#12
――深夜の訪問は、ジムたちの上司であるホーリー·ドイルの使いの者だった。
使いの者は、ジムとブルーノのに、四人全員でホーリーのもとへ行くように伝えるとすぐに去って行く。
それから二人は眠っていたエドワードとオウガイを起こし、アパートの外に隠していた蒸気自動車に乗り込んで夜の街を走る。
車の運転ができるのはブルーノとエドワードだけだ。
当然寝起きのエドワードではなく運転はブルーノ。
19世紀末のロンドンでは車は一部の裕福な者以外は所有していないのもあってか、アルコールが入っていても運転するのが当たり前という状況だった。
さすがにエドワードはまだ酒が残っているのか。
頭を抱えながら呻いているため、運転はブルーノの任せたようだ。
一方のオウガイは仕事だと聞くと、先ほどまで眠っていたとは思えないほど気の緩みがなかった。
「あ~頭いてぇ……。ったく、こんな時間になんだってんだよ。ホーリーの姉さんはよぉ」
「十中八九アンデッドだろう。それと、お主は少々飲み過ぎだ」
後部座席ではぼやくエドワードのことをオウガイが注意していた。
酒は飲んでも飲まれるなと、厳しい言葉を投げかけている。
霧の濃い通りを抜け、車はホーリーのいる屋敷へと辿り着く。
市街地から少し離れた場所にある彼女の屋敷の門をくぐると、すでに夜も
「お待ちしておりました。ジム·スティーヴンソン様、ブルーノ·キャロル様、エドワード·ギブスン様、オウガイ·オオタ様ですね。お嬢様から聞いております。さあ、こちらへ」
その中にいた老執事が前へと出てきて、屋敷内へと入ったジムたちは、ホーリーがいるという客間に案内される。
質素ながら上品な屋敷の廊下を進んでいくジム。
ジムは何度来ても慣れない、自分には場違いだと思いながら、老執事の後に続いて歩を進めていた。
ホーリー·ドイルは貴族令嬢だった。
すでに両親は亡くなっているため、今ではドイル家は彼女が家長ということになっている。
年齢的にも同じ貴族や王族との縁談などの話があったのだが、ホーリーは軍人になることを選んだ。
女性では出世できないといわれている男の世界だが、彼女が上流階級出身ということもあって、英国軍少将という地位につけていた。
もっとも階級や縁故――その背景だけでは将官にはなれない。
ホーリーはたしかな実力を示し、自分の部隊を持てるほどの立場に伸し上がったのだ。
下層階級であるジムやブルーノ、さらには日本人であるオウガイが特殊調査隊という重要な仕事につけているのも、すべて彼女の力を示していることに他ならない。
いや、それを抜きにしてもシャーロックのメンバーは誰もがホーリーに大きな借りがあり、立場や階級など関係なく彼女には頭が上がらなかった。
「ここでお嬢様がお待ちしております。どうぞごゆっくり」
仰々しい扉の前で足を止め、頭を下げた老執事。
ジムたちはごゆっくりできるはずがないだろうと、怪訝な顔をしながら扉の中へと入る。
「来たか」
そこには軍服姿のホーリーが立っていた。
窓から外を見ていた彼女はジムたちが入って来たことに気が付くと、振り返って側にあったソファーに腰を下ろした。
部屋の中には家具らしいものはソファーと机と椅子くらいなもので、壁には剣や銃などが飾られている。
とても客を招くような部屋には見えない。
ジム、ブルーノ、エドワードらは一斉にホーリーに向かって敬礼。
オウガイだけは自分の手の甲をもう片方の手で掴んで頭を下げるという、独自の挨拶をしていた。
「こんな時間にすまんな。実はとある筋からある情報が入った」
ホーリーはいつも軍や警察のような国家権力ではなく、どこからか情報を得てくる。
ジムたちは深く追求しないが、彼女だけが持つ独自のルート――おそらく非合法で入手してくる情報だろう。
でなければ、国が機密にしているアンデッドの情報など調べられない。
ホーリーは四人に向かって話を続ける。
「明日の夜、私の知り合いの貴族の屋敷で舞踏会が開かれる。そこでよからぬことを考えてる輩がいるそうでな」
普段はろくに報告も聞きたがらない彼女だが、ジムたちを直接呼び出したときは、いつも水を得た魚のように生き生きしていた。
そういうときは大体危険な任務だ。
話を聞いたジムたちは、互いに顔を見合わせて不可解な顔を向け合っていた。
アンデッド絡みの仕事ではないのか。
クーデターなどの鎮圧や護衛ならば、正規の軍に任せればいい。
ジムたち四人は、これは特殊調査隊の仕事ではないと表情をしかめていた。
そんな彼らに気が付いたホーリーが再び口を開く。
「そんな顔をするな。もちろん今回もアンデッドが関わっているだろうと思われるからこそ、お前たちを呼んだのだ」
彼女の言葉を聞き、だからどうしてそんな情報を知っているのだと言いたそうな四人だったが、喉から出かかった言葉を飲み込む。
「えーと、ホーリーさん。話は分かったんですけど。でもその舞踏会って、身分の高い人しか参加できないんじゃないんですか?」
「少将と呼べ。ブルーノ、貴様は相変わらず口の利き方を知らんな。まあ、この面子は皆そうだが」
ブルーノが訊ねると、ホーリーはソファーから立ち上がって窓へと歩を進めて行く。
そして足を止めて外を一瞥すると、彼女は四人のほうへと振り返る。
「そこは問題ない。私にとっておきの策がある」
「とっておきの策……?」
ブルーノが冷や汗を掻きながらオウム返した横では、ジムもエドワードも、そしてオウガイも皆その顔を引きつらせていた。
この女が自信満々にしているときは、大体ろくでもないことを言い出すのだと、四人の表情がそう言っているのがわかる顔だ。
そんな四人の全身――顔からつま先にかけて舐めるように見たホーリーは、妖艶な笑みを浮かべて言う。
「貴様らは明日、女になるのだ」
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