#7

オウガイを落ち着かせ、朝食を終えたジムたちは外へと出かけた。


今日は朝から夜にかけて任務はなく、彼らが関わるような事件も起きていなかったため、日課である訓練へと向かう。


彼らのアパートから離れた、英国軍の所有の建物の地下にはトレーニング用の施設がある。


何もないのなら、身体が鈍らないように鍛えるのも彼らの仕事だ。


そこへ向かう途中の通りでは、これから仕事へ向かう労働者や買い物へ出る女性たちの姿があった。


道路には、白い蒸気を盛大になびかせて走る蒸気自動車が見える。


数年前なら考えられない光景だが、今ではすっかり馬車に代わって車が主流になっていた。


さらに産業革命後は市街地に工場が増え、ロンドン中の空を煙が覆っている。


日本人であるオオガイの感覚からすると、さぞ発達した国に映っていることだろう。


ただの庶民が暮らす住居ですら、彼からすれば石とレンガで作られた城にしか見えない。


「今日ぐらい休もうよぉ。久しぶりに任務がないんだからさ~」


ブルーノが辟易とした顔で皆に声をかけると、ジムが彼のほうを向く。


彼の顔は相変わらずの無表情だったが、ブルーノにもエドワードにも、そしてオオガイにも彼が次に何を言うのかがわかっていた。


「ダメですよブルーノ。訓練も仕事のうちなんですから」


ほら来たと言わんばかりに、ブルーノがムスッと顔をしかめる。


サボりたがるブルーノと熱心に訓練をしようとするジム。


この二人の関係は、志願兵の養成所時代から変わらない。


その成績も対照的で、訓練嫌いなブルーノは養成所でも優秀な者として選ばれており、一方のジムは努力こそ人一倍していたが、結果は出ず、落ちこぼれだった。


「そういうなって。たまには親友のいうことも聞いてくれよ~。養成所からの付き合いだろ~」


「親友? 僕はずっとただのルームメイトだと思ってましたけど」


「えッ!? いや、友だちいない同士仲良かったじゃん、オレたち!」


「え? 別に普通でしたよね?」


しれっと返事をしてジムに対し、ブルーノのその場に立ち尽くしていた。


大きく口を開け、その両目からは色が失われている状態だ。


ジムの発言が余程ショックだったのだろう。


そのときのブルーノは、ギリシャ神話よろしく――ゴルゴーン三姉妹の一人であるメドゥーサの瞳を見たかのように硬直してしまっていた。


「ガハハ、キツいな今のは。でもまあ、気にすんなよ、ブルーノ」


エドワードが固まったまま動かなくなったブルーノの背を押して行き、四人は英国軍所有の建物へと入った。


受付で身分証を提示し、そして地下へと向かう。


そこは地下室とは思えないほど広さがあり、ダンベルなどの筋力トレーニング用の器具や、ボクシングなどで使用するリングまで見えた。


軍の訓練場というよりは、格闘技のための施設といったほうが正しそうなところだ。


訓練場へ入ると、各々トレーニングに入る。


まずは柔軟体操で身体をほぐし、それからダンベルを使った筋力トレーニング。


ジムやオウガイか熱心にやっている中で、エドワードは始まって早々息を切らしていた。


「クソッ! ったく、なんでメカニックの俺まで鍛えなきゃいけないんだよ!」


その後、毎日目標にしている分のノルマをこなし、床にバタンと倒れるエドワード。


彼は元々整備兵の適正を見込まれていたため、養成所時代にはジムたちがこなすようなハードな訓練などしていなかった。


本格的に身体を鍛え始めたのは、特殊調査隊シャーロックに入ってからだ。


それでは愚痴の一つでも言いたくなるだろう。


だが、彼らが相手するのは不死者――アンデッドである。


現場に出る以上、たとえ整備担当だとしても動けなければしょうがないのだ。


「はぁぁぁッ終わったッ! よし、飲み行くぞって、わぁッ!?」


倒れながら大声を出したエドワードの上に、突然何かが飛び乗った。


それは二匹の猫だった。


「ジキルとハイド。ここにいたんだ」


ジムがダンベルを置いてエドワードへと近づき、二匹の猫――ジキルとハイドを抱き締める。


この全身が白黒と入り混じった、まるで網目模様のような毛をしている二匹はジムの飼い猫だ。


普段はアパートにいるのだが、気がつけば姿を消してロンドンの至るところに出くわす。


「なんだお前らかよ。もう、ビックリさせんじゃねぇ」


エドワードがジムに抱かれたジキルとハイドにそういうと、二匹はあくびを返していた。


ジキルとハイドは元々どこにでもいる黒猫だった。


この珍しい柄は生まれつきのものではなく、尋常性白斑じんじょうせいはくはんという皮膚疾患からきたもので、治療後も柄は戻らずいる。


二匹はエドワードから顔を背けると、ジムに甘えながら互いに絡み合い出す。


その姿はまるで大きな毛玉のようになっていた。


「よしよし、君たちはいつも仲良しだね」


そんな丸まって一塊になった二匹を見て、ジムの無表情が優しいものへと変わる。


彼の表情がはっきりと変わるのは、ジキルとハイドをでているときだけだ。


「よし。じゃあジキルとハイドも連れて飲みついでにメシにしようぜ」


エドワードは立ち上がると、側にあったタオルで顔を拭く。


そんな彼に、ジムとオウガイはもう少しトレーニングをしてからいくと答えた。


「ホント熱心だよな、お前らは。おい、ブルーノ。俺たちだけで行くぞ」


「あとで合流しましょう。店はいつものところですよね」


「あぁ、じゃあこいつと先に飲んでんわ」


エドワードはジムにそう返事をすると、ダンベルをまるで機械のように上下に動かしていたブルーノを捕まえ、訓練場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る