#10
しばらくして、ジムの話に耐えかねたのか。
ブルーノとオウガイはトイレに行くといってテーブルから立ち上がる。
ついでに酒と料理も頼んでくるとつけ足し、その場から去って行った。
逃げたなとばかりに二人の背中を眺めるジムに、残っていたエドワードが声をかける。
「しかしよぉ。お前も頑張るよなぁ」
「それはエドたちがジキルとハイドのことを覚えてくれないからでしょう」
「いや違くて……。そうじゃなくてよ」
エドワードは表情を真剣なものへと変えると、そのまま話を続けた。
不死者――アンデッド相手に命懸けの日々をこなし、よくそこまで気を抜かずに入れるものだと。
ジムにはエドワードの言いたいことがわからなかった。
それは自分以外の三人も同じではないかと、彼は思っているからだった。
思ったことをそのまま伝えたジムに、エドワードは答える。
「俺はまあ、この仕事をそれなりに気に入ってるし、国が隠しているような最新技術も教えてもらえるしな。ブルーノやオウガイもなんか事情があるみてぇだけど、お前のように身体を弄られているわけじゃねぇ」
エドワードが今口にした通り――。
ジム以外のメンバーは、誰も人体に機械を入れられてはいない。
それはブルーノやオウガイが改造されなくてもアンデッドと戦えるだけの実力があるということでもある(エドワードの役割は整備や後衛のため前に出る必要はない)。
人体に蒸気機関を埋め込む改造については、エドワードがホーリーから渡された資料にて実現したのだが。
現実にはあり得ない内容だったので、最初彼はその改造に反対した。
だがジムが自ら望み、蒸気機関を体内に施したおかげもあって、彼はブルーノやオウガイ以上にアンデッドを圧倒できる力を手に入れたのだった。
だがエドワードから見ると、他のメンバーと比べるとジムのリスクが大き過ぎる。
どうしてそこまでと、エドワードは常々疑問に思っていた。
しかし、彼が訊ねてもジムは答えない。
いつもの無表情で見返すだけだ。
「……知りたいんです」
しばらくの沈黙の後、ジムが口を開いた。
何も聞けないと思っていたエドワードが両目を見開いていると、彼は言葉を続ける。
「僕は知りたいんです。アンデッドがどこから来たのか……どうして現れたのか……。その謎を知りたい……」
「……そうかい」
「ッ!?」
ジムの話を聞いたエドワードは突然彼の頭をガシッと掴んだ。
そして、ジムの顔を自分のほうへと向けさせ、顔を近づける。
「お前がそうしたいんならもう何も言わねぇ。最後まで付き合ってやるよ。身体のことは俺に任せろ」
「エド……」
「んな顔すんなよ。でもまあ、あんま独りで気張りすぎんなよ。俺とブルーノ、オウガイ、そしてジム……。俺たちはチームなんだからよ」
「うん……。ありがとう。それと、ジキルとハイドも僕らのチームです」
「あぁ、わりぃわりぃ。こいつらもだったな」
エドワードに礼をいったジムの顔は、少しだけ笑っているようだった。
そんな飼い主の姿に何か思ったのか。
料理をを食べていたジキルとハイドがジムの肩へと飛び乗る。
エドワードに頭を掴まれたままで左右の肩には猫が乗った状態のジム。
そんな光景を遠くから見ていたブルーノとオウガイが、笑みを浮かべながら戻ってきた。
「なんか楽しそうだね~。オレたちも混ぜてよ」
「楽しそうか?
エドワードはジムから離れると、ガハハと笑いながら皆へ言う。
「よし、二次会は家でやろうぜ。たしかホーリーの姉さんからもらったワインがあったはずだ」
「まだ飲むつもりですか?」
「当ったり前だろ。一日一日を手を抜かずに楽しむのが俺のモットーなんだよ」
呆れているジムにエドワードが笑みを返すと、ブルーノとオウガイも一緒になって笑った。
その後、パブを出た四人はアパートへと戻り、チーズをつまみに飲み直す。
赤ワインを飲みながら皆で盛り上がっていると、突然エドワードがジムの着ていたシャツを強引に脱がせ始めた。
ジムの無表情が崩れ、酒で真っ赤になった顔をさらに赤くすると、彼は慌てて抵抗をする。
そんなジムのことを面白がり、ブルーノとオウガイまでエドワードに手を貸し出した。
「ちょっといきなりなにするんですか!?」
「なに勘違いしてんだよ? メンテナンスだよ、メンテナンス。ほらさっさとシャツ脱げよ。じゃねぇと機械の調子が見れねぇじゃねぇか」
どうやらエドワードは、ジムの体内に埋め込まれた蒸気機関を点検しようとしていたようだ。
それならそうと言ってくれと言いたそうに、ジムがシャツを脱いで彼に裸をさらす。
その身体には配線や歯車、さらには計器などが埋め込まれており、まるで機械仕掛けの人形のようだ。
エドワードは、酒を飲みながらキッチンの隅にあった細長いボイラーが並ぶ装置に手を伸ばすと、チューブのようなもので装置とジムの身体を繋いだ。
「ゆっくりでいい。指、手、足の順番で軽く動かしてみろ」
ジムは言われた通りの手順で身体を動かしていく。
そのたびに装置の計器メーターが上昇し、彼の身体が膨らむ。
次第に身体から湯気が立ち昇り、狭い部屋を蒸気が埋め尽くしていく。
ブルーノとオウガイが慌てて窓を開けている横では、ジムがその表情が歪めていた。
「おし、その辺でいい。やっぱ苦しいか?」
「大丈夫です。最初の頃よりはだいぶ慣れました」
エドワードは、慣れるわけないだろうと思いながらも、ジムにそうかと返事をした。
人体に蒸気を送り込んだり発生させたりするのだ。
普通ならばその熱でのたうち回る。
それをこいつはと思いながらも、エドワードは何も言わない。
「さっき店ではああ言ったが、異常があったらすぐに止めるからな。そいつも俺の仕事だ」
「わかってます。でも、エドが見てくれているんだからそんなことはないでしょう」
「こいつ、言ってくれるじゃねぇか」
やがて部屋を埋め尽くしていた蒸気も薄れると、ジムとエドワードは互いの顔を見合わせた。
最後まで付き合う。
なぜあんなことを口にしてしまったのか。
もし異常があってもジムが止まないとわかっていたからかと、エドワードは弾みでそう口にしたことを後悔しながらも、彼の顔を見て微笑んだ。
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