『血まみれの英雄、蒼紋の剣士ジョーは今日も女神に祈りを捧げる』

吐息@(既刊2冊&オーディオブック発売中

『血まみれの英雄、蒼紋の剣士ジョーは今日も女神に祈りを捧げる』

俺の名は久保田 銀丞ギンジョウ


付き合いの長い友人たちからはジョーと呼ばれている、どこにでもいた高校生だ。


そう、過去形だ。


なぜか?


今、俺の目の前に広がっている光景を見れば納得してもらえるだろう。


殺意を持ってにらみつけてくるゴブリンどもの群れ!


奥には、こんな森の深くまで連れ去られてしまった村娘さんたち!


彼女たちはゴブリンどもに服を破られているさなか、突然現れた俺に助けを求めている!


「ふふん……ゴブリンどもめ! すぐに消えるなら見逃してやるぞ!?」


ゴブリンどもが奇声と涎を口からまき散らし、こん棒を振り上げて走ってくる。


「雑魚どもが!」


俺は虚空から一振りの刀を取り出し黒い刀身を抜き放った。


もうおわかりだろう。


そう、ここは異世界!


男子たるもの一度は憧れる三大要素、ハーレム、世界最強、そして異世界!


その一つがここにある! いや、もしかしたら全部あるかもしれない!


――お約束と言ってしまうとアレだがつい先日の事。


俺は赤信号を無視したトラックにはねられ、享年十七年で現代日本からおいとました。


そして真っ白な部屋で目が覚め、戦女神と名乗る美しい女性と出会った。


戦女神様は開口一番。


「おめでとうございます! 通算百人目の勇者という事で通常プレゼントされるスキルが三つの所、五つとなります! やったね!?」


ややノリが軽いながらも戦女神様はその言葉通りスキルを授けてくれた。


スキル一覧のようなものは提示されず、こちらがどんなスキルが良いか聞かれた。


俺はノータイムで要望を伝えた。


「不老不死で!」

「あー。それ今は法的にアウトなの! 他のもので!」


法的にダメだった。


「最強の魔法で!」

「最強って個々人によって解釈が違うからねー、もっと具体的に!」


確かに最速の一撃こそ最強という人と、力こそ最強という人もいる。


これは俺の要求が曖昧すぎた。


「じゃあ、最強の武器……も好みがありますよね?」

「そうね、得物は最強でも扱う筋力なども必要だし、武器だけでは最強たりえないかなって!」


武器は力となるが力そのものではない。


いくら素晴らしい武器も、操れない者が持てば壁の飾りと同じだ。


「難しいですね」

「そうね、みんなだいたい同じ事を言うわ」


過去の勇者もそうだったか。


「そう言うと決まってこう聞かれるのよ。前の人はどんなスキルを選んだのかって?」

「まさにそれを聞こうと思いました!」


先達に学ぶのは良策だ。


結果、俺は戦女神様から『勇者デビューにオススメのスキルパック(技巧派)』を頂戴する事とした。


こちらは三種のスキルの詰め合わせ。


セットだからといってお得なオマケがあるのではないが、スキルにシナジーがあり過去の勇者が使っていた組み合わせでもあって確たる実績もある。


内容としては『疾風迅雷』『一撃必殺』『自然治癒』。


技巧派というだけあって『疾風迅雷』の素早い動きで敵の攻撃をかわし『一撃必殺』で強化された攻撃を叩きこむ組み合わせ。


『自然治癒』は戦闘で受けたダメージの回復にも使えるが、異世界という日常生活を生き抜く為でもある。


治癒術やポーションの価値が高い異世界ではとても有用なスキルなのだ。


負傷はもちろん、病気や呪いとかそういった状態異常にも効果があるらしい。


ちなみにさきほど剣を虚空から取り出したのは『異界倉庫』。


四つ目に俺が望んだスキルだ。


こういった格納系は戦女神様にとって地味なスキルだったらしく、スキルを決定したら後で取り消しや変更はできないけど本当にいい? と何度も確認されたがアイテムボックス系スキルはお約束だ。


ちなみに黒い刀は戦女神様からサービスで頂いた。昔の勇者のお古らしい。


他にも先達が残したアイテムも捨てちゃう予定だったからと、まるっと引き継いだ。


チラっとみた限りよくわらかない物も多いが、貴金属もかなり入っており今後の異世界生活がイージーになる確信が持てる内容だった。


こうして四つのスキルを獲得したが、五つ目のスキルは思いつかなかった。


というより、この四つのスキルで打破できない苦境にあった時、それを突破できるスキルをとりたいと思って未取得のままだ。


困った時に戦女神様を呼べば、あらためてスキルを付与してくれるらしい。ありがたい。


さて、話を戻そう。


そうして戦女神様からスキルをもらい、さっそく試運転よね!? と言われ、俺は特に深く考えず、そうですね! とうなずいた。


すると戦女神様がこめかみに指をあて、うーんうーん、とうなった後。


「見えた! 深い森! ゴブリン! 半裸の村娘! デビュー戦にふさわしいイージーシチュが!」


戦女神様の手が光り「いってらっしゃーい、また会う日まで元気でね! ついでにイケメンにもしておいたわ!」という言葉を最後まで聞くやいなや、次の瞬間にはこにに立っていたのだ。


そう、冒頭のシーンだ。


ゴブリンがいて、その向こうに服に手をかけられた村娘達がいて。


何をすべきか、何を言うべきか。


一秒で理解した俺は、次の一秒後には口を開いていた。


「ふふん……ゴブリンどもめ! すぐに消えるなら見逃してやるぞ!?」


キリリっとした表情でカッコよく告げる。


そして虚空から刀を取り出す。頂き物の黒い刀身がきらめく。


臨戦態勢となった俺に対してゴブリンどもは襲い来る速度を緩める事はなかった。


「雑魚どもめ……ッ!」


俺は羽根のように軽い体を疾駆させて、ゴブリンどもと交差するように駆け抜ける。


無論、刀をそれぞれのゴブリンの首に走らせながら。


俺は駆け抜けたゴブリンの群れに背を向けたまま、その先で震えていた村娘たちへ歩み寄る。


「もう大丈夫です」


『異界倉庫』をあさり人数分の服を取り出す。


服はどれも高価そうだが露出も高かった。


村娘たちは布地の少ない服にとまどいつつ、破られた服よりはマシだと思ったのか白い背中を俺に向けて着替え始めた。


「服は友人からの預かりものなんです。申し訳ない」


俺は紳士的に目をそらせつつ、その服の趣味は自分ではないと弁明する。


村娘たちは着替えを終えると俺にお礼を告げてきた。


「当然の事をしたまでです。さ、村までお送りしましょう」


いまだ怯えている村娘たちが俺によりそってくる。


俺は周囲を警戒する。


あらゆるものを見逃すまいと村娘たちにもしっかりと気を配る。


ノースリーブならまだマシ。


下着も見えそうなくらいに短いスカートや、下着をつけていたら逆にエロくなってしまうような細いチューブトップ、背中がガバっとあいたドレス、などなど。


なるほど、以前の勇者の趣味か。


これを恋人や仲間に着せていたんだな、うらやましい。


だが今はありがとうとお礼を言いたい。俺はお礼を言える常識人だ。ありがとう、以前の勇者よ!


セクシーな装いとなった村娘たちに囲まれ、さきほどのゴブリンの群れ……だった肉塊の山の横を通り過ぎた時、それは起きた。


「……ッ!? うっ……おえぇぇッ!」


俺は吐いた。


鼻をついた血臭で一気に込み上げ、耐える事すら一瞬もできず、日本で食べた最後の晩餐であるとんこつラーメンを盛大にぶちまけた。


チラっと見ただけなのに首をとばされたゴブリンどもは実にグロテスクだった。


さらに血臭という嗅覚にダイレクトアタックが加わり、現代日本人のやわなメタンルは瞬壊したのだ。


戦闘中はアドレナリンでも分泌されていたのか、興奮でまったく気にも留めなかったがこれはキツい。


ホラー映画とかは平気な俺だし、なんならネットで見たけっこうキツい実際の映像なども見た事があったが……現実となると話が違った。


「おろろろろ」


血臭の中、マイ胃液をトッピングした豚骨ラーメンの匂いが混じわり最悪となる。


「うえぇぇ……」

「……げほっ……」


さらに悪いことに被害が拡大した。


周囲の村娘達がもらいゲロを始めたのだ。


みながうずくまりゲーゲーと声ならぬ合唱を始める。


大惨事だ。


まごうことなき大惨事だ。


これから先どれほどの時間を過ごすかはわからない異世界だが、今ほどの危機はもう来ないだろうと確信して戦女神様を呼ぶ。


すぐに戦女神様からの声が届く。


『どうしたの? もしかしてやられちゃった?』

「いえ……ごほっ、そうじゃなくて、すいません、スキル追加しますから、そっち戻してくれますか?」

『え? すぐ?』

「はい、大惨事になってますから……うげぇ、おろろろ」

『ちょっと待てない? 三十分くらい!』

「無理です、三分すら無理です……」

『じゃあ、一分!』

「……がんばります」


吐きながら待つ。


辺りはもうひどい有様だ。


美しい衣装を身にまとった娘さんたちが這いずり回りながら嘔吐を続けている。


悪い事は重なるものでゴブリンの死肉を求めて獣まで寄ってきた。


暗い木々の奥から目が三つある野犬の群れが姿を現わす。


「くそっ」


刀を握りしめ立ち上がる。


こちらを獲物だといわんばかりに見定めている犬もどきに迷う事なく突っ込む。


勝負は一瞬だった。肉塊がまたダースで増える。


「おえぇぇ」


目にも止まらぬ剣閃は、止まらぬ嘔吐も加速させた。


『お待たせ! 呼ぶからね!?』

「お、お願いします……うっぷ」


白い部屋に戻った俺を笑顔で迎えてくれた戦女神様は装いが変わっていた。


天使のような白い翼は背から消えており、絹のようなきらめいたドレスもはなく、アップでまとめていた髪型も変わっていた。


率直に言うと前髪をデコの上にゴムで束ねあげ、化粧も落としてジャージに着替えてらっしゃった。


既視感があるこの姿はなんだろうと考えてすぐに思いあたる。


残業から帰宅して、さっそく一杯はじめたOLの姿に酷似している。


具体的にはウチのねーちゃんがこんなふうだ。


「私は無口な男が好き。逆に恩を仇で返す男が大嫌いよ? 天罰を与えちゃうくらいに」

「俺は口がとっても固いです」

「素直な勇者に祝福を。それでどうしたの? 戦闘力に不足はなかったと思うけど?」

「ええ。素晴らしいスキルと武器でした。全ては俺の力不足です」


経緯を説明し残しておいた残り一枠のスキルで現状に対処できるスキルをお願いする。


「――よし! 新スキル会得! 戦女神様、ありがとうございました!」

「本当はスキル付与後はあまり関わっちゃダメなんだけど、困った時は呼べば助けてあげる。その代わり」

「俺は何も見てません。お優しい戦女神様のお慈悲にすがる哀れな子羊です」

「今回の勇者は素晴らしいわ!」


双方に利益のある事を確認して、俺は再びあの惨劇の森へと戻った。


いまだゲロゲーロとやっている村娘達に近づく。


先ほどと違って俺の胃袋に動揺は見られない。


『精神防御』というスキルを戦女神様に頂いた為だ。


効能は精神に負荷がかかりそうなものに対して事前にガードしてくれるというもの。


現状であれば血臭や汚物臭という嗅覚をカット。


グロい死体の山に視線を向ければ、なんとモザイクがかかっている。


『精神防御』は俺が過度のショックを受ける要素に対し的確なガードをしてくれるのだ!


キリリとなった俺を今だうずくまって見上げる村娘達。


「みっともない姿を見せてしまいました。さきほどのゴブリンの攻撃がかすり、毒が塗ってあったようだ」


ウソだ。


ゴブリンの攻撃なんてかすりもしていない。


だがそう言っておけばグロい光景に吐くわけがないでしょう? と言う命の恩人の言葉を肯定せざるをえない。


「そうでしたか……私たちこそ、大変お見苦しく……」

「あ、ありがとうございました!」


平静を取り戻した俺に村娘達が再び寄ってくる。


「家までお送りしましょう。道はわかりますか?」


村娘たちはうなずき、俺は彼女たちを村へと送り届けた。


村に着くなり連れ去られたはずの娘たちの姿を認めた家族たちが、手にしていた武器を放り投げて走り寄ってきた。


ゴブリンに連れ去られた彼女たちを今にも取り戻しにいかんとするところだった。


彼女たちの説明で俺がカッコよくゴブリンたちから救い出した事を知った村人たちは、すぐに歓迎と感謝の宴を開いてくれた。


まだ太陽も高い時間だというのに豪華な料理と酒がふるまわれた。


真面目な高校生だった俺は初めての酒にクラクラしながらも、俺が渡したきわどい衣装を着たままの村娘達の途切れぬ酌を受け酔いを加速させていった。


やがて意識も朦朧となり、気づけば深い眠りに落ちていた。






***






「んん?」


痛む頭をおさえつつ体を起こす。


辺りを見回すと見知らぬ部屋の中だった。


どうやら寝台に寝かされていたらしい。


「ここは?」


そんな呟きに応えるようにドアが開く。


「お目覚めですか? おはようございます、というのもおかしいでしょうか。もう夜半ですし」


助けた娘さんの一人だった。と思う。


外はすでに真夜中で、室内に灯りはない。


差し込む月明かりが照らしているワンピースはとても露出が多いもので、俺が渡した物に間違いない。


「ずいぶんとお酒をお召しになっていましたから覚えてらっしゃらないかと思いますが、宿屋などない小さな村ゆえ、今晩は私の家にお泊りになるという話は?」

「まったく覚えていません。すみません、お世話になったみたいで」


娘さんはクスクスと笑い。


「お世話になったのは私どもの方。そのお礼はこれから……とはいえ、ほかの者は恋人や伴侶がおりますので、僭越ながら私がこたびのお礼を」


そう言って、娘さんが服の肩ひもに手をかけて……そのままストンとセクシーワンピースが床に落ちた。


畜生、暗くてなんにも見えない! 月、もっとがんばれよ!


娘さんは暗い室内に小さな足音を立てながら、俺がいるベッドへとゆっくり歩いている。


アレか。


コレはアレか!


カッコよく助けたヒーローが、アレな感じでお礼をされるアレか!


口から出そうになるくらい高鳴る心臓の鼓動。


部屋が暗くてもこれだけ近づけば色々と見える……見えるはず! なんだが、これは……。


「ちょっと女神さまァ!!」

「きゃっ!」


突然大声を出したオレに驚く娘さんだが、その体にはモザイクがかかっていた。


鼓動の高ぶりから『精神防御』の対象と判断されたらしく、右に左に上から下からと村娘さんの聖域をのぞきこんでもすべてモザイク処理されていた


なんだこのクソスキル!

 

「女神さま! 聞いてますか! 聞こえてますか!? 今すぐお返事プリーズ!」


俺は少しでも声が届けといわんばかりに部屋の窓をあけて星空へと叫んだ。


『うう、なに? 今何時だと思って……』


それが功を奏したのか戦女神様からテレパシーっぽい声が届く。


「緊急事態です! スキルに不具合が起きて大ピンチです!」


簡潔に用件を伝えるが、戦女神様の声は寝ぼけたままだ。


『こんな時間に何してるの?』

「ナニができないんですよ!」

『何の事?』

「何でもいいからそっちに呼んでください!」


はやくはやくはやく! 


せっかくの人生初のチャンスが!


『イヤよ』

「なんでぇ!?」


俺が魂の悲鳴と共に理由を尋ねると。


『今、裸なの。私、寝る時は何もつけない主義なの』

「俺……ボクはかまいません!」

『私がかまうのよ! 明日のお昼になったら呼んであげるから今夜はもう寝なさい!』

「そ、そんな!」


しかし戦女神様は以降、どれほど呼び掛けても答えてくれず。


あっけにとられていた娘さんは「勇者様、今日はお疲れなのね」と言って部屋から出ていってしまった。


「あ゛あ゛あ゛……」


部屋に残った俺は一人、泣いた。


翌朝。


例の娘さんから朝食をいただきつつ、昨晩の事をなんとかうまく説明して、今夜もう一度どうですか? という流れにもっていこうと試みる。


「昨夜は失礼いたしました。勇者様は戦女神様に全てを捧げられていらっしゃるのね。とても敬虔な事だと思います」


尊敬されているような眼差しを向けられてしまい、俺はとっさに「いやぁ、ははは、そうですか? それほどでもないんですけど!」などと、カッコつてしまった為、結局、昨夜の続きイベントに関してはうやむやになってしまった。


だが。


「旅の途中でいらっしゃるようですが、急ぎのご予定がないのであればしばらく我が家に逗留されてはいかがでしょう? 時には休む事も必要かと」


と、ありがたいお言葉に俺は一秒でうなずいた。チャンスはつながったのだ!


そうして今夜はどう動くべきか? などと考えていると、お昼時にさしかかり唐突に「呼ぶよー!」という、能天気な声が頭に響く。


次の瞬間には部屋着姿の戦女神様の待つ、例の白い部屋に移動していた。


俺はすぐさま戦女神様に近寄る。


「女神様!」

「近い近い近い!」


俺がダッシュで近寄ると戦女神様がバックダッシュで距離をとる。


「そこまでそんなに避けられると傷つくんですが」

「目を血走らせて迫られたら怖い! それで昨晩はどうしたの?」

「はっ! そうでした! かくかくしかじかで!」


俺の説明を聞いた戦女神様は。


「あー。つまり君にとって女性の裸っていうのは吐くほどグロいものを見るのと同じくらい精神的に負荷がかかるのね。やっぱり、ど(ピー)て(ピー)?」

「え? 今なんて?」


戦女神様の声が途切れ途切れになった。


「だから(ピー)うて(ピー)……あれ、もしかしてうまく言葉が届いてない?」

「なんかピーピー言ってます」


やっぱり放送禁止用語みたいなカンジで戦女神様の言葉がブツ切りになってしまう。


「視覚、嗅覚だけじゃなくて聴覚にも『精神防御』が機能してるのね。キミが聞きたくない言葉も届かなくなってる。すごいわね『精神防御』、融通が利かない分ガッチガチよ」

「で、今なんて言ったんですか?」

「ど(ピー)(ピー)い」

「……」

「……」


聞こえない。


「ともかくなんとかしてください!」


俺が懇願すると戦女神様が困った顔で聞き返してくる。


「どうしたいの?」

「『精神防御』を無効にしたいです!」

「無理。『異界倉庫』取得の時にも言ったでしょ? スキル取得後の変更や取り消しはできないって」

「う」


確かに聞いた。


しかしこのままではせっかくの異世界ライフが!


「追加のスキルとかで上手い事できませんか?」

「さすがにそれはねぇ。もともと三つの所を記念で特別に五つにしてあげてるし、武器もサービスしてあげたからこれ以上の優遇措置をとると私が怒られちゃうの」

「そ、そうですか」


誰に怒られるのかなど疑問はあるが、確かに普通より良くしてくれているという話だったし、これ以上を望む事は友好的な戦女神様の機嫌を損なってしまうかもしれない。


今後の異世界生活にあたり、とてもよろしくない。


しかしあきらめたくない、あきらめきれない!


だが、さすがは戦女神様。


こんな案を提示してくださった。


「けどキミが勇者として活躍してくれれば六個目のスキル付与してあげられるかも」

「マジで!?」

「けど、それなりの活躍が求められるわ」

「具体的には?」


あまりハードな内容だと困ってしまう。


モザイクから無修正にできるのならば命くらいは賭ける覚悟はあるが、絶対無理ゲーというレベルならモザイクでも我慢する程度の判断力はかろうじて残っている。


「人の為になる事をしてもらうのが一番ね。具体的には魔物や魔獣や魔人を倒して感謝されるって事かな?」

「なるほど、わかりやすいです!」

「お礼を言われたら、戦女神様の加護があってこそ、とか言ってくれると最高ね」

「おおせのままに!」

「戦女神を祀っている神殿にも寄付とかしてくれるとありがたいわ。やっぱりお金は必要だし」

「喜んで!」

「ふふ、素直な勇者は大好きよ」


その後も色々とアドバイスをいただいた。


戦女神様いわく、やっぱり最初は大きな街の冒険者組合に入る事。


そこでコツコツとランクを上げつつ仲間を増やして名を売り、事あるごとに戦女神に感謝を捧げておけば間違いないそうだ。


「キミがそうやって活躍して……いえ、もっとわかりやすいようにしてあげる」


戦女神様が俺の手を握る。うっわ、やわらかっ! と思っていたらすぐに離れてしまうが、俺の右手の甲の部分に奇妙な白いアザができていた。


「私の紋章よ。ポイントがたまると少しずつ蒼くなっていくわ。その印がすべて蒼く染まった時、また会いましょう」


それはつまり?


「ええ、第六のスキルを付与してあげるわ! もしくは『精神防御』の解除でもいいわよ?」

「がんばります!」

「いいお返事ね、じゃあ送り返すわよ?」

「よろしくお願いします!」


そうして俺はまた異世界へと戻っていった。






――蒼紋の剣士。


そう呼ばれる男の名はジョー。


富める者であろうと貧しい者であろうと分け隔てなく人々を救済する勇者だ。


私とジョーとの付き合いは長い。


冒険者組合にジョーが登録にきた時、色々と面倒をみてあげた時からだ。


最初はどこから出てきた田舎者だ? と思うぐらいモノを知らなかった。


だが要領がいいというか、知らない事でも教えると「はいはい、王道ですね!」とか「はいはい、よくある設定!」などと、よくわからない事を言いつつ順応していった。


あれから時が経ち、一緒に戦う仲間も増えたがジョーは変わらない。


今日もそうだ。


ジョーに感謝をすれば、戦女神様に感謝をと微笑み。


ジョーに報酬を渡すと、戦女神様を祀る神殿に全て寄付してしまう。


どんな阿鼻叫喚、地獄絵図のような戦場ですらジョーは駆け抜ける。


血臭が満ち肉片が飛び散る中でも剣に乱れはない。


肉片となった敵など見えてないように次なる敵へと向かっていく。


全ての敵を殲滅し、剣を納めたジョーは助けた者たちに決まって言うのだ。


「戦女神様のご加護です」と。


ジョーの右手にはうっすらと蒼い紋がある。


それがある戦女神をかたどる印であると気づいた者は僧兵くずれの私以外にはいない。


私はそれを他言していない。


なぜならあの印が示す戦女神はあまり良い逸話がないからだ。


その戦女神の名を断末魔の怨嗟として息絶えた勇者もいるほどに。


ジョーがその戦女神を崇拝しているのか、それともかの戦女神の加護が本当に宿っているのかはわからない。


ジョーは時折その印をいとおしそうに撫でている。


その姿は殉教者が祈りを捧げるがごとく神聖なたたずまいであり、つきあいの長い私達ですら声をかける事ははばかられる。


「その模様はなぁに、勇者様?」


誰かがたずねた。


とっさに聞き耳をたててしまう。


「これかい?」

「うん、とってもきれい!」


声の主は助けられた子供だった。


あわててその母親らしき女性が娘を抱きかかえて謝っている。


私達はこの日、冒険者組合からの緊急依頼でゴブリンどもに連れ去られた十人以上の村人を救出していた。


ゴブリンを殲滅し、村の者たちがさらわれた娘たちを迎えに来た所でジョーはいつものごとく「戦女神様のご加護です」とだけ言い残して立ち去ろうとした。


私達にとってはいつもの事だし、冒険者報酬は組合から受けとるので問題はないが、村の者たちに総出で引き留められこうして宴に参加している。


今は焚火を囲み、野外で宴の最中だった。


幼子にたずねられたジョーは微笑む。


皆が聞き耳を立てる中ジョーは答えた。


「この印が蒼く染まった時、俺の本当の人生が始まるんだ」


本当の人生?


今やジョーはその功績から救国の勇者とまで言われている。


比喩や愛称ではなく、国から正式に勇者の称号を拝謁していた。


勇者とは人々を救う存在であるし、これまでのジョーはまさしく勇者だった。


幼子に優しい微笑みを向ける今も、まぎれもない勇者の姿だろう。


これが偽りの人生だとでも?


いや、正直に言えばジョーは今の自分の境遇を望んでいないのかもしれないと思う事はある。


人々の為にとはいえ戦いを繰り返す日々。


単身飛び込むジョーの戦いは常に凄惨だ。


鼻をつく血臭、ちぎれ飛ぶ臓物、返り血で染まるジョーの金髪と碧眼。


それを何年も続けている。


後方支援の私でも慣れる物ではないのだ。


普通ならとても正気でいられない。


だがジョーは今日も全身を返り血に染めて平然と剣を振っていた。


ふと思う。


あの蒼い瞳には見えていないのかもしれない。


血が、臓物が、死体が、全ての赤が。


そう。


すでに正気ではなく狂気にあるゆえ、おぞましいものが見えていても何も見えていないのと同然なのではないかと。


その考えに至り、私はぞっとした。


もはやそれは勇者ではなく狂人――。


ジョーと目があった。


「どうした?」

「いや、なんでもない」


その目はいつもの目だった。


優しい仲間思いのジョーの目だ。


狂人など私は何をバカな事を。


ジョーは再び少女との語らいを続ける。


「本当の人生? 難しくてわかんないけど楽しみね?」


少女がジョーに向かって笑いかけ、ジョーも笑顔で返した。


「その頃には君も大人になっているかな? きっと美人になるだろうから、その時にまた会える事を楽しみにしているよ」

「うん! 大人になったらちゃんとお礼するね!」

「そうかい? ……本当に楽しみだよ」


何気ない会話のはずなのに。


少女の健やかな成長を望むジョーの笑顔に俺は言いようのない恐怖を感じた。


違う。


ジョーは勇者だ。


狂人などではない。


だが震えが止まらない。


無意識にこの男は危険だと本能が告げてくる。


いずれジョーの印が蒼く染まった時、どうなるのか?


彼が言う本当の人生とは?


今はただジョーの行く末を見守る事しかできない。


願わくば、かの戦女神の加護があらん事を……。

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