#3

石畳の地面に着地したジムは辺りを見渡しながら持っていた銃を構える。


すると、腰のベルトに付けられた小型ポンプの計器のメーターが上がり、湯煙を吹き出し始めた。


ジムが持っているのは特殊調査隊シャーロックのガジェットの一つだ。


その名をスチームガン。


イギリスでは年々湿度が高くなっており、その影響で上質な火薬の大量生産が難しくなった。


そこで火薬銃に代わって導入された――蒸気圧を用いた銃。


腰ベルトを装着して携行可能な小型の蒸気機関――圧力ボイラーにより実用化された。


連射こそできないがマガジン給弾式となっており、通常の拳銃よりも高い威力を持つ。


さらには、銃口の下部にナイフの柄を差し込む空洞があり、扱いとしてはソケット式の銃剣に近い。


開発者は、ジムと同じく特殊調査隊シャーロックのメンバーであるエドワード·ギブスンだ。


霧で辺りが見えにくい夜の街で、ジムは蒸気を撒き散らしながら身構え、悲鳴の聞こえて来たほうへと走り出す。


幸か不幸か人通りはほとんどなかった。


避難をさせる手間が省けたとジムが進んでいくと、霧の中から二人の男女が現れる。


一人は胸元がはだけたドレス姿の若い女性。


もう一人は小綺麗な格好をした中年の男性だった。


中年の男はグッタリとした様子で、ドレス姿の女に寄りかかっている。


先ほどの野太い悲鳴から考えるに、声をあげたのは男のほうで、女性が彼を介抱しているようだった。


「そのひと、どうかしました?」


愛想も抑揚もない声をかけてジムが二人に近づいていくと、女性はゆっくりと男を石畳の地面へと下ろした。


そして、彼女は怯えながらも立ち上がり、ジムのほうへと歩きながら返事をする。


「そ、それがわからないんです。この人が私の花を買ってくれるというので、そこのホテルに入ろうと思ったらいきなり叫び出して……」


ドレス姿の女の話を聞き、ジムは彼女が路地裏に立つ娼婦だと理解した。


花売りは春を売り歩く娘――売春の隠語だ。


現代でもまだ階級社会の色が濃いイギリスでは、街の通りで通行人相手に花を売るのは、下層階級出身の娘と相場は決まっている。


ジムは彼女の言葉からその素性も推測して、さらに気を失っている男が娼婦と一夜を過ごそうとしていたことを把握した。


見たところ、倒れている男に大きな外傷はなさそうだった。


だが、その首にはきりを突き刺したような小さな穴が開いており、血が静かに流れている。


「はぁぁぁ……」


「大丈夫ですか?」


ドレス姿の女が突然ジムに寄りかかってきた。


彼女は眩暈めまいがすると言いながら、その豊かな胸をジムの身体に押し付けた。


その柔らかな感触を味わいながら、ジムの視線は女の胸元へと向いている。


彼がその深い谷間を真顔で眺めていると、寄りかかっていた彼女がその口を開く。


「すみません、こんなこと初めてなもので……。それにしても、あなたもこうこと……お嫌いではなさそうですのね」


「視線を奪われていることに関しては否定できません」


ジムは微笑む女の顔も見ずに、彼女の胸に向かって答えていた。


その迷いのない真っ直ぐな眼差しは、年齢以上に幼く見える。


「よかったら、そこのホテルで休んでいきませんか? 私、ちょっと歩けそうにないので」


「はい。喜んで」


そう言ってジムが彼女の胸元から視線をそらした瞬間――。


ドレス姿の女の手が、ジムの肩へと伸びた。


「気が早いですね」


ジムはそう言いながら女を押し返し、腕を払って顔面に掴みかかった。


そのとき霧の晴れ間から月の光が差し込み、見えにくかった女の顔を露わにする。


大きく開かれた口からは見えたのは鋭い八重歯やえば、いや肉食動物のような牙だった。


「その目と歯……。あなたが男性を襲った犯人ですね」


ジムは遠慮なく女を蹴り飛ばしたが、吹き飛ばされた女がすぐにまた彼へと飛び掛かる。


だが、次の瞬間に女の上半身が撃ち抜かれた。


右腕が石畳の地面に転がり、辺りを赤黒い鮮血が染めていく。


苦しそうに呻きながらも女は怯んではいなかった。


目の前にいるジムへとその牙を剥き出しして動き出そうとしたいたが――。


「南無阿弥陀仏」


男の声が聞こえたのと同時に、女の首が宙を舞った。


再び赤黒い血を撒き散らしながら、女の首なしの身体がその場に倒れる。


「ったく、なにしてんだよジム」


「エド、オウガイ? ありがとうございます。おかげで助かりました」


ジムが構えていたスチームガンを下ろすと、二人の男が彼の前に現れた。


一人は目つきの悪い粗暴そうな男――エドワード·ギブスン。


スチームガンで女の右腕を吹き飛ばしたのは彼だ。


そしてもう一人。


女の首を日本刀――いや忍び刀で斬り飛ばしたのは小柄な東洋人――オウガイ·オオタ。


二人とも、ジムやブルーノの同じく特殊調査隊シャーロックのメンバーである。


「女の色香に惑わされたか? お主も修業が足りんな」


オウガイは忍び刀に付いた血を振って落とすと、刀を背負っている鞘へと戻した。


一方のエドワードは嬉しそうに笑いながら、からかうようにジムの尻をバシバシを叩いている。


「ガッハハハ。まあ、そういうときもあるよな」


「あの、エド。すごく痛いんですけど」


「ハハハ、そういうときもあるって。気にすんなよ」


痛いと伝えても、エドワードがジムの尻を叩くを止めなかった。


ジムはそんな彼を見て呆れながら、「はぁ」と大きくため息をついた。

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