第3話 嘘じゃないからね。だましてなんていないんだよ。

おい! 待て、泣くんじゃねぇだろうな。

やめてくれここで高垣に泣かれたら、俺、どうしたらいいんだ!!


「いや、その、うん、妹だよなお前は俺の妹だった。なんだか寝ぼけていたみたいだ。心配するな間違いなく俺たちは兄妹だ」

ゆっくりと彼女の顔を見ると、次第に明るさを取り戻していくのがよく分かった。

「良かった。ちゃんと私の事妹だって認めてくれているんだね」

「あ、あたりめぇじゃねぇか」

「うん、じゃぁ早く行こう。本当に夕食冷めちゃうよ。今日はお兄ちゃんの大好きなハンバーグだからね」

にっこりとほほ笑んだ高垣のその笑顔に、キュンとなるこの胸の奥の気持ち。これはなんだろうか。


リビングに行くとダイニングテーブルには美味しそうなハンバーグが用意されていた。

しかも俺好みのチーズハンバーグだ。

肉は粗びき、スパイスを程よくきかせたハンバーグに、酸味のあるトマトソース。トロリとした濃厚なチーズが糸を引く。

そのまま一口食すとドンピシャ! まさしく俺の好みに的中したハンバーグだ。

それにこの味は……死んだ母さんの味とほぼ同じ。

いったいどうして?


「た、高垣。あ、いや明日奈」

「ん? どうしたの?」

そう言いながらにっこりとほほ笑む明日奈。

「このハンバーグ。どうやって作ったんだ」

「やだなぁお兄ちゃん、本当にどうしちゃったの?」

明日奈はそう言いながら引き戸から一冊のノートを取り出した。

「このノートお兄ちゃんからもらったのよ」

それは俺の母さんが残してくれた、俺好みの手料理レシピノートだった。 

母さんが唯一俺の為に残してくれた、何と言うか死んだ母さんの面影を思い起こさせてくれるものだ。そうか、高垣はこのノートを受けついてくれていたんだ。だからこの料理が俺の前にあるんだ。


しかしこの俺が母さんの残してくれたあのノートを高垣に差し出していたとは。俺の為に残してくれた母さんの想いをこうも簡単に渡しているところを考えると、本当に高垣は俺の儀妹になっているということなのか?

これが現実であるのならば……頬をつねってみたいところではあるが、高垣の前でそれはやめておこう。実際にこのハンバーグの味は紛れもなく俺好みの美味しいハンバーグであることに間違いはないのだから。


その俺が食う様子を高垣は愛おしい眼で見つめている。俺の記憶にはまだ、高垣から振られたという事実的記憶が鮮明に残っている。その記憶と今この目の前にいる人物が本当に同じ人物であるのかと言う疑いを持つことに、目の前にいる彼女の笑顔を見つめながらそう言うことを抱いてはいけないという念に駆られてしまうが、そうは言えども信じがたい状況であると言うのはまさにこの俺の中では現在進行形の事実である。

もしかして、これは体のいい悪戯なのか?

俺が完全に落ちたところで「はは、だまされてるんの! うわぁー、鼻の下なんか伸ばしちゃって、あんたって本当にきもいね」なんて言われて奈落の底に叩き落されるというなのか。

それならそれでいい。

今まで送ってきた人生、そんなことくらいで俺はへこたりなんかしねぇ。そう言うことに関しては耐性が出来ている。


しかし、大いに傷つくのは間違いなくありうることで、いくら耐性が出来ていたとしてもそりゃ落ち込むだろうな。俺の耐性って言うのはどいうことに関しての耐性であるのかは分からねぇんなこりゃ。

ちらっと高垣の顔を目に入れる。すぐにその視線を断ち切り、無類もなく美味いハンバーグを食らう。そしてまたちらりと視線を高垣に向ける。

変わらず高垣のその表情はほんのちょっぴり狡猾こうかつな面影を垣間見させながらも、ほんのりと淡く染まる頬を紅葉のごとく色付かせている。

そんな高垣からは嘘をついているような感じはつかみ取れない。


「美味しいお兄ちゃん?」

「あ、ああ、ものすごく美味しいぞ……明日奈」

「良かったぁ! それじゃぁ私も食べよっかなぁ」

ようやくあの熱い視線が途切れるかのように高垣もハンバーグを口にした。

この家の中には俺と高垣の二人っきり。それ以外誰もいない。閉ざされた空間の中で告ってフラれた相手と食事をする。それも手料理だ。

いまだ信じがたいこの状況の中、時間は過ぎ漫然としながら夕食のハンバーグはその姿を消していく。


すべてを食べ終わり、すぐさま席を立とうすると。

「もう食べちゃったのやっぱりお兄ちゃんは食べるの早いね」ちょっぴり微笑みながらそんなことを言う高垣にきゅんとなる俺はなんだろうという自己嫌悪的な感情にとらわれる。

なんでそんな気持ちになるのかは理解に苦しむが、まだこの状況をすべて把握しているわけでもなくこの雰囲気に押しつぶされそうになるのを回避するためにも一刻も早く部屋に戻りたかった。


「お、俺部屋に戻るよ」

「ええ、そうなのぉ―。私食べ終わるまで待ってくれたっていいじゃない」

少しむっとした表情が可愛い。

「宿題まだやっていなかったの思い出したんだ。やんないと」

「なぁんだそれじゃ、私のノート貸してあげるよ。同じクラスなんだもん写せば完璧じゃん」

ありがたい申し出に飛びつきそうになるが、ここはぐっと我慢して。

「そこまであまえちゃ……悪いし。自分でやるよ」

「まったくもう、変なところでまじめなんだから。でもそう言うお兄ちゃん好きよ」


フラれた彼女にスキと言われてドキンと心臓が弾かれるような鼓動を覚えつつ、そうそうと俺は自分の部屋へと戻ったのだ。

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