(1): 失意の底に
本当に寒かった。本当に本当に寒かった。
瓦礫の陰にひっそりと佇むスラム街。
食べ物も満足にないここでは、毎日のように飢餓で人が死ぬ。
それは日常の1ページだった。
そして、今日その1ページに選ばれたのは僕だったらしい。
事実、 僕は身体が全く動かせなくなっていた。
かたい地面の感覚を味わってるはずの頬も、ささくれだらけの手も生傷の絶えない足も、指先でさえも感覚がない。
ただ、寒いって感覚だけがあるだけだ。
もはや、飢餓すらも感じない。
わずかに眠気が押し寄せてくる。
この分じゃ、そうかからずに死ぬだろう。
確信があった。
♢
僕の人生は今まで、およそ浮上するようなことはなかったような気がする。それは1度たりともだ。
ずっと底辺で這いつくばっていた。
それは、スラムで物心ついた時から決まっていたことなのだろう。
なにせここには夢や希望といったものが存在していないのだ。
ここにあるのは、灰と汚泥とそれにまみれた人間のような何か。
それと、スラムに蔓延る腐敗臭と死臭、我が物顔で闊歩する病魔と害虫ども。
いづれも上の世界の連中たちから溢れ追いやられた、招かれざるものたちだ。
それ以外は何もない。
そんなところに生まれついたのだから僕の人生は悪い意味で決められていたのだろう。
ここから一発逆転なんてのは夢のまた夢。雲を掴むような夢物語だ。
むしろ、今まで生きていられたのが奇跡というもの。
これでも僕はいくらか幸運な方なのかもしれない……。
それにしても、僕の両親は一体、どこで何をしているのだろう。
まあ、会ったこともないし今更か。
とりあえずそんなだから、僕は期待や希望の抱き方さえ知らなかった。
ただ、僕は「理不尽だ」とか「なんで自分ばっか」みたいな呪いの言葉ばかりを思っていた。
世界の美しさというものを、疑い厭っていた。
何度も何度も恨んで、妬んで、諦めて。
段々と心もすり減って。
心が乾ききった僕は死ぬことも特段、恐れてはいなかった。
しかし、それでも僕は最期の最後、死ぬ直前になった時ふいにこう思ってしまった。
「もっと生きたかったな……」
思わず呟いていた。
自分でも、こんなことをまだ望むのかと驚いた。
まだ、生に何かを望むのかと呆れ返った。
今更、生きたところで何になるのだろう。
疑問も依然として僕の中に残っている。
だけど、死が僕の頬を撫でたとき切に願ってしまったのだ。
まだ生きていたいのだと。
それは、一種の本能か。はたまた、単なる気の迷いか。
しかし、それは過ぎた願いだったようで。
次第に視界は光を認識出来なくなり、あれほど酷かった寒ささえも朧いでいく。
僕の意識は次第に暗い暗い世界に落ちていった。
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