中編
つらつらと書かれた契約書の内容を簡潔にするとこういうことだった。
「死んだ後の後始末は有限会社クロノスに一任すること」
「ここでの契約を一切他人に明かさないこと」
死んだ後に残された家や財産などは全て会社に所有権が移るという。なるほど、それらが会社の利益につながっているようだ、とK氏も理解した。
住んでいた部屋やスマホ、生活インフラの契約解除、勤め先への連絡などの手続きなども全て行ってくれるらしい。必要ならば自死ではなく事故死扱いとしての処理も可能だそうだ。
どうしてそんな都合のいいことができるのかはわからなかったが、どうせ死んでしまえば気にすることでもないのだ、とK氏は深く考えないことにした。
さらに、この場ですぐに死んでしまうのであれば二つ目の内容は意味のないものではないかと思ったが、覚悟を決めてここを訪れた人でも最後の最後で怖くなって帰ってしまう人もいるようだった。また馬鹿正直にここでのことを家族に説明してから来る人もいるらしい。
そんなときはどうするのか、とK氏が我孫子に尋ねたが「まあ、そんな状況になったら教えてあげますよ」と答えをはぐらかされてしまった。嫌な予感がしたのでそれ以上深入りするのはやめておいた。
「それでは、ご希望の異世界設定についてアンケートを取らせていただきますね」
受付をしていた女の子がK氏にタブレットを手渡した。我孫子は別室に篭り、これからK氏の異世界を作るためのプログラムを作成するという。異世界の設定によっては作成時間が数日もかかることもあるらしい。
なるほど、だから我孫子の髪の毛はボサボサで徹夜したような感じだったのかとK氏は思った。
「わからないことがあったら何でも聞いてくださいね。私は受付におりますから」
と女の子は部屋を出ていった。
K氏は白い壁の部屋に一人残され、タブレットを使ってこれから訪れる異世界の設定を決めることになった。
タブレットの画面に質問項目と選択肢が表示されていた。どうやら好みのものをタッチしていけばいいようだ。
「異世界の舞台はどうしますか。ファンタジー系、現実系、宇宙系……その他」
K氏はしばらく考えて、子供の頃よくやっていたロールプレイング・ゲームを思い出し、「ファンタジー系」をタッチした。続いて、次の選択肢が現れる。
「世界設定はどうしますか。スローライフ、魔王討伐、冒険・探索……」
たくさんの項目が表示されるが、正直K氏にはよくわからなかった。そこで、現実世界ではできない体験がしたいと思い「魔王討伐」を選択した。
「職業を決めてください。国王、勇者、戦士、魔法使い、竜騎士……」
ははっ、これはおもしろい。ゲーム感覚で自分の訪れる異世界を作っているみたいだ。K氏は次々と選択肢の中から自分の希望する内容を選んでいく。もちろん、先ほど我孫子と話をしたハーレムや理想の女性についての項目も、今思いつく限りの要素を盛り込んでみた。どうせ自分が死んだ後のお楽しみの世界だ。思い通りにして何が悪い! と若干開き直ってもいた。
そうして一時間くらいかけて自分の理想とする異世界の形を作り上げた。
「あの、終わりました」
K氏が設定を終えたタブレットを持って受付に行くと、ちょうどそこに女の子と我孫子が立っていた。「お疲れ様!」と我孫子がタブレットを受け取ると、申し訳なさそうに片手を立てて謝ってきた。
「ごめん。今から別のお客さんが異世界に行くことになってるんだよ。だからK氏の異世界が完成するのが明日になりそうなんだ。今日は一旦家に帰ってさ、部屋の片付けとかしておいて、また明日来てもらえないかな?」
突然押しかけて契約したのだから、それは仕方のないことだ。逆にこちらこそ忙しいときに訪れて申し訳なかった、とK氏は素直にそれを聞き入れた。
すると我孫子は受付の女の子に聞こえないように「そのかわり、とびっきりエッチな設定にしておくからさ!」と耳打ちした。
K氏は若干の興奮を覚えながら、階段を降りていった。ビルの一階に降りたときに、うつむきがちでどこか陰のある少女とすれ違った。もしかしたら彼女が――いや、余計な詮索はやめておこう。また明日、ここに来て俺は新しい世界で生まれ変わるのだ。K氏は足取りも軽く、家路についた。
「我孫子さん、どうですか彼は……わたし、ちょっと心配です」
受付の女の子がK氏の階段を下りる音がしなくなってから、我孫子に話しかけた。
「うーん、まぁいいんじゃないかな。それより彼はお茶を飲んだよね」
「はい、しっかり確認しました」
「じゃあ大丈夫。仮に明日来なくても、ここの秘密がバレることはないよ」
そんな話をしていると入り口の扉がゆっくりと開き、一人の少女が入ってきた。
「よろしくお願いします……Aです」
「ああAさん、お待ちしておりました! さっそく悪役令嬢の世界へ行きましょうか! いやいやプログラム組むのに三日もかかってしまって申し訳ない、でもとびきり完成度の高いものが出来上がりましたよ!」
「……アーノルド王子はうまく作成できましたか?」
「ええ、ええ! 異世界に行く前にちょっと見てみます? 細かい部分の修正とかあれば今受けますので!」
我孫子は少女Aを連れて、三階へと進んでいった。
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