#15

それからホーリーがヘイミッシュの持ってきたシャンパンを楽しんでいると、会場内に突然悲鳴が聞こえ始めた。


それは男性と女性が入り混じったもので、ダンスホールで優雅に踊りと会話を楽しんでいた紳士淑女を騒然とさせる。


一体何が起きたんだと、皆が慌てる中でホーリーは誰よりも冷静にシャンパンのグラスを飲み干す。


「始まったか」


「お嬢様、ここは危険です。すぐにでも退避を」


「まあそう焦るな。もう少しだけ見て行こう。せめてあいつらが現れるまではな」


ホーリーはヘイミッシュがこの場から去ろうと急かしても、空いたグラスにシャンパンを注ぐように指示をした。


老執事はそんな彼女に逆らうことなく、慇懃に頭を下げ、シャンパンの瓶を手に取ってホーリーの持つグラスへ注いだ。


悲鳴が大きくなるに連れ、周囲にいた紳士淑女はオロオロと身をよじっていた。


四方から聞こえる恐怖に満ちた声に、誰もが恐れおののいている。


だが、それでもホーリーは変わらない。


老執事はそれからも何度も逃げることを進言したが、彼女は嬉しそうにシャンパンを飲み続けるだけだった。


「前時代のもようしが終わり、さあ始まるぞ。不死者どもと私の部隊――シャーロックのダンスがな」


――会場内の異変を感じ取ったオウガイは、それを知らせにジムたちのもとへと戻っていた。


四人はスチームガンを持って、すぐにホーリーのいるダンスホールへと向かう。


舞踏会の会場への廊下を走りながら、ジムがオウガイに訊ねる。


「それで、どのくらいの数がいるんですか?」


「わからん」


「いやわからんって……。それじゃ困るんですけど……」


ジムが呆れているとオウガイは言葉を返す。


「直接見たわけではない。だが、明らかに異常事態だった。急いだほうがいい」


天井裏にいたオウガイはまだアンデッドを確認したわけではなかったが、突然踊っていた多くの男女の一方が相手の首に噛みつき出したことで、これは不死者の仕業だと察したのだった。


ジムたちがダンスホールへ辿り着くと、そこには燕尾服とドレスを着たアンデッドたちが暴れ回っていた。


傍にいる紳士淑女に襲いかかり、その鋭い牙を突き立て会場を血に染めている。


優雅だった舞踏会が一変して真っ赤な狂騒へと様変わりした光景だ。


さらにアンデッドに噛まれた者もまたアンデッドへと変わるため、敵の数は次々に増えている。


それを見たブルーノが、その端正な顔を歪めて皆へ指示を出す。


「こりゃ予想していたよりも数が多いね。ジムとエドワードはまだ無事な人たちの避難を頼むよ。オウガイはオレと一緒にホーリーさんのところへ」


「承知した。だが、少将殿の傍にはあの御仁ごじん、ヘイミッシュ·ワトスン殿がいるのだろう。ならば拙者せっしゃたちは必要ないと思うが?」


「たしかにヘイミッシュさんは頼りになるけど、一応ね。それじゃみんな頼むよ」


ブルーノがオウガイにそう答えると、ジムたち四人は同時に声をあげた。


特殊調査隊シャーロックの合言葉、Actions speak louder than words(行動は言葉よりも雄弁である)と。


力強く発した合言葉と同時に、ブルーノとオウガイがアンデッドの群れへと突き進んでいく。


ブルーノはスチームガンの先に付いたナイフで心臓を突き刺し、オウガイが忍び刀で首を斬り落として会場を灰と血で染めていった。


ジムとブルーノはダンスホールにいた紳士淑女を出入り口へと誘導。


近づいて来るアンデッドたちにスチームガンで発砲し、彼ら彼女らの逃げる道を確保する。


そんな血塗れとなっていく会場の二階から、何者かがジムたちのことを見下ろしていた。


手には真っ赤な液体の入ったグラスが持たれており、まるでこの血浴ブラッドバスを酒のさかなに楽しんでいるかのようだ。


「なるほど。あれが彼女自慢のシャーロックか……。大したものだな」


「どういたしましょう? これでは計画が破綻してしまいますが」


後ろにいた者が声をかけると、赤い液体の入ったグラスを持つ人物が答える。


「“あれ”を出せ。彼らがあれほど見事なダンスを見せてくれているのだ。これはこちらも、それ相応のもてなしをしてやらねば失礼に当たる」


その人物はそう答えると、アンデッドを打ち倒していくジムたちシャーロックの面々を見て口角を上げ、その口から牙を見せた。

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