エピローグ
※今回は2話同時に投稿しております。ご注意ください。
「段々と目立ってきたねぇ」
目の前に座る女性のやや張り出し気味のお腹を優しい眼差しで見つめつつ、【黄金の賢者】レメット・カミルティはそう告げた。
「はい。お医者様の診察では、経過は順調とのことです」
そう答えたのは、ジールディア・シン・アーリバル公爵夫人。かつて、漆黒の全身鎧に呪われていた女性である。
「そりゃ良かった。私も医学や医術の心得はあるけど、やっぱり専門家には及ばないからねん」
しかし、その呪いも既に過去。今の彼女は幸せの真っただ中だった。
生きた厄災とまで言われた【銀邪竜】との決戦から、二年の月日が経過している。
ジールディアが着ているのは、体に影響が及ばないようにとゆったりとした作りのドレス。だが、その素材や刺繍などの装飾は、公爵夫人としての格に見合ったもの。
そんな彼女たちがいるのは、まだまだ真新しいアーリバル公爵家の居城、その居間である。
【銀邪竜】との戦いの後、ライナスは正式にその生まれを公表してアーリバル公爵となり、今は公爵という身分に相応しい広大な領地を治めている。
「お
「そだねぇ……少なくとも、新しい孫の顔を見るまではここに居候させてもらうつもりだよん。後は…………まあ、
元々放浪癖のあるレメットである。今はジールディアと子の体調を心配して公爵家に滞在しているが、子が無事に生まれて母子の体調も落ち着けば、また旅に出るつもりなのだろう。
「いつでもお好きな時にここにお帰り下さい。ここは既にお義母さまの家でもあるのですから」
「今までの家だった黎明の塔は、完全に引き払っちゃったからねぇ」
かつて、レメットとライナスの家でもあった黎明の塔。だが、今は完全に無人となっている。
ライナスがアーリバル公爵となる際に、完全に引き払ったからだ。
引っ越し自体はそれほど難しくはなかった。ジールディアが持つ「次元倉庫」と「宵の凶鳥」があれば、一回往復するだけで引っ越しが完了してしまったからである。
「黎明の塔の入り口を守っていたゴーレムはこの城に移植したし、塔を管理していた執事のモロゥも、今じゃこの城にいるしねー」
かつて、黎明の塔の入り口の扉に設置されていた守護ゴーレムと、ライナスたちの身の回りの世話をしていた執事のモロゥも、今ではこの城の住人である。
守護ゴーレムは城の正面玄関に移植されて今でも守護役としての任務を全うしているし、執事のモロゥ──ライナスが造ったホムンクルス──も、公爵となったライナスの片腕として元気に働いている。
「そうそう、元気に働いていると言えば──」
「失礼します」
レメットの言葉を遮るように、若い男性の声が響く。ジールディアとレメットがその声の方へと視線を向ければ、そこには成人前後と思しき四人の男女。
「レディル、レアス、アルトル……そして、アイン。全員無事ですか?」
「はい、姉上……いえ、公爵夫人。夫人より依頼された魔獣の討伐、確かに我ら【雷撃団】が果たしました」
勇者組合に属するパーティ、【雷撃団】。その【雷撃団】は、アインザムをリーダーとして新体制となっていた。
今まで【雷撃団】に所属していたサイカス、ジェレイラ、ヴァルカン、コステロは、既に組合勇者を引退している。
銀の一族との戦いで高額の報酬を得たことで、彼らは引退を決意したのだ。
現在、サイカスとジェレイラは結婚して、アーリバル公爵領の領都であるクライドルーゼンにて宿屋兼酒場を経営している。
宿屋兼酒場と言っても実質は勇者組合の支部であり、サイカスは「勇者組合クライドルーゼン支部」の正式な支部長でもあるのだ。
「今の公爵領には仕事がたくさんありますから、多くの組合勇者が流れ込んでいますよ」
「副支部長のジェレイラだけじゃなく、コステロとヴォルカンもサイカスを手伝っているしねー」
アインザムの隣に立つアルトルが、にこやかに告げる。彼女が言うように、組合勇者を引退した元【雷撃団】のメンバーたちは、組合の職員として支部長のサイカスを支えている。
「私たちも、アインくんやアルトルちゃんとも上手く連携取れるようになってきましたし」
「最初の頃は、【黒騎士党】とは違い過ぎてあれこれ戸惑ったからね」
ライナスがアーリバル公爵となり、ジールディアがその妻となり。結果、【黒騎士党】は解散となった。
【黒騎士党】が解散となり、宙に浮いた形となったレディルとレアスには、多くのパーティから勧誘があったが、ジールディアやライナスとも相談した結果、丁度同じ時期に新体制となった【雷撃団】へ加入することになったのだ。
その際、ひとつのパーティに二人も弓使いがいるのはややバランスが悪いということで、レアスは得物を片手剣と盾へと切り替えた。
もちろん、時にはそれまで通りに弓を使うこともある。状況に応じて前衛も後衛もこなせるレアスは、新生【雷撃団】の重要な戦力となっている。
「できれば、コステロやライナス様みたいな魔術師が欲しいところだけど、なかなかいい人材がいないんですよねー」
「魔術師自体が少ないうえに、ライナスやコステロ殿のような実力者ともなれば……どうしても数が少なくなりますね」
アルトルの言葉に、ジールディアが微笑む。
最初こそ公爵夫人であり、アインザムの姉であり、何よりあの【黒騎士】の中身であるということで、ジールディアに対してかなり緊張していたアルトルも、今ではすっかり打ち解けている。
なお、勇者組合の【黒騎士】の中身が絶世の美女であるという噂は、【銀邪竜】との戦いが終わった後、瞬く間に世間に広まった。
それまで、悪魔か悪鬼の化身のように恐れられていた【黒騎士】だが、【銀邪竜】の討伐、先王【漆黒の勇者】と【黄金の賢者】の間に生まれた息子であると公表された、アーリバル公爵の妻となったこと、そして、【黒騎士】の正体が前々から美姫として評判の高かったナイラル侯爵家のジールディア・ナイラルであることも伝わったことで、今ではすっかり英雄扱いとなっている。
ただし、【銀邪竜】との戦いの際、黒い鎧を脱ぎ捨てたジールディアが、肌も露わな黄金の鎧──ビキニアーマー──と黄金の剣で【銀邪竜】を討伐した、という話が広まっているのだが、おそらくこれはあの時現れたデュラハンたちとジールディアが混同してしまったからだろう。
噂など、広がるにつれてどんどんいろいろなものがくっついていく。その過程で、ジールディアとデュラハンがいつの間にか同一視されてしまったようだ。
「まーねー。あれだけ多くの騎士や兵士たちが見ている前で裸になっちゃったからねー」
「…………【黒騎士】の噂を聞く度に、恥ずかし過ぎて死にたくなります……」
「だめですよ、ジール様。ジール様のお腹には、新しい命が宿っているのですから、間違ってもそんなことを考えては、ね?」
真っ赤になった顔を両手で覆うジールディアを慰めるのは、この城で侍女として働くハーデである。
レディルたちとその両親は、ライナスがアーリバル公爵として叙せられた際、恩人である二人の力になるため、家族でアーリバル公爵領へとやってきた。
父のストラムは庭師兼猟師として、母のハーデは侍女として、ジールディアたちを陰から支えている。
「ジールちゃんが死にたいとか言い出したら、ウチの愚息が何をしでかすか分かったものじゃないからねー。嘘でもそんなことを口にしちゃだめだよん」
「いくら俺でも、噂の拡散を止めることはできないぞ」
背後に執事であるモロゥを従えつつ、レメットの言葉に応えながら居間へと入ってきたのは、もちろんこの城の主人であるライナス・シン・アーリバル公爵である。
ライナスはそのままソファに座る妻の隣に腰を下ろすと、軽く抱擁しながらその額に唇を落とす。
「医師から聞いた。順調のようだな」
「はい。もちろん絶対とは言えませんが、このままならまず母子ともに問題はないそうです」
「それは重畳」
「それはいいとして、ライナスちゃんとしてはどんな心境? 愛する妻が、英雄譚の中とはいえあられもない姿で活躍するのは?」
うひひ、と笑みを浮かべたレメットが問う。
その問いに対し、ライナスはむっとした表情を隠そうともせずに淡々と告げた。
「……今や領民たちの最大の娯楽と言ってもいい『【黒騎士】の英雄譚』を、一方的に禁止するわけにもいくまい」
明らかに不承不承。それが分かるだけに、ライナスとジールディア以外の者は苦笑するばかり。
「ホント、ライナスちゃんはジールちゃん一筋だよねぇ。ルードちゃんもあれで奥さんにベタ惚れだし、息子たちは父親には全然似なくて良かったよ」
「いいじゃないですか、レメット様。ジールさんとライナスさんが仲良しなのはいいことですよ!」
「そーそー。領主様と奥様の仲がいいことは、城下町でもすごく有名ですしねー」
レディルとアルトル、二人の少女が楽しそうに言う。
アルトルの言うように、ライナスとジールディアの仲睦まじい様子は、城下町でもかなり有名である。ほとんどの領民が公爵領を継ぐ次代の公爵が誕生するのを待ちわびている。
「ジールちゃんたちはいいとして、そーゆー君たちはどうなん? ほれほれ、おばちゃんに聞かせてみ?」
相変わらずにたにたとした笑みを浮かべるレメット。その彼女にそんなことを言われた
「姉さんたちのことなら放っておいても大丈夫だよ。最近、特に三人で仲良しだし」
そういうのは、もちろんレアスである。姉であるレディルと、新生【雷撃団】のリーダーであるアインザム、そしてそのアインザムに前から心を寄せていたアルトルの三人は、あれこれあった結果三人で「仲良く」なったらしい。
「アインたちのことに口出すつもりはありませんが、不誠実なことだけはだめですよ?」
「そ、それは当然……しっかりと責任は取るつもりです!」
赤面しつつもそう断言する弟に、ジールディアはちょっと複雑な笑みを浮かべた。
二人の少女に手を出している時点で、すでにあまり誠実とは言えないのだから。
それでも、当事者である三人が納得しているのであれば、それはそれでいいだろうと彼女は思うのだった。
「ライナス、政務の方は問題ありませんか?」
「最初こそ慣れない政務に振り回されたが、さすがに二年も経てば要領も得るさ。それに、ルードが優秀な人材を用意してくれたからな」
ここアーリバル公爵領は、ライナスが領主として正式に受け継ぐまでは王家の直轄地となっていた。そのため、この地には相応な数の人材が派遣されていたのである。
もちろん、本来の領主である国王の目が届かないのをいいことに、あれこれ私腹を肥やす可能性のありそうな人材は最初から除外され、信頼できる者ばかりが代官や役人としてこの地を治めていた。
本人たちとシャイルード王の了承を得た上で、その代官や役人たちをそのまま公爵家の家臣として取り入れたのだ。
現在ではその代官たちが新領主を支え、アーリバル公爵領の運営に力を貸している。
「陛下がまたここにいらしたら、改めてお礼を言わねばなりませんね」
「ほどほどに、な。あまり持ち上げ過ぎると、あいつはどこまでも舞い上がるぞ」
「うんうん、あの子の調子に乗りやすいトコはウチの宿六そっくりだよねー」
王都とこのアーリバル公爵領とは、それなりに距離がある。なのに、国王として忙しいはずのシャイルードは、ちょくちょくこの地を訪れるのだ。
名目上は直轄地から公爵領へと変わったこの地の視察らしいが、彼の目的が全く違うことをこの場の誰もが承知している。
「──我が主よ」
突然、居間の窓の外から巨大な黒い顔が覗いた。
「ルザート。どうかしたの?」
「今、主たちの声が聞こえた。また
どこかげんなりとした様子が見て取れる、巨大な顔。本来、人間がその表情を理解するのは非常に難しいのだが、この時は誰もがルザートと呼ばれた存在の心境を理解できた。
竜の表情など、人が理解するのは難しいだろう。
そう、竜だ。ジールディアにルザートと呼ばれたのは、ルドラル山の【黒魔王】と呼ばれていたあの巨大な黒竜なのである。
【銀邪竜】との戦いの後、【黒魔王】はジールディアと一緒にいたいと言い出したのだ。他の竜たちも同意見のようで、どの竜も主であるジールディアの傍を離れたくないようだった。
さすがに18体もの竜と一緒に行動するわけにもいかず、竜たちの代表として【黒魔王】がアーリバル公爵領に棲みつくこととなった。ジールディアから改めて「ルザート」という名を与えられた【黒魔王】は、今は城の庭に建てられた竜舎を新たな塒としている。
そして、城に棲みついたこのルザートこそが、シャイルードが頻繁にここを訪れる理由だった。
「俺のことをこの黒竜に認めさせてやる! そして、いつか黒竜に乗って空を飛ぶんだ!」
というのがシャイルードがこの地を訪れる真の目的だ。
どうも【銀邪竜】との戦いの際、ルザートの背に乗った【黒騎士】の姿が忘れられないらしい。
竜の背に乗るためには、その竜に自身を認めさせる必要がある。そのためシャイルードは、暇を見つけてはアーリバル公爵領を訪れ、ルザートに挑戦している。
とはいえ、さすがのシャイルードでも竜と一対一で戦って勝てる道理もなく、いまだに目標は達成されていない。
ルザートの方も、何度も何度も挑戦してくるシャイルードに段々嫌気を覚えているようで、国王の訪問をかなり嫌がっていた。
さすがに大きな怪我を与えるなと主であるジールディアから命じられているのもあり──多少の怪我はシャイルードも周囲も納得済み──、手加減して相手をしているようだが、何度も何度も挑まれるのはルザートとしてもアレのようである。
「もしもまたアイツが来るようなら、予め教えて欲しい。しばらく我はこの地から離れるゆえ」
「あははー。ルードちゃんも嫌われたものだねん」
けらけらと笑うレメットに、皆も同意見らしく何度も頷いている。
「そうだ、【雷撃団】に新たな依頼があるのだが……構わないか?」
ふと思い出したのか、ライナスがアインザムたちへと視線を向けた。
「もちろんですよ、
胸を張り、にっこりと微笑むアインザム。
最近彼は、勇者組合の階位を仲間たちと共にどんどん上げているらしい。既に一桁代にまで食い込み、このまま更に階位を上げるだろうと期待されている。
現在の勇者組合の階位は、組合創設者にして不動一位の【漆黒の勇者】を筆頭に、二位に【白金の賢者】と並んでいる。
かつては第三位に【黒騎士】の名前があったのだが、その【黒騎士】は組合勇者を引退したため、現在では別の者が第三位に名を連ねている。
最近、巷で【炎槍】の二つ名で呼ばれるようになったアインザムが、第三位まで上り詰めるのもそう遠くはないだろう。
「はぁ。公爵様からの仕事はありがたいけど、連続はキツいからちょっとぐらいは休もうね、アインくん?」
「そうだね。私もちょっとだけ休憩したいかな?」
姉の言葉に、レアスも頷く。
「ああ、そんなに急ぎの依頼でもないから、数日はゆっくりするといい」
「はあ。私も身重な体でなければ、アインたちと一緒に行くのですが……」
「公爵夫人がそんな真似をするのはどうかと思うぞ?」
「あら、少しぐらい体を動かすのはいいことではないですか?」
「そうは言ってもな。公爵夫人が
ライナスがそう言うと、この場に居合わせた全員がとある方へと視線を向けた。
皆の目が向かう先。
そこには、起立する黄金の全身鎧と、壁にかけられた三つの武器。
かつて、「ヴァルヴァスの五黒牙」と呼ばれた武具たちである。
遥か過去へと召喚されたジールディアが、五王神から祝福と加護を受けたことで五黒牙の呪いは消え去った。
だが、武具としての性能までは消えなかったのだ。
一度は粉々に砕けたウィンダムでさえ、数日で完全に元通りの姿で復活したほどである。
かつて漆黒で禍々しかった武具たちは、今では神々しいまでの黄金の輝きを放つ神秘的な武具へと変化を遂げた。
王権の象徴であるエクストリーム以外の武具たちは、こうして今も使い手であるジールディアの傍に存在するのだ。エクストリームでさえ、ジールディアが召喚すればすぐに彼女の手の中に現われるだろう。
「もしかすると、ライナスちゃんとジールちゃんの子供か孫……子孫の誰かがこの武具を受け継ぐ日が来るかもしれないねぇ」
「そのためには、たくさんの子孫を残さねばならないな」
「………………………………………………もう。ライナスのばか」
ライナスの視線と言葉の意味を理解して、ジールディアはその美貌を赤く染め、視線を逸らせた。
「だが、今はまず、腹の中の子を無事に産むことだけを考えてくれ」
「…………はい」
やや上目遣いで愛する夫を見つめながら、ジールディアは優しく微笑む。
誰からも恐れられ、避けられ続けた【黒騎士】はもういない。
今のジールディアは、愛する夫や家族、そして仲間たちに囲まれた、幸せの只中にいるただの女性で。
そんな彼女を祝福するかのように、黄金の武具たちが陽光を反射してきらりと輝いた。
~~~ 作者より ~~~
以上をもちまして、『無敵の黒騎士は呪われている』の本編は完結となります。
連載開始から3年近く、お付き合いいただいた方々に御礼申し上げます。本当にありがとうございました(当初の予定では、1年ぐらいで終わるはずだったのに)。
本編はこれにて完結ですが、番外編を3話か4話ほど続けるつもりです。
まあ、番外編なので、主役は【黒騎士】様ではなく、「あの方」なのですが……誰が主役となるのかは、後日に公開するまで内緒ということで(笑)。
番外編は書き上がり次第、一気に全話投稿しますので、しばらくお待ちください。
最後に、ここまで読んでいただいた全ての方に心より感謝を。
完結まで辿り着けたのは、全て読んでくださった方々のおかげであると思っております。
では、またどこかでお目にかかれることがあることを祈りながら。
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