(0): 吸血少女の前日譚

<月光に照らされ少女の端正な顔立ちが浮かび上がっていた>


人間統治国家:セイクリッド帝国の王都と各地を繋ぐホーラッド街道のはずれ。

舗装された道の周りに広がるうっそうとした森。

周囲は夜なのもあり、あまり人通りはない。

あたりは風や森、川の声が聞こえるような静けさに包まれている。

ここには人影は一つしかない。


つまるところ、ここにいるのはボクだけだった。


~~~~~


この少し退廃しかけた世界をボクは一人、旅をしていた。


もっと正確に言うならばから逃げて旅をしていた。

逃げて逃げて逃げて、忘れようとして目をそらす。

簡単に言えば、現実逃避。

とはいえ、逃げているのは具体的な何かというわけでもなく目的地もあるわけではなかった。

ただ行くあてもなく、気分次第で東に行ったり、南に行ったり、そんな感じな根無し草。

明日の予定は明日決めるし、お金はあればあるだけ使う。

ボクの気ままな無計画旅。

とある事情には、いつか向き合わないといけないんだろうけどいったんは保留中。


とりあえず、そうして世界をまわってたんだけど……。


~~~~~


「はぁ……。散々な目に遭った」


夜道のはずれ、緩やかに流れる小川で顔を洗いながら呟いた。


「どうしても、バレちゃうんだよなぁ……」


ボクは水面に映った己を見て、そんなことを考える。


水面に映ったボクはネコミミフードのついた漆黒の外套に身を包んでいた。


「そんなに目立つかなぁ……?」


改めて自問するも


水面越しに自分の紅い瞳と目が合う。

水に移るボクは苦りきった顔で


「まぁ、目立つよねぇ……」


嘆息していた。


「これでも、ダメかな……」


ボクはフードを深く被り直した。


もう一度、水面越しに自分を見つめてみる。


「…………」


そこには顔の大部分にフードの影を落としたボクがいた。

顔のつくりは大方隠れている。

しかし


「見えちゃってるんだよな……」


フードの中からは紅い瞳と鋭い牙が覗いていてしまっていた。

それは他の人間たちとは明らかに一線を画するもの。

夜を見通す紅い瞳は爛々と輝き、肉に噛みつき血をすするための牙は鋭く尖っている。

それらが示すは異端、異形、異分子、異物。

行きつく先は畏怖、憎悪、厭悪、排斥対象。

即ち、人間の中で生きる吸血鬼ボクという生き物だった。


この世界で吸血鬼は人間の恐怖の対象だ。

故に、排除されるのも仕方ないことなんだと思う。


だから、こっちが吸血鬼だとバレないようにするしかないんだけど


ボクはどうしても隠しきることができなかった。

何らかの方法で隠しても、ふとした瞬間に姿を現してしまう。


そのせいでボクは、先程滞在していた街でもひどい目に遭った。


今回もボクの注意不足が招いた結果なんだけど。


でも、やられっぱなしはしゃくだからこれだけは言わせてほしい。


「まったく、これだから人間は……」


吸血鬼女の子の一人旅を邪魔するなんて……。


これは、その街での話だ。


♢♢♢♢♢


ボクの目の前を多くの、武装した男たちが通っていく。

大通りでは酒場や武器屋が軒を連ね、路地裏では下卑た怒声と甘い嬌声が木霊する。

喧嘩は日常茶飯事で誰も止めに入らない。

そんな、治安は悪いが経済は回る歓楽街。

ボクが今訪れているのは傭兵都市ロメルシアだった。



「さて、どうしようかな……」


誰にでもなく口に出す。


あたりはすっかり暗くなっていた。


まぁ、ボクがさっきこの街に辿り着いたときには暗くなり始めていたから当然なんだけど。

もっと早く辿り着けたらよかったんだけど、まぁそれは仕方ない。


とりあえずはこれからどうするかだ。


まずは、安い宿屋でも探そうか。

久しぶりにベッドで寝たい。

それとも美味しいご飯屋さんに入ろうか。

今はお肉の気分だ。


「うーん、悩ましい……」


この問題は実に難しかった。

睡眠欲をとるか、食欲をとるか。

答えは永遠に出ない気がする。


そんなことを考えていた時だった。


「ようよう、ねーちゃん、俺たちと遊んでいかねぇか?」


「ああ、そうだぜ。遊んでいこうや」


「俺たちと来いよ。最高にキモチよくなれるぜ」


不意に後ろから声をかけられた。


「ボク?」


ボクが振り向くとそこには、


「そうそう、ねーちゃんだよ」


「あってるあってる」


「ボクっ娘か、いいねー。へへ」


頭の悪そうな男たちが3人並んでいた。

いわゆる、ナンパというやつだろう。

ボクは普段、目の色と牙を変えているだけで、あまり気配は隠さない。

そのせいで時折、こうゆう輩に絡まれることがあった。

これからはもう少し、存在感を薄くしておこうかな。


「あー、悪いけどおにーさん達。ボクは今そういう気分じゃないんだ。悪いけど他を当たってくれないかな?」


勿論こいつらと遊ぶ気持ちはないから断る。

しかし、こいつらは


「まぁ、そうツレないこと言うなって。フードでよく顔は見えねぇが、ねーちゃん相当なべっぴんだろ。俺様にはわかっちゃうんだな、へへ」


「そうだよ、ねーちゃん。ちょっとだけでいいからさ。頼むぜ、楽しませてやるからよ」


「ああ、こう見えて俺ら上手いんだぜ。何がとは言わねぇがよ。ぐへへ」


下卑た笑いを浮かべながら言い募ってきた。


下品だな……、ボクはこいつらの言い草にどことなく不快感を覚えた。


どうやら、相当に頭が悪いらしい。

こいつらは品性と知性が全くと言っていいほどにないようだ。

楽しませると言いながらリアルタイムで不快にさせるとは恐れ入る。


「だーかーら、おにーさん達。悪いけどボクはおにーさん達と遊ぶ気はないの。わかったら行った行った」


ボクは早々に追い払おうとぞんざいにあしらった。

しかし、おにーさん達(笑)には、ボクの”NO”がわからなかったらしい。


「ホントにちょっとでいいから!」


「ね、1時間だけさ、楽しもうぜ」


「な、悪いようにはしねぇから」


尚も食い下がってきた。

ホントにしつこい。


「もー、めんどくさいな。行かないったら行かないの!」


だからバカにでもわかるように断ったら


「おいおい、その態度はないんじゃねぇか?」


「おう、それは生意気が過ぎるってやつだ」


「言い直すなら今の内だぜ」


おにーさんA.B.Cは口々に言い寄ってきた。


「はぁ……。もう、何度も言わせないでよ。だから、ボクはおにーさん達と遊ぶつもりはないの! というか、おにーさん達いつもそんなナンパしてるの? もし、そうなのだとしたら変えな。それ、ウケ悪いよ」


さすがにもう相手したくなくなって語気を強めて言う。

まぁ、これでも1%くらいに抑えた方なんだけどな。


だけど、このバカどもにはそれが許せなかったらしい。

みるみるうちに顔を赤く染め


「んだと、コラ!」


「おい、生意気つったよな!」


「忠告はしたぞ、おい!」


とても潤沢な語彙でボクを罵ってきた。


「ふーん、図星だったのか……。やっぱ、あんた達モテないでしょ。一目見たときから思ってました! ボクからのアドバイスとしては知能をもうちょっと高めた方がいいかなって思うよ。難しいだろうけどガンバってね☆」


ボクは少し楽しくなって、煽りに興が乗る。


結果、煽られたこいつらは


「このアマ……、ぶっ殺してやる」


「おい、身の程をわからせてやろうじゃねぇか! おい!」


「散々バカにしやがって、泣いてももう遅いからな!」


なんとも紳士的なことに、女の子1人に3人がかりで殴りかかってきた。

まぁ、その女の子が吸血鬼なんだけど。


「「「オラァ!」」」


振り下ろしてきた男達の大振りの拳を、ボクは難なく避けると


「遅いよ」


その中の1人に足払いをかける。


「グオッ」


男はあっけなく地面に打ち付けられた。

まずは1人目。


「アマ、やりやがったな。このっ!」


男たちはもう一度殴りかかってきたので


「だから、遅いって」


次は、その内の片方のあごに掌底をいれた。


「グハッ」


こいつも、一撃でノックアウト。

これで2人目。


「何しやがった、クソアマァ!」


最後1人になった男が突進しながら訊ねてきたので


「こうしたんだよ」


丁寧に教えてあげながら、みぞおちに拳をいれる。


「ウッ」


その場で男は崩れ落ちる。

これで全員。


「はぁ、何から何まで芸がなかったな…」

道に重なって寝ている男たちを見下ろして呟く。


それにしても、変な目に遭った。

今日は早めに宿屋を見つけて寝よう。

ボクは足早にその場を去った。



結局、適当な宿屋に入ったのだが値段の割に質が悪かった。

明日にでもこの街を出ようかな……。


〜〜〜〜〜〜


翌日。


「ふぁーあ」


宿屋のベッドの上であくび混じりにのびをする。


今日は昨日の疲れもあり、遅い目覚めだった。

とはいえ吸血鬼は本来、夜に活動すると考えれば相当な早起きなんだけど。

でも、ここは人間の街だ。

豪に入れば郷に従う、それがボクのポリシーだった。

よって、そろそろ活動しなきゃなんだけど。


「とりあえず、朝ごはんはいいかな……」


あとで昼をたくさん食べよう。

ボクはそんなことを考えながら街に繰り出した。


〜〜〜〜〜


昼のロメルシアは、夜とは違う顔をしていた。


大通りでは市が開かれており


「へい、らっしゃい! 新鮮な肉はいらねぇか?」


「いらっしゃいませ、お客様! 王都で流行りのウェーブドレスはいかがでしょうか?」


「安いよ安いよ! 水の滴る朝どれ野菜はいかがかな!」


「是非見てらっしゃい、お客さん。安価なものから高価なものまで、宝石輝く装飾品は興味無いかな?」


活気に溢れた声とそれに群がる人々で賑わっていた。


ボクもつい、声にひかれて露店を覗いてみる。


「おお、嬢ちゃんいらっしゃい! ここは衣類のお店だよ!何をお求めかな?」


店主が威勢のいい声で歓迎してきた。


「うーん、何ってわけでは無いんだけど、なんかいいのある?」


「そーか、なんかいいの、か。なら、嬢ちゃんが着ているマントの進化系みたいなのがあるんだが、見てくか」


「おー、見ていこうかな」


「よし、来た嬢ちゃん! 実はこれなんだが」


店主が見せてきたのはフード付きの黒いマントだった。

一点をおいて特筆すべきこともない。

しかしなるほど、ある一点が目を見張る進化をしていた。


なんと、そのマントのフードにはネコミミがついていたのだ!


「可愛い……」


思わず声が漏れてしまった。

しかし、それも仕方ないだろう。

それほど、ネコミミフードは可愛かったのだ!


「どうだい、買ってくかい?」


「もちろんだ!」


即決だった。

ボクはその場で金を支払うと、誰もいない路地裏でパッと着替えた。


「どう、似合う?」


先程の店主の元へ戻り尋ねてみる。


「おー、驚いた! 最高に似合ってるぜ!」


店主は手でグッジョブサインをつくり掲げた。

そんな似合ってるのかな。


「へへ、ありがと!」


「どういたしまして」


うん、実にいい買い物をした。

ボクはさらに幸福感に包まれる。


「じゃあ、ボクはそろそろ行くね」


「おう、そうか! 楽しめよ!」


「うん! それじゃあニャー」


「おう、また来いよー!」


ボクは楽しい気分で店をあとにした。


〜〜〜〜〜


その後も街を堪能した。


お昼ごはんを食べて、買い物をして、おやつを食べて……。

あっという間にあたりは暗くなって行った。

次第に街は昨夜のような歓楽街の顔を見せ始める。

その時だった。



「そ〜ろそろ夜ごはんを食べよ〜うかな〜 ♪」


気分もよくなっていたボクは鼻歌を口ずさみながら夜の街を歩いていた。


すると後ろから


「よー、ねーちゃん探したぜ」


下卑た声が聞こえてきた。


声の方へと振り返るとそこには


「へっへっ、よー、ねーちゃん昨夜ぶりだな」


昨夜ナンパしてきた男たちが立っていた。


「ああ、久しぶり。今日はなんの用?」


相変わらず品がない。

実に不快だ。


「へへへ、用って、わかってんだろ。お礼参りさ」


「昨日は、随分と暴れてくれたからな」


「俺らに手を出したらどうなるか、わからせてやらないとな」


男たちは口々に言い募る。


「で、今日もやられに来たわけね」


ボクは呆れながら、訊ねた。


すると男A(どれがAか知らないけど)は


「へっ、言うね。たしかにねーちゃんは強え。それは認める。だからよ、今日は人数を増やさせてもらったぜ」


恥ずかしげもなく言い切った。


なるほど、後ろには20人くらいA、B、C達と似たような男たちが控えていた。

彼らは揃って


「このねーちゃんをボコすのか?」


「へへ、その後が楽しみだぜ」


「ビビって、チビってんじゃねぇの」


下品な台詞を口に出していた。


「ふーん、そっか。で、いつ始めんの」


特に恐怖も感じないのでボクは適当にあしらう。

ホントに早く終わらせたい。


「くっ、つくづく生意気なねーちゃんだな……。いつ始めるのかって? そりゃ、今からだよ!」


男B(多分Bさんだと思う)は大声を出して殴りかかってきた。

A、C、その他後ろの男たちも続く。

女の子一人に20人がかりってプライドないのかな……。


「はぁ、学ばないね」


とりあえずボクは手近な男に飛び蹴りを入れ、ぶん投げた。


「なっ、このアマ!」


「やっちまえ!」


「ぶっ殺す!」


激昂した男たちは、また向かってきて……。


『ドカッ、バキッ、グシャ……♪』


~~~~~


結果は昨日と、同じだった。

ボクが一方的にこいつらをノックアウトして終わり。


「ホントに芸がないな……」


倒れた男たちの束をみて、呟く。

1周回って、ある種の畏怖まで抱きそうになっていた。


しかし、その時


「このっ」


まだ意識が残っていたらしい男Cがボクの顔な向かって石を投げてきた。


「うわっとと」


咄嗟に首を傾げて石を避ける。

結果、石自体は当たらなかったのだけどフードが外れてしまった。

ボクの顔があらわになる。


「危ないなぁ、もう」


ため息をつきながら男Cに近寄る。


その時。


「キャーーー!」


遠くから悲鳴が聞こえた。


「どうしたんだい?」


ボクは振り向く。

するとそこには、女性がこちらを見て表情を驚愕に染めていた。

そして、彼女は再度悲鳴をあげる。


「き、吸血鬼ぃ!」


それは、まぎれもないボクの事だった。


「吸血鬼だと」


「え、吸血鬼?」


「どういうことだ?」


周囲の者たちも悲鳴につられこちらを振り向く。

ナンパされてても助けないのに薄情なものだ。


それにしてもなんでバレたんだろう。


「おい、あの耳」


「目も紅いぞ」


「まさか、本物なのか!」


あ、そういえば、ボクが顔につけてた魔法って1日しか持たないんだっけな…。

それに、今フードも外れてるし……。


とはいえ、そうは言ってもあとの祭り。


「キャァー!」


「逃げろぉー」


「出てけ、バケモノ!」


「追い払え!」


「誰か、衛兵を呼べ!」


人々の反応は多種多様だった。

逃げる者、立ち上がる者、泣き出す者、いろいろな反応をボクは眺めていた。


「人間って、いろいろだねぇ」


とはいえボクものんびりはしてられない。


「仕方ない、逃げるか……」


ボクはパッと地を蹴り跳躍すると、屋根伝いに駆け出した。

走ってる時は、矢を放たれたり、松明を投げられたり、衛兵に囲まれたりと散々だった。


それでもボクは反撃はしなかった。

逃げられるしね。


ボクは一目散に逃げた。

脇目も振らずに逃げた。

遠くへ遠くへと逃げた。


散々走ったボクはなんとか街の外、それも街が見えなくなるくらい遠くまで辿り着くと近くの岩に腰をおろして


「はぁ、疲れた」


心から、そうぼやいた。


♢♢♢♢♢


「ホントに散々だったな」


水面に映るボクを眺めながら呟いた。


「まったく、ボクは悪い吸血鬼じゃないのにな……」


まぁ、人間にそれをわかれと言うのも酷なんだろうけど。


「それにしても、ちょっと汚れちゃったな」


お気に入りのネコミミマントが汚れてしまっていて少し残念だ。

これからは、着る場所を考えよう。


「では……よいしょっと、休憩完了!」


ボクは立ち上がって伸びをする。


「それじゃ、 次の街に行くかな」


次の街では正体がバレなきゃいいんだけど……。


ボクは次の街:王都に向かって歩き始めた。






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