#4

「おーい。なんだ? もう終わっちゃったのか?」


そこへ遅れてきたブルーノが駆け付けると、ジム、エドワード、オウガイの三人はギッと彼を睨みつけた。


その細くなった目を見れば、言葉にしなくても彼らが口にしたいことがわかる。


ブルーノは慌てて遅れてしまった理由と、ジムが自分を待たずに飛び出した話をしたが、三人は目を細めたままそっぽを向いて、石畳の地面にペッと唾を吐き出すだけだった。


そんな三人の態度を見て、ブルーノは肩を落として涙ぐんでいる。


「うぅ、お前らなぁ……。オレだって好きで遅れたんじゃ……」


「ジョークだよ、ジョーク。そんな顔するなって。なあ?」


エドワードはガハハと笑うと、ブルーノの尻をバシバシと叩き始める。


そして、ジムとオウガイに今のが冗談であることの同意を求めた。


「はい。ちょっとからかっただけです。本気にしないでください」


「こういうことは拙者せっしゃの好むところではないが、同じ主に仕える者同士として、一応の気は遣った。許されい、ブルーノ」


ジムが変わらず無表情で抑揚のない声で答え、オウガイのほうは申し訳なさそうに両目を瞑って腕を組んでいる。


どうやらエドワードの言う通り、ちょっとした冗談だったのは真実のようだ。


けして、ブルーノが現場に遅れたくらいで嫌いにはならないと、エドワードは何度も彼の尻を叩きながら言葉を続けていた。


「わかったよ……。つーかいい加減にやめてくんない?」


「うん? なにをだ?」


「もういい……」


ブルーノは尻を叩くのを止めてほしいことを言葉から察しないエドワードに呆れ、先ほどのジムのように大きなため息を吐いていた。


それから合流した四人は、先ほど襲いかかってきたドレス姿の女の死体を調べることにする。


スチームガンで吹き飛んだ右腕と首のない身体。


動いていたときこそ妖艶だったが、もう見る影もない。


周囲に赤黒い血を撒き散らした見るに堪えない凄惨な姿だ。


ジムが女と会話していた内容と自分の推察を伝え、この死体が娼婦であることや殺された中年の男がその客だったことを皆が知る。


「じゃあ、この辺で起きていた事件ってのはこの女がやっていたってことか」


「その可能性が一番高いですね」


エドワードが転がった女の身体を眺めながら口を開くと、ジムが答えた。


四人の上司である特殊調査隊シャーロックの隊長であるホーリー·ドイルは、最近このホテル街で起こっていた通り魔事件の調査をジムたちに頼んでいた。


ただの通り魔による犯行だったら彼らが動く必要はなかったのだが。


警察がその通り魔に殺された死体を片付けようとしたときに、突然死んでいたはずの者が動き出したとホーリーの耳に入り、ジムたちシャーロックが調べることになった。


想像よりもあっけない幕引きだったが、とりあえずはこのホテル街ではもう事件は起こらないだろう。


ジムたちはホーリーに事件が片付いたことを知らせ、女の亡骸を回収してもらうため、一度自宅へ戻ろうという話になる。


「一応、男のほうも調べておくか」


「そうですね。僕が駆けつけたときにはすでに何かされていたようので、大事を取っておいたほうがいいでしょう」


再びエドワードが口を開くと、ジムが彼に同意した。


二人が女の死体から中年の男のほうへと視線を動かすと、死んだはずの男の死体が立ち上がっていた。


「ちょっと遅かったみたいだよ」


ブルーノが冷や汗を掻きながらそういったの同時に、立ち上がった中年の男が四人へと襲いかかってきた。


その動きは先ほど倒した娼婦の動きよりもはるかに速く、真紅の両目をギラギラと光らせ、剥き出しにした歯は牙のように尖っている。


そう――。


中年の男は自分を殺した娼婦と同じものへと変化していた。


「あらら、やっぱりか。じゃあ非力な俺は下がらせてもらうぜ」


エドワードはそう言いながら後退。


それに合わせるかのように、ブルーノのオウガイが前に出て二人が中年の男を迎え撃つ。


ブルーノは間髪入れずにスチームガンを発砲。


蒸気を吹き上げた銃が唸りをあげる。


だが、男の動きはやはり速い。


確実に仕留めたと思われたが、あり得ない速度で攻撃を避けて飛びかかって来る。


「やっぱ筋力の違いなのかね。おっさんっていっても男。女とは動きが段違いだ」


エドワードが後方からそう言い、ブルーノは見事に飛びかかってきた男を避け、スチームガンの先に付いたナイフをお返しとばかりに突き刺す。


熟した果実に刃が突き刺さったように、男の腹から鮮血が舞う。


「相変わらずろくに訓練していない者の動きとは思えんな」


「えーこう見えてもちゃんとやってるよ」


「それでも拙者やジムの半分以下だ」


すると、交代とばかりに飛び出してきたオウガイが、男の胸部へ忍び刀を振り落とす。


その斬撃は見事の一言だったが、開いた胸から心臓や肺が露出しても男の動きが鈍ることはなかった。


「ぐわぁぁぁ! 乾くぅぅぅ! 喉が、喉がぁぁぁッ!」


中年の男が咆哮しながら暴れ回る。


それでも対峙しているブルーノとオウガイは、まるで野生動物のような動きで男の攻撃を躱していた。


そんな戦っている彼らの後ろでは、ジムが深く深呼吸している。


「おい、のんびりしてないでさっさと決めちまえよ、ジム」


「うん。わかりました」


エドワードが笑みを浮かべながら声をかけると、ジムの身体から蒸気が吹き出し始めた。

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