「正直になろうぜ。俺はこう見えても元刑事だ。どういう事件が立件されて、どういう事件が人知れず忘れられていくのかを知っている。だから、今回のような事件が立件されないのも分かっている。俺がここでどれだけお前を痛めつけても、警察も民間警備企業も我関せず、だ」
央樹は穏やかにそう語る。
「もう一度聞く。誰に雇われた?」
「……俺たちも探偵だ。最近、やたらと業績のいい同業者がいるという噂を聞いて、それを調べに来た。それだけだ」
「嘘はよくないな。こちとら元刑事だ。嘘吐きは目を見れば分かる。あんたは嘘をついてる。そこまでして雇い主に義理立てしたいのか?」
「畜生。知らない。知らないんだ。雇い主については教えられていない。だが、どこかの金払いのいい客が俺たちを雇った。そして、言ったんだ。『臥龍岡凛之助という男について探れ』って」
「なるほどね」
央樹は頷くと男を離した。
「行け! 次に来たら本当に警察に突き出すぞ! 失せろ!」
男はよろめきながら立ち上がり、大急ぎで逃げ去った。
「私について調べろと、何者かが命じたのですね?」
「そうらしい。本当に同業者が機会を窺っているだけなら問題ないんだが……」
央樹は歯切れ悪くそう返す。
「凛之助君。心当たりとかある?」
「以前に話したように何ものかに襲われたことがあります。それと関係があるかもしれません。断言はできませんが」
「そうか。夏妃ちゃんに凛之助君のことよろしくと任されている身としては、君の安全を考えなければならないね。とりあえず家まで送ろう。マンションの防犯はかなり厳重なところに住んでたよね?」
「少なくとも生体認証スキャナーを通さないと入れません」
「それは結構。夏妃ちゃんにも注意するように言っておいて。それから俺は警察に行って、今回の襲撃者の身元を当たるから」
ごく当たり前のように央樹はそう言った。
「できるんですか?」
「民間警備企業はともかく、まだ警察にも顔が利くから。それに被害届も出しておかないといけないし。警察はね。同じ警官だった人間を庇ってくれるところがあるんだ。今回の被害届で、実害が認められたら、警察も注意してくれるようになるし、損はしないよ」
「では、お願いします」
「任せといて。夏妃ちゃんにも凛之助君にも世話になりっぱなしだから」
そのまま央樹に送ってもらって、その日は無事に過ごした。
だが、違和感がある。
凛之助は確かに能力を隠すことなく仕事をしてきた。それはこの世界には魔法がないからだ。この世界は全てが科学という概念で理解され、その中には魔法というものは含まれていない。
だからこそ、凛之助は転生先にこの世界を選んだのだ。
だから、いくら魔法を使おうとそれが魔法だということは分からないはずだった。カラスを見たことのない人間にカラスの写真を見せても黒い鳥ということしか分からないのと同じこと。魔法がないが故に、魔王だと分からない。
そういう意味では凛之助が怪しまれるようなことはなかったはずだ。魔法の概念がない世界でいくら魔法を使おうと、誰かが勝手に科学的に分析し、的外れながら納得できる理屈をつけてくれる。
そのはずだった。
しかし、今回の男たちは凛之助を特異な存在として、探ろうとしていた。それが科学的な視点から見ての好奇心だったのか。あるいは別の理由か。
少なくともこの世界に魔法はない。それは確かだ。
凛之助は念入りに魔法のない世界への転生を目指してきた。少しでもその可能性がある世界は排除されてきたはずである。
それでも今回の男たちの襲撃は不気味だった。
凛之助を殺した半グレ集団とは違う。別の目的を持ったものたち。
もしや、何かしらのミスを犯して、魔法のある世界に来てしまったのか?
一瞬そう考えたが、凛之助は自分の考えを否定する。
あれだけ念入りに準備したのだ。失敗はあり得ない。
「ただいま、夏姉」
「お帰り、リンちゃん! 奥村さんに送ってもらったんだって?」
「ああ。後をつけられていた。私について探れとの指示を受けていたようだ」
「ふうむ。私の方でも調べてみるよ。ウィルスの解析がなかなか進まないからね。演算リソースは余ってるし。生体認証スキャナーのデータをハックして、どこの誰がリンちゃんを狙ったか調べてみる」
「助かる、夏姉」
「いいってことよー! 私にとっては今でもリンちゃんはリンちゃんだからね!」
夏妃はそう言ってパソコンのキーボードをまたカタカタと叩き始めた。
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