#9
英国軍所有の建物を出て、側にあったパブへと入ったジムとオウガイ。
カウンター内に立っていたマスターがそんな彼らを一瞥すると、首をクイッと動かして奥の席を指し示した。
店内はお昼時をすでに過ぎていたのもあり、客はほとんどなかった。
ジムとオウガイが店内を進むと、そこにはエドワードとブルーノが座っているのが見える。
「おッやっと来たか」
「遅いぞ~」
テーブルには揚げたての魚とポテトが乗った皿と、グラスが二つ並んでいる。
エドワードとブルーノはもう出来上がっているのか、二人とも顔が真っ赤になっていた。
きっと訓練後から飲み続けていたのだろう。
吐く息も酒臭いが、ジムの心ない言葉で抜け殻のようになっていたブルーノも、すっかり元気になっていた。
ジムが二人に声をかけようとすると、彼の腕の中にいたジキルとハイドがテーブルへと飛び乗った。
そして、テーブルの上にあったフィッシュ·アンド·チップスを食べようとする。
「なッ!? コラお前ら! 猫は揚げ物を食べちゃダメなんだぞ!」
「今別の食べもの出すからちょっと待ちなよ!」
エドワードとブルーノが、そんな二匹を慌てて料理から引き離す。
それからジムとオウガイもアルコールと自分たちと猫らの食事を注文。
二人はエドワードとブルーノの同じくフィッシュ·アンド·チップスを頼んだ。
それからジキルとハイド用に用意してもらったふかした芋と白身魚もテーブルに置かれた。
この店――パブは、この近辺に住む労働者たちのたまり場だ。
時間的に彼らが押しかけてくるのは夜なので、ほぼ毎日午後に来るジムたちとっては貸切の状態である。
テーブルの上でふかしたジャガイモと白身魚を食べるジキルとハイドと同じように、オウガイが目の前の料理に食らいつく。
「お前、好きだよな。フィッシュ·アンド·チップス。まあ、俺たちもだけど」
「この国で唯一まともなメシだからな。それと、この“すたうと”という酒は美味だ」
オウガイがエドワードにいった“すたうと”とは、スタウト·ビールのことで、ビールの種類の一つだ。
黒くなるまでローストした大麦を使用している、パブには欠かせないアルコールである。
日本とは違い、料理は何から何まで真っ黒に焦げているが、この黒いお酒だけは同じ黒でもオウガイのお気に入りだった。
「そいつはよかった。じゃあ、やっと四人そろったんだ。乾杯いこうぜ」
「お~!」
エドワードがグラスを掲げると、ブルーノも彼に続いた。
二人に急かされ、ジムとオウガイもグラスを持って彼らと杯を重ね合わす。
そして、四人は同時に言葉を発する。
“Actions speak louder than words”と。
彼らが乾杯の合図として口にした言葉の意味は、“行動は言葉よりも雄弁である”だ。
英語圏でいうところの
つまり口先よりも実践が大事であり、人間とは、その人物が何をしたかで何者になるかが決まるという意味。
ジムたち四人が特殊調査隊シャーロックのメンバーとして集められたとき、彼らにこの言葉を送ったのが隊長である英国軍少将――ホーリー·ドイルである。
それから四人はこの言葉を気に入って、こういうタイミングを見つけては使用している。
特殊調査隊シャーロックの合言葉のようなものだ。
「それにしても、猫が入っても追い出されない店なんてここくらいだよね~」
ブルーノがそう言いながら、テーブルに屈した態勢でジキルとハイドの身体を交互に指で突いた。
二匹の猫は食事を邪魔されたのことに苛立ったのか、爪のないその手でブルーノの手をペシペシと叩き返している。
「てゆーかさ。どっちがジキルでどっちがハイドなの? オレ~今でも見分けがつかないんだけど?」
「あぁ、俺もだ」
「
ブルーノの言葉に、エドワードとオウガイが同意すると、ジムの目が鋭くなった。
表情に相変わらず変化はなかったが、今の発言に怒りを覚えたことがわかる視線を三人へぶつけている。
「本当にわからないんですか? なぜわからないんです?」
「だって見た目も同じじゃん。そりゃわかんないよ~」
ヘラヘラと答えたブルーノに、ジムはさらに目を細めた。
それから彼は持っていたグラスをドンッとテーブルに叩きつけるように置くと、三人へ言う。
「真面目なほうがジキルで、やんちゃなほうがハイドです! 三人とも一緒に住んで結構経つんですからいい加減に覚えてください!」
酒が回ったせいなのか。
それとも愛猫の区別ができないことが余程嫌だったのか。
ジムは珍しく声を張り上げた。
だが事実、ジキルとハイドの見分けなど誰にもつかない。
二匹とも同じ白と黒が入り混じった毛柄で体格も同じなのだ。
猫の双子というわけではないようだが、英国軍内でも二匹の区別がつくのは飼い主であるジムと、シャーロックの隊長であるホーリー·ドイルのみである。
「今日はわかるまで説明させてもらいますよ!」
「え~勘弁してよ」
――ブルーノ。
「別にいいだろ。わかんなくたって」
――エドワード。
「猫のことになるジムは人が変わるな……」
――オウガイ。
三人は酒が不味くなると顔をしかめてる。
しかしその後、ジムは熱心にジキルとハイドの違いを三人に説明し続け、彼らを辟易させたのだった。
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