第16話 明日奈と俺と優実と、そして神様?ACT3

いや、でもそれは違う。

「だめだ……」

俺は何とか声を絞り出した。しかしその声には自分でも情けないと思うくらい力がなかった。


「どうして?  おにいちゃんは私とじゃ嫌なの?」

「そうじゃない……でもこんなことはいけないんだ」

そうだ、いけないことなんだ。これは許されることじゃないんだ!

あのやわらかい腫れものが俺の顔を覆いつくしている。ほのかに香る優実の甘い香りが頭の中をくらくらとさせ、意識を遠くの世界へといざなうかのように俺を連れ出していく。

本当にいいのか、このままこの流れに身を任せて……。

……いい訳ねぇだろ。


明日奈とうり二つの顔を持つ優実。

兄として妹にこんな感情を持つなんて許されるわけがない。

俺は優実の顔を鷲掴みにして強引に引き離した。そしてそのまま突き飛ばすと、彼女は床に倒れこんだ。


「きゃっ」

小さな悲鳴を上げて倒れる彼女を見て、俺の中の何かがはじけたような気がした。

「あ、優実……ごめん!」

俺はそう叫ぶとリビングから飛び出して自分の部屋に飛び込んだ。ドアを閉め鍵をかけるとその場に座り込む。心臓がバクバク鳴っているのがわかる。全身からは嫌な汗が噴き出していた。

「おにいちゃん……?」

明日奈の不安そうな声に俺はハッとなる。


そうだ、明日奈がいたんだった!  さっきの優実との一部始終を彼女は見ていたはずだ。このまま何事もなかったかのように過ごせる訳がない。きっと軽蔑されたに違いない……。鍵を開け明日奈を部屋に入れた。

「あ、明日奈……」

「おにいちゃん」

彼女は俺の前に来るとしゃがみ込み顔を覗き込んできた。その表情はどこか悲しげで今にも泣きだしそうに見えた。そしてそのまま俺に抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと!」

突然のことに俺は慌てて引き離そうとしたが彼女は離れようとしない。そしてそのまま耳元でささやくように言った。

「……おにいちゃん……ごめんね」

「え?」

「私が優実ちゃんにあんな事頼んだから……ごめんなさい……」

明日奈が優実に頼んだ?

どういうことなんだ?


「ねぇおにいちゃん、私のこと嫌いになった?」

「……そんなわけないじゃないか。でも……」

あんな姿を見せられたら男としては……やっぱりいけない事なのではないだろうか? そんな俺の気持ちを察したかのように彼女は続けた。


「ううん、いいの。私も優実ちゃんも覚悟の上だったんだから」

「覚悟って……?」

明日奈は俺の目を見つめてはっきりと言った。

「私ね、おにいちゃんが好きなんだ」

ああ、そうか。そうだったんだ……。俺はずっと勘違いをしていたんだ俺が明日奈を好きだというのと同じ様に彼女も俺のことを……。


「私も優実ちゃんもね、おにいちゃんの事が好きなんだよ」

そう告げると明日奈は再び俺に抱きつき、そして唇を重ねてきた。柔らかな唇の感触を感じると同時に俺の中で何かが弾けたような気がした。俺は彼女を抱きしめ返し激しく求め合った。舌を差し入れ絡めるとそれに応じるかのように彼女もまた俺の口腔を貪ってくる。やがて満足するとゆっくりと顔を離したが二人の口には銀色の橋がかかる。それをぺろりと舐め取ると明日奈は俺に言った。


「だから、おにいちゃん。私を受け入れて……」

俺はその言葉に小さくうなずくと彼女をベッドに押し倒した。そしてそのまま覆いかぶさると再びキスをした。今度は先程よりも激しく情熱的なキスだった。互いの唾液を交換しあいながら舌を絡ませ合う濃厚なものだ。時折漏れる吐息がとても艶めかしいものに感じられた。しばらくそうしていたがやがてどちらかともなく顔を離すと見つめ合ったまま呼吸を整える為に大きく息をする。


「おにいちゃん、大好き……」

そう言うと明日奈は再び唇を重ねてきた。今度は触れるだけの軽いものだったがそれでも十分すぎるほどに幸せを感じた。それからも何度かキスを繰り返した後でようやく満足したのか明日奈の方から身体を離した。


「ねぇ、おにいちゃん」

「なんだ?」

「……さっきはごめんね」

「……いや、俺の方こそすまなかったと思っているよ」


改めて考えるととんでもない事をしてしまったものだ。兄妹であんな事をしてしまうなんて……正直言ってどうかしていたと思う。だがそれと同時に明日奈の事が愛おしく思えて仕方なかった。今までずっと妹としてしか見ていなかった彼女が一人の女性として俺の前にいるのだと思うと胸が高鳴った。


「ううん、いいの。私が望んだことだから」

そう言って彼女は微笑むと俺の胸に顔を埋めてきた。そんな彼女の頭を優しく撫でてやる。すると気持ち良さそうに目を細める姿がとても可愛らしかった。しばらくの間そうして過ごした後で明日奈はゆっくりと顔を上げるとこちらをじっと見つめてきた。その瞳には何かを訴えかけるような色が浮かんでいたような気がしたが気のせいだろうか?  そんなことを考えているうちに再び彼女の顔が近づいてきて二度目のキスを交わした。今度のキスは先程よりも長く濃厚だったと思う。やがてどちらからともなく顔を離すとお互いの顔を見つめ合ったまま微笑み合った。


「ねぇ、おにいちゃん」

「うん?」

「私ね、今すごく幸せだよ」

そう言うと彼女はもう一度俺に抱きついてきた。そんな彼女を俺は優しく抱き返すと耳元で囁いた。

「……俺もだよ、明日奈」

こうして俺たち兄妹の禁断の関係は始まったのだった……。


――――じゃねぇだろ!!

俺は心の中で自分に突っ込みを入れた。


いや確かに兄妹であんな事してしまったけど!  でもそれはお互いの想いが通じ合った結果であって決して間違った行為ではないはずだ。その証拠に今も明日奈は幸せそうな顔をして俺に抱きついてきているじゃないか……うん、そうだよな? 自分で言うのもなんだが俺たちは兄妹でありながら恋人同士になったのだから何も問題はないはずだ。うん、そうに違いない!  よし決めたぞ!  もう自分の気持ちに嘘をつくのはやめたんだ!  だからこれからは自分に素直になろうと思う。明日奈と一緒に過ごす時間を大切にしていきたいし、もっと彼女と親密な関係になりたいとも思う。まあ要するに何が言いたいかというと……俺は明日奈のことが好きなんだってことだ!! 今更なんだけど!


もっと早く自分の気持ちに気づいていればこんな事にはならなかったのかな?  いや、違うな。きっと気づくのが遅すぎたんだ。もっと早く気づいていれば……あるいは俺がもう少し早く自分の気持ちに素直になっていれば何かが変わっていたのかもしれないと思うこともある。だけど過ぎたことを悔やんでも仕方ないし、それに今はこうして幸せなのだからそれで良しとしようじゃないか!  よし決めたぞ俺は決めたぞ!!  絶対に明日奈を幸せにしてみせる!!


「おにいちゃん?」

おっといかんいかん、ついつい考え込んでしまったようだ。不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる明日奈に向かって慌てて笑顔を作る。

「ああ、ごめん何でもないんだ」

「そう?ならいいけど……」

明日奈はまだ少し心配そうな顔をしていたがそれ以上追及してくることはなかった。俺はほっと胸を撫で下ろすと話題を変えることにした。


……そ、そうだ明日奈……。

「うんなぁに?」

その時ふと思った。いつの間にか俺は明日奈のことを高垣たかがきとは呼んでいなかったことにだ。もう俺にとっては明日奈は明日奈であるんだということに。……いや、違うな。


俺はもうとっくの昔に明日奈のことを妹としてではなく一人の女の子として見ていたんだ。だから呼び方が変わったことにも気づかなかったんだろうと思う。


でもこれからは違う。


俺は明日奈のことを妹ではなく一人の女性として愛すると決めたんだ。


だからこの呼び方はもう変えない……いや変えられないんだ!



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