この世界の裏で
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──この世界の裏で
凛之助は奥村探偵事務所の仕事をこなしていった。
不倫調査、素行調査と言ったものから、やはり失せもの探し。
大富豪の遺言状を見つけたときには、その場が勇者たちが魔王の前に立った時のように殺気だったが、中身が納得できるものだと分かると、全員がほっとするのか感じられた。訴訟沙汰になっていたら何十億という金がかかっていだろうと央樹は言っていた。
そして、この世界の物価についてはよく分からないが、初の給与をもらった。
とは言っても現金を渡されるわけではなく、開設した口座に振り込む形だ。
「大卒の初任給と同じだけ支払うよ。凛之助君が来てから儲かってるからね」
そう、央樹は言っていた。
ここで凛之助は初めて大学という最高学府に庶民でも成績さえよければ入れることを知った。それも国公立大学の学費には奨学金というものがあり、これは以前夏妃が話していたが、返済不要で成績に応じて補助する金額が決まるそうだ。
なるほど。これがこの文明の発展の要因かと凛之助は納得した。
大卒者は言うならば賢者。その賢者を育成するのにこれほどまでの支援を行い、大量に賢者を生み出しているのだ。発展しない方がおかしいぐらいだ。
凛之助はその大卒という賢者と同額の給与をもらった。
21万5000円。
初めて手にしたこの世界で自分が稼いだお金。
もちろん、夏妃に渡す。
夏妃にこの仕事を紹介してもらったのだ。給料をもらうまでも弁当を作ってもらったりといろいろと面倒をかけた。こういう場合、給与は当然夏妃に渡すべきだろう。凛之助はそう思っていた。
「え? リンちゃんのお給料でしょう? 自由に使っていいよ?」
だが、夏妃にはあっさりそう言われてしまった。
「夏姉に紹介してもらった仕事で、これまで迷惑をかけたと思うのだが……」
「気にしない、気にしない。家族なんだから。それに私も稼いでるし!」
「そうだった。夏姉はどれくらいの給与をもらっているのだろうか?」
「私? そうだねえ。仕事に時期にもよるけど月に250万くらい?」
衝撃を受けた。
凛之助がようやく21万5000円稼いでいる間に夏妃はその10倍近い金を稼いでいるのだ。だが、彼女の技術と大卒という名の賢者の称号を考えるならば不思議でもない。凛之助がこれまで過ごしていた世界でも貧富の格差は大きかった。
「そうか……」
「お、落ち込まないで、リンちゃん。私はいくつも仕事を掛け持ちしてるからだよ。そうだ! リンちゃんがどうしてもっていうなら、リンちゃんに食事をご馳走してほしいな! リンちゃんが誘ってくれたら嬉しい!」
「分かった。準備してみる」
家族を食事に誘ったことなどないし、凛之助の知識では夏妃に相応しい飲食店が思い浮かばない。そもそも凛之助はあまり外食はしないようだ。せいぜいコンビニで軽食を買う程度であった。
これは央樹に相談するべきだなと凛之助は思った。
「いい店を見つけたら、招待する」
「期待してるよ!」
夏妃はそう言ってキーボードを叩く。
「うーん。やっぱり変だな……」
「この間の件だろうか?」
「そうそう。どうも犯人は手動でログを削除したんじゃなくて、攻勢ウィルスを使ってログを削除したみたいなんだよ。それも半グレ集団全員の端末から。どの携帯をハックしても、何の痕跡もなし。徹底してる。そりゃ、スマホのデータを削除するくらいの攻勢ウィルス程度、プログラミングの初心者でも組めるけど、携帯電話会社、そしてSNSの運営会社のログに至るまで徹底的に削除するってのは──ちょっと病的」
ぞわっとするものを感じたのか、夏妃が身震いする。
「念のために情報セキュリティ企業のログも当たったけど、まるで最初からそんなログはなかったみたいな扱いになってる。本当に病的。個人のやり取りをまるで最初から全部知っていて、それをピンポイント爆撃した感じ。情報セキュリティ企業のサーバーを攻撃できる攻勢ウィルスなんてそう簡単に作れるはずないのに」
夏妃の言っていることは凛之助にはちんぷんかんぷんだったが、どうやら何者かが半グレ集団に元の凛之助の殺害を命じたであろうやり取りを削除させたようである。
夏妃をして『簡単に作れるはずがない』というからには敵は高度な技術力を持っているものと思われる。
「その攻勢ウィルスというものの製作者が元の凛之助の殺害を命じた、と?」
「恐らくは。そうでないとしても一枚噛んでるのは間違いないはず。私みたいな一匹狼が頼まれて作ったならば、その製作者も消されてるかもしれないけど。それぐらい情報の削除が徹底してる」
そこで夏妃ははっとした。
「……もしかしたら、リンちゃんが殺される原因になったのって……」
「夏姉。あなたの責任は何もないはずだ。親類を殺して脅迫するということはあるが、脅迫の類は行われていないのだろう? 報復にしては、見せしめが足りない。報復したと分からない方法で報復することに意味はない」
夏妃の考えを読んで凛之助が返す。
「そうだよね……。でも、私もたまに危ない仕事してるから……。身の安全には気を付けてるつもりだけど、リンちゃんが襲われるなんてことは考えてなかった。お姉ちゃん、反省。今は奥村さんがいるからいいけど、危ないと思ったら、リンちゃんも気を付けて」
「ああ」
凛之助は魔王だったのだ。勇者でも何でもない半グレ集団にそう簡単に殺される程度ではない。自分の身を守ることぐらいはできるはずである。
断言できないのは、この世界の文明が進歩していることに関係する。
銃火器という武器。これは凛之助の知らない武器だった。鉛の玉を高速で飛翔させ目標を撃ち抜くという武器だ。これで不意を打たれた場合は即応できないかもしれない。脳以外の場所が欠損しても自己回復魔法で回復できるが、頭を撃ち抜かれたら終わりだ。
念のために敵意のある人間がいないか常に魔力で探知を行っているが、それでも銃の射程は相当な距離に及ぶこともあるという。流石の凛之助でも気づけない恐れはあった。
今はそれに対抗するべく、自動防御の防御魔法の術式を開発しているところだ。
「私は攻撃の痕跡からウィルスの再現を行ってみる」
「そんなことができるのか?」
「へへっ。電子の女神様の手にかかれば余裕」
夏妃はそう言ってVサインを送った。
「頼もしい。攻撃者が分かれば対処のしようもあるだろう。私としても身を守るためには全力を尽くすつもりだ。私自身の身も、あなたの身も」
「嬉しい言葉だね。じゃあ、リンちゃんはそろそろお風呂に入って。お湯沸かしたところだから。私は後で入るよ。まだまだ気になる点があるから」
夏妃は凛之助には全く理解できないディスプレイの画面を眺めて唸っている。
凛之助はそんな夏妃を見ながら、風呂に向かった。
「この攻撃パターン。どこかで見た感じ。再現するから手伝って、雪風」
『了解、マスター。ですが、現状のデータとリソースでは解析に3週間』
「私が補助する。3日以内には解析するよ。片っ端からデータをぶち込んでいくから解析していって。私の方でも類似データを解析するから。あなたひとりでは3週間でもふたりでかかれれば、3日だよ」
『マスターのご命令のままに』
「よろしい」
普段から仕事の補助をしている夏妃の開発した多用途AI“雪風”にも仕事を任せながら、夏妃は攻撃者の正体を探る。
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