電子の女神
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──電子の女神
「うーん。魔法を活かして働きたいかー……」
「先ほど言っていた動画配信者というのは?」
「ああ。あれは難しいよ。ちょっと見てみて」
夏妃は車椅子を移動させると、豪華なデスクトップパソコンの前まで来た。かなりのハイスペックパソコンなのだが、そのことには今の凛之助は気づけず、ただの奇妙な箱の集まりのように見えていた。
「これが動画配信者さんの動画」
「ふむ」
そこでは思いもよらぬことをする人間と賑やかなトークを演じる人間の姿が移されていた。トークは見事なもので、エンターテイメントそのものだった。
「確かにこれは難しいな……」
「でしょ? ただ魔法が使えればいいわけでもない。トークもできなきゃいけない。それでもやるっていうなら、お姉ちゃんが設備整えてあげるけど」
「いや。私には無理だ。こんなに賑やかに喋ったことなどない」
部下を鼓舞する演説などはしたことはあるものの、動画配信者のトークと発想は凛之助の発想のさらに上を行っている。これに対抗していくのは難しい。それも夏妃に言わせれば、これでも中堅程度の動画配信者だというのだ。
「誰でも動画配信ができるようになってからずっと競争が激しくなってねー。新鮮で、面白くて、常に更新していないと注目されなくなっちゃうんだよ」
夏妃はそう語っていた。
「それはそうとだよ。リンちゃんを殺した連中はどうしたの?」
「記憶を消去して帰宅させた」
「許せない。報復してやらなくちゃ」
あの時は誰も傷つけるつもりはなく、報復など考えもしなかったが、確かに元の凛之助を殺したものたちは報いを受けるべきだろうと凛之助は思った。
「リンちゃん。襲われた場所、分る?」
「覚えてるが、地図でその位置が示せる自信はない」
「じゃあ、スマホ貸して」
「ああ」
このスマートフォンという装置には一体どのような機能が秘められているのだろうかと凛之助は興味津々だった。
「さて、と」
スマートフォンとパソコンに繋いだ夏妃はタタタッとキーボードを叩く。その速さに彼女がいったい何をしているのか凛之助には理解できなかった。
だが、画面に地図が表示されたことで彼女が何をしているのか分かった。彼女はこのスマートフォンから凛之助の辿ってきた道を割り出したのだ。このスマートフォンが一体どうやってそのような記録を残せたのか、凛之助には訳が分からなかった。
「ふむふむ。ここで下校の通路から別の道に移っているね。生体認証スキャナーをちょいとばかりハックして……」
夏妃がエンターキーを押すと、街頭に設置されている生体認証スキャナーのサーバーのバックドアがハックされ、中の情報が漏れ出す。
「いた。こいつらで間違いない?」
「……ああ。そうだ。この男たちだ。だが、どうやって……?」
「私はこういう技術があるってこと。こいつら、ちょっと前に騒ぎになった半グレ集団だね。まあ、お姉ちゃんに任せときなさいって」
夏妃は生体認証スキャナーが読み取った個人情報から凛之助を襲った襲撃者たちの名前と住所、国民IDなどを取得する。そして、そこからさらに携帯電話会社のサーバーをハックし、全員のスマートフォンをハックする。
「出た出た。馬鹿みたいな写真。さらにこれを……」
スマートフォンからSNSのアカウントを片っ端からさらにハックする。
「『私たちは人殺しです。生きていてごめんなさい』と」
全員のSNSにそのような同じ文章を乗せ、写真の中で一番漏れたら不味いだろう写真を片っ端からSNSにアップロードしていく。
「ど、どうなったのだろうか?」
「社会的に死んだよ」
「社会的に死んだ……」
急に凛之助は自分の持っているスマートフォンと夏妃が恐ろしくなった。
どんな呪術師でも、ここまでのことはできないだろう。先ほど見せられた写真はまるで魔法のように取り出され、SNSという何千万人が閲覧する空間にアップロードされた。それも今も急速に拡散されて行き、半グレ集団のSNSにはとんでもない罵詈雑言が飛び交っている。本当に呪いを放ったかのようだ。
「こ、このようなことは誰でもできるのか……?」
「まっさかー。私ぐらいのハッカーじゃないと無理だよ。ちなみに私の記憶を忘れているみたいだから言っておくけど、私は在宅プログラマー兼サイバーセキュリティコンサルタント。顧客は民間企業から政府まで多岐に及ぶよ」
それだけ各機関のセキュリティの穴を知ってるってことと夏妃は言う。
「ふむ。まるで呪術師のようだ」
「そういう言い方はやだなー。お姉ちゃんはもっと可愛い呼び方をしてほしいです」
「ならば、電子の神……いや、電子の女神だ」
「グッド!」
いいねというように夏妃がサムズアップする。
「しかし、電子空間とは、ネットとは恐ろしいものなのだな……」
「そうだよ。気を付けないとこわーい人たちが日本にはいるからね」
「怖い人?」
「日本情報軍」
凛之助が分からず尋ねると忌々し気に夏妃が返す。
「まあ、普通に暮らしている分には関わり合いにならない人たちだよ
夏妃はそう言ってまたキーボードを叩く。」
「ふむ。この連中のスマホの情報見て思ったけれど、何者かに電子攻撃を受けた形跡があるね。SNSのやり取りの一部と通話記録が丸々消えている。半グレ集団にしては手が込んでいる。どういうことかなあ……?」
携帯電話会社からもログが削除されていると夏妃が言う。
「それは何か不味いことなのか?」
「うーん。ただの半グレ集団の証拠隠滅にしては手が込んでるかな? よっぽど隠蔽したかったみたい。普通、こういうののやり取りを抹消したければ、そういうプライバシー維持のためのアプリがあるし、最悪スマホを電池レンジでチンしちゃえばいいし」
けど、携帯電話会社のログまで削除かーと夏妃が唸る。
「まあ、殺人だからね。それなりに手を回したのかも。私だけが携帯電話会社のログをハックできるわけじゃないし。半グレ集団なら、そういうのを専門にしているアングラハッカーの繋がりもあるだろうし」
「よく分からないが、今度私が死んでしまうとこの体は完全に死ぬことになる。注意すべきことがあるならば教えておいてほしい」
「信頼できる人を頼るしかないね。こういうのを専門にしている人がいるから、そっちを頼ってみる。ん……? そういえば、リンちゃんってどんな魔法が使えるの?」
凛之助が死因長に尋ねると夏妃が尋ね返してきた。「
「記憶操作。洗脳。未来視。過去視。結界。攻撃。いろいろだ」
「そっか! それなら丁度いいかもしれないね」
夏妃が自分のスマートフォンを弄る。
「誰と連絡を取っているのだ?」
「リンちゃんの身を守ってくれて、それでいてリンちゃんの働き先を紹介してくれそうな人。一石二鳥って奴だね」
夏妃のスマートフォンがベルのような音を鳴らす。
「オッケーか。じゃあ、行ってみようか、リンちゃん?」
「分かった」
凛之助はただ夏妃の提案に頷いた。
……………………
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