(2): 邂逅
「悪いけど、少し血をもらうよ」
どこかから声がした。
それは酷く蠱惑的で、脳を溶かすような声をしていた。
暖かいような、高揚するような不思議な心地良さだった。
胸が苦しくなって、息が苦しくなって、上手く言い表せない多幸感に包まれて……。
そんな僕は、声の主を一目見てみたいと思った。
しかし、目を開けようとして僕は気づく。
『そういえば、死んだんだった』
やはり、視覚は光を認識できなかった。
僕の世界は依然、真っ暗なままだった……。
〜〜〜〜〜
それにしてもここはどこなのだろう。
改めて僕は疑問を抱く。
もしかするとこれが、噂に聞く”あの世”なのだろうか。
どうだろう……、そんな気もするし違う気もする。
でも、もしここが、本当に”あの世”なら生前とは比べ物にならない心地良さにも納得だ。
それはそれで皮肉の効いた話なんだけど。
『まぁ、生前も、皮肉たっぷりだったし変わらないか……』
そんな埒のないことを考えていた時だった。
「-------ったよ」
また、あの声がした。
なんて言ったんだろう。よく聞いてなかった。
僕はもう一度耳を澄ます。
「もう治ったよ」
次は全て聞こえた。
耳に染み込んできた。
脳が蕩けてゆく。
だけど、治ったってなんだろう。
僕は、まとまらない思考のまま考えた。
その時。
訝しんでいると不意に、目に光が差し込んできた。
瞼に光を覚えた。
とても、眩しい。
『ん、眩しい?』
おかしい、僕はそう思った。
『死んだばずなのに、どうして……?』
しかし、実際に光を認識したのだから疑いようがない。
僕は恐る恐る目を開けてみる。
「やぁ、起きたかい?」
すると、そこにはとても美しい少女がいた。
紅玉のような瞳に、少し先のとがった耳。
頭の辺りは漆黒なのに対し、毛先になるにつれ白みがかる髪。
黒いフード付きの外套のようなものの中から伸びるスラリとた長い手足。
彼女が醸しだすのは、ありきたりな美しさじゃない。
この世のものから逸脱したような、神秘的で暴力的で艶美的な、形容しがたい美しさだった。
僕の瞳は、心は、いともたやすく彼女に縛り付けられる。
「えっと、君……は?」
僕は彼女を”あの世”のものだと思った。
あまりに現実離れした美しさに僕は『”あの世”の番人がこの子なら悪くもないかな』、そう思った。
けれども、少女はいやに俗っぽい調子で
「ボクかい、そうだな……ただの吸血鬼だよ」
そう言うと口の端を指で引っ張り、牙を見せてきた。
「吸血鬼?」
「ああ、そうだよ吸血鬼さ」
どうやら、本当に吸血鬼らしい。
耳も先が少し尖っている。
けれども、僕は特におどろきはしなかった。
僕は吸血鬼という彼女に、『そうなんだろうな』ただ、そう思った。
「ふーん、じゃあさ、吸血鬼の君。ここは”あの世”なの?」
僕は先程からの疑問を訊ねる。
「え……!?」
しかし、何かおかしかったのだろうか。
少女は一瞬、呆けた顔をした後
「アハハハハハ、いやいや、違うよ。ここは現世だよ」
笑いながらそう言った。
「そうか”あの世”か…….。 そうだよね、そう思っちゃうよね。うんうん。大丈夫、君はちゃんと生きてるよ」
彼女は嬉しそうに笑っていた。
「そうか、生きてるのか……」
けれども、僕はそこまで喜べなかった。
先程まで、もっと生きたいと思っていたはずなのに、どこか複雑な気持ちだ。
「うん、生きてるよ。まぁ、さっきまで死にそうだったけどね」
「君が助けてくれたの?」
「そうだよ、君の首筋をカプっと噛んでね」
少女は僕の首筋を指さしながらそう言った。
なるほど、確かに触ってみると歯型のような凹みがある。
「本当みたいだね。ありがとう」
僕は素直に礼を伝えた。
すると少女は、一瞬驚いたような顔して
「君はホントに面白いね。気に入ったな」
嬉しそうに僕の方を見て笑うのだった。
「よし、もう少し話をしていてもいいかい? 大事な話もあるんだ」
少女は笑顔のまま、たずねてくる。
「ああ、時間ならいくらでもある。なんでも、話してくれ」
不思議と僕は少女の笑顔を見て、心が和らいだように感じた。
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