第4話 『首から上がないおじさん』


 もちろん、幽霊屋台の仕入れ先は、やましんだけではないらしい。


 というのも、たまに、『ホットドッグの日』があったりもするからである。


 ある、相当、霧深き夜であった。


 小高い山沿いの、通称『学校道』を、ふらふら散歩していたやましんが、また、件の屋台に出会った。


 山の上にあるのは、小学校である。


 なんで、わざわざ、山の上に学校を建てたのかは解らないが、土地が安かったからなのかもしれない。


 もっとも、この山の中には、戦時中、秘密工場があったのだという。


 たしかに、コンクリで固められた、出入り口の跡らしきものがあるが、だから、中には入れない。


 べつに、存在自体は、秘密ではないし、町のホームページには、そうした歴史があったと、紹介されているが、それでも、詳細は、なかなか解らない。


 こうした秘密工場は、全国各地にあったようだ。


 このあたりにも、他にもあったという。


 で、その、今は固められた、出入口の前あたりは、いくらか広くなっているのも、もしかしたら、その名残かもしれないが、民家は多少離れないと今でもなく、夜間は、神秘的な場所である。


 そこで、現れたのは、やはり、やましんを狙ったに違いない。


 しかし、現れた以上、逃げるのは、あまりにやぶへびである。


 やましんは、自動的、なように、狭い椅子に座る。


 営業中だから、当然、例の首から上がないおじさんも、ちゃんと、指定席に座っている。


 話しかけてはならない、というのが、いったい、どこから出た話しなのかは、さっぱり解らない。


 それでも、話しかけようとは思わない。




 すると、目の前の掲示板に、こう、表示された。



 『今日は、ホットドッグの日です。おそば、あります。おでん、あります。両方ご注文なら、二割引します。米ドルOK。現在のレート、Ⅰドル=115.25ドリム。』


 幽霊屋台にしては、極めて現実的なコメントなのだが、ドルOKというのは、実は、いつもなのである。


 『そば、メニュー。ストレートそば。250ドリム、わかめそば。350ドリム。天ぷらそば。450ドリム。ホットドッグ、山盛り、400ドリム。・・・・・・・』その繰り返し。


  

 しかし、相変わらず、店主がいない。


 慣れっこのやましんは、電子ボードに書き入れる。


 『ホットドッグ一個。わかめそば一つ。』


 すると、表示が出る。


 『まいど。ホットドッグ一個。わかめそば一つ。値引きします。』


 ホットドッグは、すぐに、何もない空間から現れた。


 ほかほかで、なかなか、グッドである。


 中身があまりに、沢山あり、これだけで、満腹になりそうである。



 そこに、若い夫婦らしき二人が突然に、現れた。


 『うわ。お客様いる。良かったあ。』


 『人間かい?』


 『ううん。怪しい。かな。きゃ。』



 多少、幽霊扱いされたらしい、やましんが言った。


 『あの、ぼく、こっちきますから、ここ、どうぞ。』


 お客様が相席で来るなんて、こういうことは、滅多にない。


 やましんは、気を使ったのである。


 常連とは思えないから。


 最初から、首から上がないおじさんのとなりは、さぞ、辛かろう。


 とはいえ、やましんだって、すぐ横に来たのは始めてである。

 

 『あの、たまたま、出くわして。まさかとは、思いながら、入らないと、ばちがあたるとか。やはり、これ、ゆ、ゆ、ゆ、』


 女性のほうが、尋ねてきた。


 『はい。そうですよ。でも、ダイジョブ。普通に注文し、普通に食べる。お金を払う。高くないです。味も、なかなか、おいしい。あたったことないです。』



 ふたりは、それでも、面喰らってはいるようだ。


 そりゃ、そうでしょう。


 屋台の大将がいないんだから。


 『ほら、これに。注文を、書きます。あの、電子ボード見て。ね。』


 『は、は、はい。ほら、あなた、から。』


 『ぎえ。やはり、なんか、異様な………』


 『こら、きみ、根性固めろ。守ってくれるんだろ?』


 これは、奥さまか、恋人か、わからないが、圧倒的に強そうだ。


 『じゃ、あたし、書くよ。えと、わかめそばふたつ、ホットドッグふたつ。で、 あなた、テンプラは、やめときなさい。文句ある?』


 『ないけど。』


 すると、ちゃんと、例のコメントが出たので、すこし、安心は、したらしい。


 したらしいが、やはり、こちら側の、首から上がないおじさんは、相当に、気になるようだ。


 そりゃ、気になるだろう。


 お人形ではない証拠に、どうやるのか解らないが、新聞読んだり、ごほごほ、言ったりするのである。


 それでいて、首の途中から、無くなっているのだ。


 


   ・・・・・・・・・・



             つづく

 

 


 




 


 


 


 


 

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