第2話 恋心

 高校初日が終わり居候している美和姉妹の家に帰る。古い家庭用ゲーム機で時間を潰していると美和姉妹が帰ってくる。


「あらあら、天野さん、外では車椅子に乗っているらしいわね」


 姉の辻美さんが笑顔で問うてくる。イカン、怒らせたら、また、公園で震える生活に戻ってしまう。


「ご、ごめんなさい、つい……」


 わたしは言葉を選んで返事を返す。


「お姉ちゃん、公園に捨てるの?」


 妹の時美さんが簡単に口走る。ひー、恐ろしい。それは小さな昆虫をバラバラにする子供の様な目線であった。


「可哀そうな事は言わない約束よ」

「はーい」


 つまらなそうに返事をする時美さんが一番怖く感じるがここは我慢である


「で、本題よ、天野さんは車椅子で良いのね?」


 辻美さんは優しい笑顔でわたしに問うてくる。撤回、本当に怖いのは辻美さんだ。そう、笑顔の下にある本質は恐怖による支配だ。大体、ホント、何故、疑問系なのだ。


 とにかく羽根が折れている天使失格なのでとは言い難い。ここは、修行だと言おう。


「辻美さん、修行です」

「まあまあ、それは本当なの?」

「えぇ、まぁ」


 わたし達天使は人間界での修行は食べていく事だけである。もし、許されるなら、美和家で古い家庭用ゲーム機を使って時間を潰すだけでも良いのだ。しかし、姉の辻美さんはこの家での生活には高校に行く事を条件に出している。


 学校に通うのは問題ないが。


 天使失格のわたしは……そう、生きる自信がないのであった。そこで、高校での生活で、車椅子からの風景を……。つまりは車椅子からの目線での人間界をわたしは見たかったからなのだ。


「なにか事情がある事は知っているわ。きっと、天野さんに必要なのね」

「お姉ちゃん、どうするの?」

「学校にはわたしからメールを送っておくわ」


 どうやら、車椅子の件は許されたらしい。


「さて、帰りにドーナツを買ってきたの、皆で食べましょう」

「もう、お姉ちゃんは甘々なんだから」


 時美さんはブツブツ言いながらドーナツとペットボトルのお茶を飲むのであった。


 それから数日が過ぎていた。そして、昼休みのことである。しかし、高校なる場所は息がつまる。気分転換の場所を探して図書室に行くと推薦図書が入口に置いてある。


 かぐや姫の本だ。


 この物語の主人公は修行に来た天使だったのかもしれない。しかし、優しいお爺さんとお婆さんに拾われただけで勝ち組だ。


 この庶民的高校でも格差はある。生まれた環境で人生が決まる。わたしはそんな現世である事を痛感するのであった。簡単に言えば図書室にノートパソコンを持ち込んで、何やらカタカタとしている。大学の授業をオンラインで受けているのだ。庶民の高校生であるはずなのに、謎のルートで得たオンライン授業である。


 これが進学校であれば更なる格差があるはずだ。わたしは更なる逃げ場所を探して図書室を後にする。


 さて、何処に行こう……。わたしはエレベーターのボタンの上を押す。たどり着いたのは英語準備室のある小さなフロアーである。


 ここから屋上に出れるらしい。


 簡単な段差を乗り越えて鉄格子のある屋上に出るのであった。


 ……ここは風の流れが素敵だ……。


 ほんの数年間だけ空を飛べた記憶がよみがえる。天使にしかない羽根で空を自由に飛べた記憶だ。その羽根が折れて人間界での車椅子での生活である。


「天野さん……?」


 後ろから声がする。男らしい声であるが、それでいて綺麗な声で話かけられる。


 南崎信也くんだ。わたしの胸はドキドキして感情が高鳴る。ほのかな恋心は信也くんが初めてであった。

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