黒騎士ではなくなった黒騎士

 ──ぴしり。

「では、陛下。お預かりしておりましたエクストームをご返還いたします」

「おう、ご苦労。今回の褒美は後日正式に、大々的に発表する予定だからよ。まあ、期待しておけ。それだけのことをおまえはやってのけたんだからな!」

 ジールディアはその場に片膝をつき、貸与されていたエクストリームを恭しくシャイルード王へと返還する。

「しっかし、もうそのエクストリームは『黒地剣』じゃなくなっちゃったねー。今後は『黄金神剣』とでも呼ぼうか? 何かその剣、神気だだ漏れだし」

「お、それいいな、オフクロ! よし、んじゃま、今後この剣の銘は『黄金神剣エクストリーム』な!」

 ──ぴしり。ぴしり。

「しかし……まさかほぼ一人で【銀邪竜】を倒してしまうとは……」

「さすがは我が娘だ! 父親として、おまえのことを誇らしく思うぞ!」

 半ば呆れているサルマンと、何とも嬉しそうなトライゾンが言葉を交わす。

「うーん……ねえ、ジールちゃん。さっきからどうしても気になっていることがあるんだけど……」

 ──ぴしり。ぴしり。ぴしり。

「どうかされましたか、レメット様?」

「もう、ジールちゃんってば。私のことは『おさん』って呼んでって言っているのにぃ。って、そうじゃなくてさ。その鎧のことだけどね」

「なぜか黒から黄金に変わってしまったこの鎧か。確かに俺も気になっているが」

「でっしょ? ライナスちゃんも気になるよね? その鎧、明らかに神気を放っているし。もしかしてその鎧、もう解けているんじゃない?」

 ──ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。

「解けている? 解けているとは?」

「もう、だからさ、その鎧の呪い────」

 ──ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。

 ──ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。

 ──ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。

 ──ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。ぴしり。

「…………さっきから何か音がしていませんか?」

「うん、僕も聞こえる。これって何の音?」

 レディルとレアスが小さな音に気付き、周囲を見回す。それに釣られて、他の者たちもようやくこの小さな音に気付いた。

「音だと……? うむ、確かに聞こえるな」

「なんだぁ、この音? どっから聞こえてくンだ?」

「ジールから聞こえてくるような気がするが……」

「サルマン、おまえもか。私も我が娘から聞こえてくる気がするぞ」

 ジールディアとシャイルードが周囲を見回し、サルマンとトライゾンがジールディアへと視線を向けた。

「なー、なー。さっきからコイツのことを娘とか言っているけど、やっぱり【黒騎士】って女なのか? そろそろ教えてくれよなー。教えてくれたっていいだろー?」

「もー、アジェイちゃんは少し黙っていてくれるかなぁ? 今、重要な話をしているんだよね。後で詳しいことを説明してあげるからさ。で、その鎧なんだけど…………」

 ──ぴし、ぴし、ぴし、ぴし、ぴし、ぴし、ぴし、ぴし。

 聞こえてくる音はどんどん大きくなり、その間隔も狭くなっていく。

 そして。

「お、おい、ジルガっ!!」

 珍しく切羽詰まったライナスの声。

 その声に反応した者たちは、確かに見た。

 ジールディアが纏う黄金の鎧。その神々しく輝く鎧の表面に、無数のヒビが走っているのを。

 皆が見つめる中、ヒビの数はどんどん多くなり、ヒビそのものも大きくなり。そして。


 ──────ぱりん。


 乾いた音と共に、ジールディアを今日まで縛り付けていた魔鎧が、粉々に砕け散ったのだった。




「ひやあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 突如、白日のもと、しかも大勢の騎士や兵士たちが見つめる中──ジールディアたちと兵士たちとはやや距離が開いているものの──、裸身を晒すことになったジールディア。

 その白皙の美貌を瞬く間に真っ赤に染め、両手で豊かな胸を隠しながらその場に蹲る。

 いくら蹲っても背中とお尻は丸出しだが、今の彼女にそこまで考える余裕はない。

 そして、慌てたのは彼女だけではなかった。

「じ、ジールがっ!! わ、わ、私のジールがっ!!」

「お、落ち着け、トライゾン! 私の首を絞めてもな、何の解決にも……うぐっ!!」

「れ、レディル、レアス、『宵の凶鳥』に戻って、毛布か何かを持ってきてくれ!」

「は、はい! ライナスさん!」

「姉さん、急ぐぞ!」

「おおおおっ!! ホントに【黒騎士】は女だったのかよっ!! しかもすげぇいい女じゃねえか! おい、シャイルード、この女を紹介してくれ!」

「ば、ばか言ってンじゃねえぞ、このすかぽんたぬき! 兄貴がすっげぇ恐ぇ目で睨んでンのが分かんねーのかっ!?」

「んんー、やっぱそうじゃないかにゃー?」

 ライナス、シャイルード、トライゾン、サルマンが壁になり、他の騎士や兵士たちからジールディアの裸身を隠そうと必死になっていると、レメットが突然シャイルードを蹴り倒した。

「お、オフクロ? い、一体何ごとだよっ!? 一応、オレ、王様なんだけどっ!?」

「王様だろうがなんだろうが、私にとっては将来の義娘むすめの方が大事なの! てなわけでちょいと借りるねん」

 と、蹴倒したシャイルードが纏っていたマントを強引に剥ぎ取るレメット。そして、そのマントでジールディアの裸身を覆い隠した。

「お、おい、母さん? マントでは意味がない──」

 ジールディアを縛る黒鎧の呪いは、黒鎧以外の「着るもの」を破壊する。マントも衣類に分類される以上、それで彼女の裸身を隠そうとしても意味はない。

 そう言いたかったライナスの言葉が途中で途切れ、その視線はマントで裸身を覆い隠したジールディアへと向けられている。

「ジール……もしかして……」

「ら、ライナス……マントが……わたくしが羽織ってもマントが破れません……」

「呪いが……解呪されたのか……? しかし、何が原因で……?」

「うーん……そればっかりは私にも分かんないにゃー」

 これもまた、レメットとライナスにも分からないだろう。

 黒魔鎧に呪いをかけたのは【獣王】本人である。理由は、自分以外の者に五黒牙を使われることを恐れたから。

 黒魔鎧ウィンダムの防御力を突破することが可能なのは、同じく五黒牙の武器類のみ。

 そして、五黒牙の中核はウィンダムである。そこで【獣王】は、ウィンダムに自分以外の者が装着すると呪われるように細工した。

 神々の頂点に立つ【五王神】。その五柱の神々と同格の神格を有する【獣王】が施した呪いであるため、どんな神器や遺産を用いても黒魔鎧の呪いを祓うことはできなかった。

 ならば、【獣王】と同じ神格を持つ【五王神】であれば。

 【獣王】が仕掛けた呪いを、【五王神】の力を以てすれば解呪できても不思議ではないだろう。

 ジールディアは「神月の闘争の時代」に召喚された際、五柱の神々からありったけの加護と祝福を授けられた。言わば、黒魔鎧に施された呪いの五倍の加護と祝福を授かったのだ。そのため、【獣王】の呪いがどれだけ強力であろうとも、抗うこともできずに消し飛んでしまったのである。




「おお、ジール! 遂に呪いが解けたんだな!」

 愛娘の身を蝕んでいた呪いが遂に解けた。【銀邪竜】を倒した時以上の喜びを露わにしたトライゾンが、その身を抱き締めようと両腕を広げながらジールディアへと駆け寄る。

 しかし。

「ライナス! これで……これで……わたくしは胸を張ってあなたと…………っ!!」

 輝くような笑顔を浮かべたジールディアは、羽織っただけのマントが脱げ落ちることさえ気にせず、想い人へと駆け寄って抱きついた。

「たとえ君が鎧に呪われたままでも、妻に迎えるつもりだったさ」

 愛する女性の裸身を隠すため、薄い土壁を自分たちと他の者たちの間に作り出しながら、白い魔術師はジールディアをしっかりと抱きとめる。

 そしてライナスが作り出した土壁の外では、腕を広げたままトライゾンが固まっていた。

 呪いの解けた愛娘を抱き締めようとしたが、当の愛娘は彼を無視して想い人の腕の中へと駆け込んでしまった。

 顔中に浮かべた笑顔を引き攣らせ、トライゾンはぴくりとも動かない。

 そんな彼の肩へと。

 旧友が哀れみを浮かべ、悪友が何とも楽しそうに手を置いた。

「まあ、気にするな。父親の扱いなんて想い人の前ではこんなものであろう……特に娘の場合はな」

「なあ、どんな気分? 今、どんな気分? 大切な愛娘にまるっと無視され、真横を走り抜けられたのってどんな気分? 是非是非、教えてくれませんかねぇ?」

「さあさあ、馬鹿やってないでそろそろ引き上げるよー? あ、レディルちゃんはジールちゃんに何か服を届けてあげてね? 呪いが解けた以上、毛布なんかじゃなくてちゃんとした服を着せてあげないとねん」

「はーい、分かりました! でも、ジルガさん……じゃなくてジールさん、遂に呪いが解けたんだぁ」

「ああ、本当に良かったよな」

 ジールディアが着るための服を求めて、再び「宵の凶鳥」へと戻るレディルと、そんな姉の背中を喜びの表情を浮かべたままで見送るレアス。

 幼くても男であるレアスが、ジールディアの服を届けるわけにはいかないからだ。

「よぉぉぉぉぉぉしっ!! 【銀邪竜】は斃した! 姉貴の呪いは解けた! これで万事解決ってもんだ!」

 と、機嫌良さそうにシャイルード王は続ける。

「聞け! 全ての王国軍の勇士たちよ! これより我らは王都に凱旋する! オレたちの──ガラルド王国の勝利だっ!!」

 天に掲げたハクロの刃がきらりと輝く。

 同時に、改めて王国軍の騎士兵士たちから歓声が上がる。

 生きる厄災とまで言われた【銀邪竜】ガーラーハイゼガを巡る戦いは、こうして一人の戦士の活躍で、ガラルド王国の勝利と言いう形で幕を閉じるのだった。


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