(4): 吸血鬼
「まずは、話をするにあたって自己紹介をしよっか。
あ、お姉さん、 こっちこっち〜! うん、ありがとう」
彼女は、店員に運ばれてきたティーカップを取りながら話し始めた。
「とりあえずボクからするね。えっとね、ボクはセレスティア、さっきも言ったようにしがない流れの吸血鬼だよ」
セレスティアと名乗った彼女は優雅にティーカップを口に運び、唇を湿らす。
「そっか、セレスティア。長いからセレスでいいかな?」
毎回呼ぶのは大変なのでセレスにさせてもらおう。
「セ、セレス!?」
セレスは驚いたように声を上げた。
「えっと、いやだった?」
どこか地雷でも踏んでしまっただろうか。
「あ、ううん、そうじゃなくて。中々愛称で呼ばれることがなかったからね、少し驚いちゃった」
セレスティアは、はにかんでいた。
「別に嫌ってわけではないよ。というより、むしろ積極的に呼んで欲しいくらいだ」
「ああ、そうなんだ」
「だから、こちらからもお願いするよ。ボクのことはセレスって呼んでね」
「わかったよ、セレス」
「うーん、いい響きだ! ありがとう」
セレスは本当に嬉しそうに僕の瞳をのぞきこんできた。
その何気ない仕草に僕は思わず目を奪われてしまった。
「ん、どうしたの」
「あ、いやなんでもないよ。次は僕の番だね」
「そうだね、君の名前はなんて言うのかな?」
「といっても僕の名前は昔、僕の面倒を見てくれた人がつけてくれた名前なんだけど」
「ほうほう、構わないよ」
「そっか。僕の名前はね、メイヤ。東方の言葉で夜を指すんだって」
「ふーん、メイヤか。いい名前だね!」
「そっか、ありがとう」
「メイヤ、メイヤ……♪」
彼女は屈託のない様子で、僕の名前を口ずさんでいた。
微妙に恥ずかしい。
「それで、大事な話ってなに?」
僕は照れくさくなったので半ば強引にセレスの意識をこちらに戻した。
するとセレスは少し声のトーンを落としながら応えた。
「ああ、そうそう。話があるんだった。
えっとさ、さっきボクがメイヤの首筋を噛んだって言ったよね」
「うん、言ってたね」
「その時ね、メイヤ、半分くらい吸血鬼になっちゃったんだよ」
「え、吸血鬼!?」
「うん、そうだよ、吸血鬼。メイヤのことを助けるためにボクの血をちょっと流し込んだからね。その影響でメイヤは少し普通の人間より吸血鬼に近い存在になったんじゃないかな」
「ああ、そうなんだ」
なるほど、そういうことか。得心がいく。
僕かそうかんがえていると
「……やっぱり、嫌だった?」
セレスが不安そうに訊ねてきた。
恐る恐るといった様子で僕を見上げている。
いったい何をが不安なのだろうか。
「え! いや別に嫌じゃないよ。さっきのもただ驚いただけっていうか……」
僕は誤解を払拭するべく、否定する。
「でも、メイヤのこと勝手に吸血鬼にしちゃったんだよ?」
「だって、それは僕を助けるためだろ。なんで、僕が嫌がるんだよ」
実際、驚きこそすれど、不快感は一切いだかなかった。
「じゃあ、メイヤは本当にいいの? 少しとはいえ吸血鬼になっちゃったんだよ」
しかし、セレスは尚も不安そうに見てくる。
「別にどうだっていいよ」
僕はそんなセレスを見て、断固として否定しないといけないような思いにかられた。
「だって、セレスはセレスじゃん。そして、僕の命の恩人。それ以外、何かいるの?」
僕は強い口調になりながら訊ねた。
「そっか、メイヤはそう思うんだね……」
「う、うん、そうだけど」
言いすぎてしまっただろうか。今になって少し後悔する。
しかし
「そっかそっか……フフ、フフフフ」
「え、セレス?」
「いやー本当にメイヤはおもしろいなぁ! メイヤは自分が吸血鬼になっても気にしないのか。いいね、ますます気に入ったよ!」
セレスは心底楽しそうに笑っていた。
その様子を見て僕もひとまず安心した。
「あ、でも、吸血鬼として気をつけなきゃいけないことは教えてくれない?」
「ああ、そうだね。気をつけることか……」
セレスはあごに指をつけて考える仕草をとる。
「”熱” かな」
「”熱”?」
「ああ、そうだよ。”熱”さ。なにしろ吸血鬼というものは暑さに弱いんだ。吸血鬼が日光を嫌うという話もそこから来てるくらいだしね」
「そうなんだ……。そういえば、ニンニクとか十字架とかは平気なの?」
たしか、昔スラムにいた傭兵崩れの男がそんなことを言っていた気がする。
しかし
「いや、それは平気かな」
男の話はデマだったようだ。
「ボクはどちらかというとニンニク好きだしね。人間がたまたまニンニクが苦手な吸血鬼を見かけたんじゃないかな」
「へー、随分と下らないんだね」
「ボクもよくわからないけどね。あ、あと十字架だっけ? それはもっと下らない話だったな」
「そうなの!?」
「ああ、そうさ。ボクの記憶が正しければ、教会の連中が、自らの権威性を高めるために広めた話だったはずだからね。本当に滑稽だよ」
「まぁ、そうだね」
そんな理由で広めたのだとしたら、たしかにひどく下らないだろう。
「それに、そんな心配することもないよ。メイヤは吸血鬼の血は少量だからね。それくらいの量だったらひと月もすれば人間に戻るだろうさ」
「え、そうなの……」
「おや、随分と残念そうだね。そんなに吸血鬼が気に行ったのかい」
「えっと……、それはわかんないんだけど、なんか身体が軽いっていうか、力が湧いてくるっていうか……」
「そうかそうか、メイヤにはそう感じるんだね」
「うん……」
「でも、あまりそれに囚われるのはおすすめしないかな。なにせボクは直にいなくなる。本当にメイヤが”吸血鬼”になってしまったら力や本能に呑み込まれてしまうからね」
「わかった……、ってセレス、いなくなるの?」
「そりゃ当然だろう、元々流れの吸血鬼だったんだからさ」
「そっか、そうだよね……」
僕はそれがひどく寂しいことのように感じた。
「あれ、ボクとの別れを悲しんでくれるのかい?」
セレスはふざけた調子でこちらを見てくる。
何気ない仕草だ。
「っつ……」
しかし、僕はその姿を見てふいにセレスと離れたくないと思ってしまった。
「あのさ、セレス」
「ん、なんだい?」
「僕さ、セレスの旅についていってもいい、かな?」
意を決して僕は訊ねた。
「え、旅にかい?」
セレスは驚いた様子で聞き返してくる。
「うん、そうだよ」
僕はセレスの双眸を真っ直ぐと見据えながら応えた。
「それは、本気かい?」
セレスは真面目な様子で問い返してくる。
「ああ、本気だよ」
僕も真っ直ぐな思いで返した。
「ボクか断ったら?」
セレスは挑むように訊ねてくる。
「意地でもついていく」
「断ろうと思うんだけど」
「じゃあ、ついていく」
「危険だよ?」
「どっちみち、さっき死にかけてた」
「「…………」」
お互いに無言で見つめ合う。
やがて幾ばくかの逡巡の後、セレスは
「……、はぁ、どうやらメイヤには何を言っても無駄なようだね。いいよ、一緒に行こうか」
「あ、ありがとう!」
僕は内心とても安心した。
「じゃメイヤ、よろしくね」
セレスは手を差し出しながら、立ち上がってこちらに近づいてくる。
僕はセレスの手を取ろうとする。
「うん、よろしk ……」
しかしそこで、”トンッ”そんな感覚か首にしたと思ったところで、意識は途切れた。
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