#16

――アンデッドの群れを退しりぞけ――。


ブルーノとオウガイがホーリーたちを見つけたとき、彼女はシャンパンのグラスを持ってケラケラと笑っていた。


そんなホーリーを見て、駆け付けた二人は呆れるしかなかった。


鮮血が飛び散り、紳士淑女の悲鳴とアンデッドの咆哮が響く修羅場で、よくものんき笑っていられるものだなと。


「遅い、遅いぞ。貴様らが来ないせいで、ここらのアンデッドどもはヘイミッシュがあらかた平らげてしまったではないか。私など、シャンパンの瓶をもう二つも空けてしまったぞ」


顔を真っ赤にしてご機嫌な様子のホーリー。


その傍では、ヘイミッシュがアンデッドらを素手で殴り飛ばしている。


とても老人とは思えない速さで動き、見事な体術を駆使して、敵がホーリーに近づけないようにしていた。


「やっぱヘイミッシュさんは頼りになるねぇ。オレらの出番がなくなっちゃいそうだよ」


「無駄のない見事な身のこなしはさすがの一言。ヘイミッシュ殿とは一度手合わせ願いたいものだ」


ハハハと乾いた笑みを浮かべたブルーノがそういうと、オウガイはヘイミッシュの実力に改めて舌を巻いていた。


舞踏会のダンスホールにはけたたましいアンデッドの叫び声と銃声が響き渡り、スチームガンから漏れる蒸気で埋め尽くされていく中――。


ブルーノたちはホーリーとヘイミッシュと共にアンデッドを倒しながら、紳士淑女を避難させていたジムたちと合流する。


「もう会場内いた人たちは全員避難させました。ホーリー少将も早く脱出してください」


ジムがホーリーへ現状と脱出するようにいうと、彼女は酷く退屈そうな顔を返した。


そのときのホーリーの表情は、まるで遊園地の閉園時間がきて不機嫌そうにしている子供のように見える。


まだまだこの血の狂騒を楽しみたいといわんばかりだ。


「なんだもう終わりか? ようやく貴様らが来たというのに。本格的に興が乗るのはこれからだろうが」


「お嬢様……失礼」


「なッ!? なにをするヘイミッシュ!?」


だが当然そんなことはヘイミッシュが許さず、老執事はホーリーを肩に担ぎ、ジムたちに後を任せて会場内から去って行く。


「ふざけるな! 私はここに残るぞ! 久しぶりの現場なのだ!」


喚きながら運ばれていくホーリーとヘイミッシュの背中を見ながら、ジムたちはその顔を引きつらせていた。


部下に女装させたり、アンデッドが暴れている現場で酔っぱらったり。


あれでよく軍の将官をやれているなと、彼らはけして口には出さなかったが、その表情が彼女への評価を物語っていた。


「まあこれはこれでいいかぁ……。よし、じゃあみんなで残りのアンデッドを片付けちゃおう」


ブルーノが声をあげ、シャーロックの面々は表情を引き締めて再び武器を構える。


会場の出入り口に集まって来るアンデッドへ向け、ジムとエドワードがスチームガンを撃ち、ブルーノとオウガイは前へと出て刃を振るっていく。


燕尾服とドレス姿のアンデッドたちの残骸の山を築いていく。


今回は、ジムの改造人間としての力を使用するまでもないと思われた。


前もって作戦を立てていたのもあって、四人の連携は完璧だ。


いくら敵の数が多かろうが、これならばアンデッドを会場の外へ出すことなく片付けられる。


そして数分後――。


ブルーノとオウガイは最後の二匹を始末し、ジムとエドワードが動かなくなったアンデッドの心臓にナイフを突き刺し、死体の山を灰へと変えていった。


すべてのアンデッドは倒された。


ダンスホールには、灰となったアンデッドとその流した血、さらにはスチームガンの蒸気と硝煙が入り交じった空気が蔓延している。


だが、安心してもいられない。


これからが彼らの本格的な洗い出し――特殊調査隊の仕事をしなければならない。


ジムたちもさすがに数十体はいたアンデッドの相手はしたことがなかったため、すでに満身創痍ではあったが、調査こそが彼らの本分なのだ。


「はぁ……。ねぇ、ちょっと休憩しない? もうアンデッドは全部倒したんだし、あとは正規の軍人さんらに任せちゃってもいいでしょ」


「そういうわけにもいかねぇだろ。舞踏会場はここでも、他に部屋はたくさんあるんだ。そこにアンデッドが残っていてみろ。あっという間に増えて仕事のやり直しだ」


ブルーノが側にあった椅子に腰を下ろして皆に提案したが、エドワードは早く片付けるべきだと肩で息をしながら答えた。


ジムもオウガイ二人とも、エドワードと同じく息は上がっていたが、その意見に同意する。


二人が同意するのを見て、ブルーノは渋々椅子から立ち上がった。


そして、納得するしかないかと肩を落としながらも、ダンスホールから出て行こうとする三人の後に続く。


「なんかオレの意見って、いつも通らないよねぇ……」


「ブルーノが間違っているからじゃないですか?」


「それを言うなよぉ。オレが休みたいのは本音だけど、こう見えてもみんなのこと心配しての発言なんだから」


「はいはい。いつもご心配ありがとうございます。いいから、正規軍の人たちが来る前に終わらせましょう」


ジムの歯に衣着せぬ物言いに、ブスッと顔を歪めながらも、ブルーノは彼の隣に追いついた。


先に出入り口の扉に辿り着いたエドワードとオウガイは、足を止め、二人に早く来るように声をかける。


「おーい、さっさと終わらせて飲み行こうぜ」


この後に飲みに行くつもりか。


誰もがエドワードの言葉に耳を疑っていた次の瞬間――。


凄まじい破壊音と共に、天井から大きな塊が降って来た。


いや、塊ではない。


身を縮めて丸まった四肢のついた人間だ。


「な、なんだこいつは!?」


エドワードが声を張り上げると、天井を突き破って降りてきた者は、全身から蒸気を吹き出した。

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