#13

――次の日の夜。


老執事の手綱を引く馬車の室内では、ホーリーを含めたジムたち特殊調査隊シャーロックのメンバーが乗っていた。


ホーリー以外のメンバーの顔は暗く、まるでこれから公開処刑――ギロチンにでもかけられるかのように沈んでいる。


「そんな顔をしては怪しまれるぞ。今の貴様らは女だ。もっと淑女としての自覚を持て」


そう言われ、力無く返事をしたジムたち四人の姿は、舞踏会用に変装したドレス姿だった。


それぞれ男の体格を隠すようにホーリーがメイドに用意させた特注の装いだ。


ウィッグや人工乳房で髪と胸を盛り、その顔には化粧が施されている。


「なあ、姉さん。こんなのすぐにバレんだろ!? こいつらはともかく俺は無理だってッ!」


これまでワナワナと身を震わせていたエドワードが突然声を張り上げた。


彼が今口にしたように――。


端正な顔をしているブルーノはかなり様になっており、比較的身体の小さいジムや元々小柄なオウガイは女性に見えるが。


メカニックながらも一番体格のいいエドワードは、その目つきの悪さも相まってまるで武闘派のアバズレのようだった。


見破られると怒鳴ったエドワードに、ホーリーはクスリと笑いながら返事をする。


「おいブルーノ。足を広げるな。それともっと動作はゆっくりにして優雅に口を開け」


「いやだからムチャだろ! こんな女装で中に入れるのかよ!?」


「大丈夫だ。私のメイドたちの腕を信じろ。今の貴様らは完全に女にしか見えん。それになかなか似合ってるぞ、その格好」


クククと肩を揺らしながらそう言ったホーリー。


四人は、これほど楽しそうにしている彼女を見たのは初めてだった。


悪い冗談を本気でやるような人間だとは以前から知っていたが。


まさか淑女に変装されるとは思わなかったジムたちは、改めてホーリー·ドイルの趣味の悪さに辟易していた。


一方でジムたちにはドレスを着せているが、ホーリーはいつもの軍服姿だ。


これはどう見ても彼女が、ただ彼らを女装させたかっただけとしか思えない。


「クソ、バレても知らねぇからな」


そう吐き捨てるように言ったエドワード。


だがそんな彼の心配はあっけなく覆され、舞踏会の入場口をあっさりと通ることができた。


一応ジムたち四人は、ホーリーの秘書ということでの侵入だったが。


それならば女装させる意味はないのでは? と、四人はホーリーにあてがわれた部屋で怪訝な顔をしながら着替えている。


「なんであれでバレねぇんだよ!? 目が腐ってんじゃねぇか! ここの連中はよ!」


エドワードは、老執事が運んでくれた荷物の中からスチームガンを取り出し、動作確認をしながら声を荒げていた。


自分の女装のことを、あのようなガタイのいい女がいるかと、蒸気機関に独り言をぶつけている。


四人はろくに鏡も見せてもらえなかったのもあって、そこまで完成度が高い女装だったことを知らなかった(互いの姿は見ていたが)。


まあ、たしかにエドワードは女性というにはあまりにも背が高かったが、それでもホーリーのメイドたちの用意したドレスや装飾品、化粧がよかったのだろう。


おかげで特に怪しまれることなく、目的である舞踏会の会場へ入ることができた。


「ハハハ。でもまあ、よかったじゃん。おかげで楽に中に入れたし」


「だからそこはドレスじゃなくて軍服でもよかったのだろ!? 少将の秘書って変装ならよ!」


ブルーノが宥めるが、エドワードは余程女装が嫌だったのか、苛立ちが収まらないようだ。


そんな文句を言い続ける彼だったが、やはりキッチリと自分の仕事はこなす。


オウガイを除く三人分のスチームガンを整備し終え、ジムの体内にある蒸気機関の点検も手際よく済ませた。


服を着替え、スチームガンと小型のボイラーを腰のベルトに装着すると、ジムが皆に声をかける。


「これで準備オッケーですね。それじゃ、何か起こるまではこの部屋で待機ということですが……」


「てゆうかさ。ホーリーさんはどこ行ったの?」


「僕は知らされていません。ブルーノは聞いてないんですか?」


ジムがブルーノに聞き返すと、オウガイが口を開く。


拙者せっしゃ以外は待機で間違いない」


「え? オウガイだけでどうするんですか?」


ジムが訊ねると、オウガイが答える前にエドワードが言う。


「決まってんだろ。オウガイは特殊だからな。この会場内を屋根裏から見張るんだよ」


「そういうことだ。ではごめん」


オウガイはそういうと天井へと跳躍。


張り付いた天井に自分が通れるくらいの穴を開け、ジムたちの前から姿を消した。


「……日本人って、皆あんな真似ができるんですかね?」


「できるわけないじゃん。オウガイが特別おかしいんだよ」


「ですよね……」


まるで幽霊のように音も立てずに消えていったオウガイを見て、ジムとブルーノは、改めて彼が常識から外れていることを認識していた。


「できちまうもんを気にしてもしょうがねぇだろ。ほら、せめて俺らも内部がどうなっているかくらい知っとこうぜ」


エドワードにそう声をかけられ、部屋に残ったジムたちは、ホーリーから渡されていた会場の見取り図を確認することにするのだった。

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