#6
――19世紀末――電信のテクノロジーが進化していくにつれ、音声での通信も可能なのではと、ヨーロッパでは研究が進んでいた。
そして現在には電信の符号は自動化され、熟練のオペレーターがいなくても通信ができるほどになっていた。
その結果、1879年イギリスにも電話交換局ができたが、電話の普及率はかなり低いままだった。
これは国が電話の普及は個人単位ではなく、国益優先にしたためだった。
認可がなかなか下りず、庶民はまだまだ電報が主流だが、英国軍少将ホーリー·ドイルにはそんなことは関係ない。
彼女は今、自身の指揮する部隊――特殊調査隊シャーロックのメンバーであるブルーノ·キャロルから電話で報告を聞いている。
「やはりホテル街での件はアンデッドが絡んでいたか」
椅子に優雅に座っていたホーリーはフンッと鼻を鳴らす。
受話器の向こうからは、犯人だと思われる娼婦の正確な素性と、アンデッド化した中年の男の身元を調べたブルーノの話が続いていた。
ホーリーはその話がつまらなかったのか、退屈そうに紅茶のカップを手に取る。
「もういい。その話は後で資料にまとめて送ってくれ」
そして彼女は電話を切ると、紅茶を一口飲んだ。
受話器の向こう側では、ブルーノがその顔をしかめ、ホーリーの態度に呆れていた。
そのときの彼の表情は、話を聞くのが上司の仕事だろうとでも言わんばかりだ。
報告を終えたブルーノは、ジムたちがいる部屋へと向かうことにする。
二段ベットが二つある狭い部屋から出て、ジム、エドワード、オウガイ三人がいるキッチンへと歩を踏み入れる。
「あ、ブルーノ。報告は終わったんですか?」
「あぁ、相変わらずだよ、あの人。あとで文字にして送れだってさ~」
「ホーリー少将は電話が嫌いですからね。朝食できてますけど、食べますか?」
「サンキュー。いただくよ」
ブルーノの返事を聞いたジムは、キッチンにあるテーブルに食事を運んでいく。
この部屋は、ジムたちシャーロックのメンバーが寝泊まりしているアパートの一室だ。
間取りは食事を作るためのキッチンと共同のスペース、あとは眠るための部屋とトイレ、シャワールームがあるのみ。
男性四人で暮らすには少々狭いが、これも仕事だと全員割り切っている。
テーブルに料理の乗った皿が並べられると、オウガイがムッと顔をしかめていた。
そんな彼の顔を見て、エドワードが思わず訊ねた。
どうして朝からそんな顔をしているのかと。
オウガイはムムムとさらに声を漏らすと、目の前にある料理を睨みながら答える。
「解せぬ、解せぬのだ。なぜこのようなことになってしまうのかと……」
「そりゃしょうがねぇだろ。ともかくホテル街の件は片付いたんだ。焦る気持ちはわかるが、そんなに気張るなって」
「違う!」
オウガイは声を張り上げると、ビシッと目の前の料理に人差し指を突き立てた。
そして、彼はワナワナとその身を震わせながら言葉を続ける。
「なぜこうもこの国の料理は真っ黒なのだ! これでは食材の味が格段に落ちてしまうというのにッ!」
どうやらオウガイは、英国の調理の仕方――焼き加減に不満があるようだ。
たしかに今朝ジムが作った目玉焼きは、かなり焦げ目がついており苦手な人は苦手だろう。
だがそれは、先ほどオウガイが口にしたように、この紳士の国では当たり前の焼き加減だ。
「目玉焼き嫌いでしたか? じゃあトーストもあるからバターとジャムで」
「そちらも真っ黒ではないかッ!」
ジムが別の料理――トーストを運んできたが、やはり焦げ目がたくさんついていたため、オウガイがまたも声を張り上げた。
それから彼はさらに文句を言い続けた。
料理の焼き加減はもちろんのこと、基本的にシャワーのみで湯船に浸かる習慣がないことや、着慣れない洋服やそれに付けるベルトなどに声を荒げる。
どうやら遠く日本からイギリスへとやって来た彼にとって、この国の暮らしは肌に合わないようだ。
「料理はすべて闇に染まり、身を清める湯にも浸かれず、おまけに腰に細長い革を巻かねばならぬ……。この国は……この国は一体どうなっておるのだ!」
「まあまあ、気にすんなって。風呂に入りてぇんなら今度ホーリーの姉さんに頼んでおいてやるからよ。あとベルトが嫌ならサスペンダーもあるし」
騒ぎ始めたオウガイをエドワードが笑いながら止めていた。
そんな喚き散らすオウガイを見て、ジムとブルーノがポツリと言う。
「あぁ……また始まったよ。オウガイの
「彼はこれがなければとっても紳士なんですけどね……。いや、本当に……」
呆れた二人の目はオウガイに向けられていながらもどこか遠くを見ていた。
日本人とは皆こうなのか。
いや、きっと違うだろう。
この小柄な東洋人――オウガイ·オオタが変わっているのだ。
ジムとブルーノはそう思いながら「はぁ」とため息を漏らすと、エドワードに続いてオウガイが喚くのを止めに入った。
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