第6話 オオカミになれない自分が憎らしいACT1

「あのぉ、明日奈さん……」

「なぁにお兄ちゃん」

「さすがにもうそろそろ腕を放してくれませんか?  いや、嬉しいよ。でもさ、その……周りの目がね……。特に男子からの視線が痛いんだよ。それにさっきからひそひそ話も聞こえてくるし」

「え~だってぇ、こうしてると落ち着くんだもん」

そう言いつつ俺の腕にさらに強くしがみつく高垣。


『うぉぉぉぉぉ』と言う雄叫びがあちこちから聞こえて来る。

俺は何とか腕を放してもらおうと少し強い口調で言ってみるが……。


「なぁにお兄ちゃん」

「いや、だから腕はもういいんだよ。それに学校でもこの調子なのか?  さすがにこれはちょっとまずいんじゃないかと思うんだよねぇ。俺としてはさ、その、なんだ、もう少し距離を置いて欲しいというか何と言うか……」

「どうして?」

「あ~いやそれは……そのぉ、ほらぁ、あれだ。周りからの視線が痛いんだよね。それに……」

「お兄ちゃんは明日奈の事嫌いなの?」


ああ、もう!  そんな目で俺を見ないでくれよ~。嫌いとか好きとかそう言う事じゃなくてさ、そのぉなんて言うか、もっとこう節度と言うか距離感と言うものがだね。


『おにぃちゃん』と俺の腕にしがみ付きながら上目遣いで見る高垣の潤んだ瞳に、俺は思わずドキッとしてしまう。

「もぉお兄ちゃんたらぁ」

そう言ってさらに強くしがみつく高垣。

ああ、だめだ……俺の中の何かが崩れていくような気配がする。


「よし!  分かった。もう学校でも好きなだけお兄ちゃんと呼んでいいからさ」

もうどうにでもなれ。俺は高垣にそう言ったのだった。

「ほんと? お兄ちゃん」

うお!  なんだこの破壊力は!  思わず膝から崩れ落ちそうになったぞ。だが俺は耐えた!  いや~これはやばいな。うんやばいわこれ。


「おい、あれって赤城だよな」

「ああ、そうみたいだけど。一緒にいるのは妹さんか?」

「そんな訳あるかよ!  あれ高垣さんだろ。あの高垣さんと赤城があんなにベッとりしているなんて」

ああ~もうやめてくれ~!  もう学校に行くのやめようかな……でもそんな事は出来ないしなぁ。


「お兄ちゃん」と俺の腕にしがみつく高垣がとても嬉しそうに微笑んでいる。その笑顔を見て俺は思ったんだ。この笑顔を曇らせたくないってね。だからこれでいいんだこれで……はぁ……。

教室に行くと案の定鋭く冷たい男子の視線が俺に一心に刺さり込む。

「おい赤城」そう言うなり俺の周りには鋭い目つきをした野郎どもが押し寄せてきた。


「これはいったいどういうことなんだ! なんでお前と高垣さんが……わが校のアイドル、いや女神さまがこんなパットしないお前と一緒に登校してるんだ」

「いや、これには事情がありましてぇ――。まぁなんと言うかその……そう言う訳で……」

「はぁ、何言ってんだこらぁ赤城。おちょくってんのかてめぇ!」

ま、まずい冷静さを失った男子の感情を今俺はもろに浴びせられている。何とか乗り切りたいところではあるが、どうにもならんこの状況。彼奴らの隙間から除く教室の外には他のクラスの男子生徒たちがこれまた廊下に押し寄せているではないか。

身の危険を感じる。


俺の高校生活はこの時点にて終わったかもしれない。これは非常にやばいのではないだろうか。

そしてもう一つの群れから歓喜の声が上がっている。

「きゃぁ―! マジほんとなの?」

此方は怒号の声。かたやあちらは歓喜の声。この落差はいったい何なんだ。

「え、嘘本当なの? 一緒に暮しているって」

その言葉にピクリと全男子どもが耳を敏感に働かせていた。


「あーかーぎーくぅん。これはいったいどういうことなんだよねぇ」

「ええ、そのぉなんと申しますか成り行き上そう言うことになりましてぇ」と言うか、確か高垣は俺と兄妹になって確か一年くらいになるって言っていたけど、それって彼奴だけの記憶って言うことなんだろうな。外部に関しては今まさにこの状況が物語っている。


神様。つめ甘い。ていうかどうせそう言うことなら全部ひっくるめて事のなりを納めてくれないと。

非常にいい加減で無責任な神だ。

何とかこの暴走を納めないといけないんだけど、その治め方の糸口が見当たらない。ここで俺と高垣が兄妹になりました。と言ったところで、はいそうですかと終息するとは思えないし。第一兄妹と言えどなんだあの高垣の俺に対するべったり感は悪い気はしないがやはり得意的な感情を受けてしまう。


た、確かにこの展開は俺が望んでいたことでもあるんだが、そのなんだ、あまりにも急すぎるんだよな。なんと言うか順を追って段階を踏んで、周知に知らしめながら、徐々に発展する仲と言うのが一番なんだが、昨日気が付いたらこんな状況であるんだからこの俺自身が追い付いていかないんだよ。


男子生徒諸君、君たちのその気持ちもよくわかるがここは何とか穏便に身を引いてくれないだろうかと願うがそうもいかないようだ。

『まったく手を焼かせおって。これくらいの事何とか自分で解決できんもんかのう。手のかかる奴じゃ。”ほれ”』と頭の中で神様の声が聞こえてきた。


「いやぁそうなんだよな、お前と高垣さんは兄妹になったんだよな。仕方がないよなぁ」


一瞬にして、さっきまで殺気立っていた男子生徒どもが冷静さを取り戻していく。

なんか知らないけど、危機は回避できたような気がする。


『良いか今日の貢物はポテチ二袋だぞ。良いな』

おお、助かった。ありがとうございます神様。


何とか初日の朝は乗り切った? ような気がするが……苦難はまだ続きそうだ。



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