#11

夜も深まり――。


キッチンの横にある部屋には、エドワードとオウガイがベットに入って横になっていた。


エドワードは酔い潰れ、オウガイのほうは昨夜あまり寝ていなかったようで、ジムとブルーノを残して先に眠ってしまっている。


「まだ飲むんですか……」


膝の上で重なるように丸まったジキルとハイドを撫でながら、独り飲み続けるブルーノに呆れているジム。


そんな彼に不機嫌そうな顔を返したブルーノは、グラスに入った赤ワインを飲み干し、テーブルの上にあったワインの瓶に手を伸ばした。


「ヤケ酒だよヤケ酒!」


「なんで自棄やけになってるんですか?」


「……二人になったら思い出しちゃった。ジムがオレのこと親友じゃないって言ったこと……」


ブルーノはグラスに赤ワインを注ぎながら、まるで子供のようにすねていた。


どうやら彼は、朝の訓練前にジムに言われたことをまだ根に持っているようだ。


目に涙を浮かべて口元を歪めるブルーノの表情は、彼のせっかくの端正な顔を台無しにしている。


そんな彼に対し、ジムがボソッ言う。


「面倒臭いですね……」


「死体にムチを打つようなこと言うなッ!」


冷たいジムに声を張り上げたブルーノは、フンッとそっぽを向くと、再びワイン瓶を手に取ってそのまま飲み出す。


そして、ブツブツと独り言を口にし始める。


「いいんだ……。どうせオレなんてただの勘違い野郎だよぉ……」


ジムはそんなブルーノ様子を見て大きくため息をつくと、膝の上に乗っていたジキルとハイドを床へと下ろした。


そして、すっかりご機嫌ななめな彼に声をかける。


「エドが言ってました。僕たちはチームだって」


それからジムは、パブでエドワードが話してくれたことを伝えた。


ジム、ブルーノ、エドワード、オウガイは不死者――アンデッドを相手に命を懸けて戦うチーム――特殊調査隊シャーロックの仲間だと(あとジキルとハイドも)。


けして独りで抱えるな。


何か問題があれば互いに声をかけあって解決していこうと言ってくれたと、無表情ながら先ほどとは違うシリアスな声で口にする。


「僕も彼に言われてから、そうするように努力しようと思いました。だから僕らは友人とは少し違う……。なんていうか……上手く言葉にできないんですけど……つまりはそういうことなんだと思います」


「エドらしいね。そういうこと言えちゃうのって」


ブルーノはそう言いながら笑みを浮かべて思う。


ジムは、なんとか自分の機嫌を良くしようと声をかけてくれていることはわかるのだが、相変わらず口下手だと。


もっと良い言い方がいくらでもあるだろうと。


「それに、オウガイも言ってましたよ。ブルーノは凄いって、あいつは天才だって。僕も同意見です。君は本当に天才だ」


ジムは次に訓練所でオウガイがしていた話もした。


自分たちの隊長であるホーリー·ドイル少将も含めて、メンバーの誰もがブルーノのことを認めている。


それらの言葉は、けしてブルーノが言って欲しかったものではなかったが、言葉足らずのジムにそんなことを求めるのは無理だよなと、大きくため息をついた。


「まあいいかぁ。それがジムだもんね……」


「なんですか? それが僕って?」


「別に……。よし、じゃあわかったよ。いい加減にグチグチいうのは止める」


「チョロくて助かります」


「チョロくねぇよ! そんなこと言うなバカッ!」


ジムの言葉にブルーノは再び声を張り上げたが、もう彼の顔からは苛立ちが消えているように見えた。


そんなブルーノを見てジムは思う。


どうして彼はこんなにも自分に自信がないのだろう。


養成所時代から知力、体力ともに優秀で、現役の軍人である教官たちからも認められ、同期の者らからは羨望と嫉妬の入り混じった視線を向けられていたというのに。


ブルーノはジムやエドワードら労働者階級の出身ではなく貴族階級の人間だ。


19世紀末、貴族の権力は徐々に衰退していった。


さらには海外から安い穀物が輸入されるようになり、領地の収入(主に小麦の収穫)では、生活が成り立たなくなったのだ。


それを解消するために、貴族たちは海外の大富豪の令嬢と政略結婚を考えるものなのだが、ブルーノは両親と決別し、それを突っぱねてわざわざ士官学校ではなく志願兵養成所を選んだらしい。


本来ならブルーノは、端正な容姿、頭脳、体力、そして富も名声も持っている男なのである。


だからこそジムは、彼がどうしてこう卑屈になるのかが理解できない。


だがそれでも、ジムはブルーノのことを心から信頼している。


なんだかんだいっても、彼とは一番付き合いが長いのだ。


理解できないところはあってもブルーノはブルーノ。


そう思いながらジムは、目の前で喚く彼を見て口元を緩めた。


「なに笑ってんだよ!」


「いえ、なんでもないです。それよりも、僕らも眠りましょう」


ジムがそう言って椅子から立ち上がったとき、玄関からけたたましいノックの音が聞こえて来た。

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