帰って来た黒騎士
──げろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。
一際大きな【銀邪竜】の咆哮が戦場に響き渡る。
その咆哮は、【銀邪竜】の勝利宣言だったのだろう。
30分近く、その場で飛び跳ねていた【銀邪竜】。
さすがに30分も無呼吸で生きていられる人間は存在しない。【銀邪竜】もそれを分かっていた。
【銀邪竜】の体に比してあまりにも小さな「敵」は、小さすぎて自分の腹の中に収まっているのかさえ分からないが、さすがにもう死んでいるに違いない
【銀邪竜】は確信したのだ。自分があの小さくも恐ろしい「敵」に勝利したことを。
だからこそ、高らかに勝利の勝鬨を歌い上げたのだ。
この戦場に群れている、他の小さなモノどもに聞かせるために。
おまえたちの希望は潰えた。もうおまえたちに勝利は訪れない。
あとは我の思いのままに蹂躙するのみ。
この地上に存在するありとあらゆる生き物を死滅させ、その後にこの世界を我らの楽園へと変えていこう。
水と泥が世界中を覆う、自分と自分に従うモノたちの楽園へと。
銀の一族も【小邪竜】も倒されてしまったが、なに、また産み落とせばいいだけだ。
ああ、何とも気分がいい。こんな清々しい気分はいつ以来だろうか。
気持ちが高ぶった【銀邪竜】は、天へと向かって再び咆哮する。
だから。
だから、【銀邪竜】は気づくのに遅れた。
自身の背後、その上空に。
黄金に輝く「何か」が突如現れたことに。
【銀邪竜】の巨大な眼。その視野はとても広い。その広い視野の片隅に何やら光るものが現れたと思った瞬間。
生きる厄災とまで呼ばれた【銀邪竜】ガーラーハイゼガの意識は、そこで途絶えるのだった。
高らかに勝利を歌い上げる【銀邪竜】。
対して、ガラルド王国軍の全ての騎士兵士たちは、絶望の底へと叩き落とされていた。
彼らの唯一の希望が潰えた。
【銀邪竜】と互角に渡り合える唯一の存在が食われてしまった。
武器を取り落とし、膝をつき、馬から転がり落ちる。
シャイルード王やアジェイ・サムソン最高司祭も例外ではない。
彼らははっきりと自分たちの敗北を悟ったのだ。
絶望の呻き声を上げる者。無言で大地に蹲る者。涙を流して空を見上げる者。
騎士兵士たちは、敗北を胸に刻み込まれたのだ。
それでも、一部の者は最後まで抗うつもりでいる。
シャイルード王は、力なく垂れ下がった自身の腕に何とか力を込め、手にしたハクロの剣を振り上げた。
そして、王国軍全ての兵士に命令を下そうとする。最後の一兵まで。その命が尽きるまで。
たとえ勝利を得ることは叶わずとも、最後の最後まで戦い抜け、と。
騎士兵士たちにそう命じるために顔を上げたのだ。
その時。
彼の視界の隅に何かが輝いた。
正面にいる【銀邪竜】、その更なる背後の空で、何かがきらりと輝いたのだ。
── 一体何が?
シャイルード王がそう思った時。
上空より神々しいまでに清冽な黄金の光が迸り、【銀邪竜】の巨体を貫いた。
その存在に最初に気づいたのは、【黒魔王】だった。
自らが認める主。その主が【銀邪竜】に飲み込まれた。その瞬間を【黒魔王】も他の竜たちも確かに目撃した。
それでもなお、彼らには信じられなかった。
自分たち竜を殺すことなく瞬く間に制圧し、彼らが主と認めた存在が。
たとえ相手が生きる厄災とまで言われた巨大な邪竜であったとて、あっさりと敗北するわけがない、と。
信じられない。信じられるわけがない。この場にいる全ての竜たちが同じ思いを胸に抱く。
自分たちの主は敗れてはいない。ヒトとは違う竜たちはそう信じた。
だからこそ、それにいち早く気づくことができたのだ。
【銀邪竜】の背後の空。
そこに、彼らの主の気配がはっきりと存在することに。
だから、【黒魔王】は。他の全ての竜たちは。
主の生存を確信し喜び、悦び、歓び、一斉に咆哮したのだった。
「あ、あれは…………なに……?」
空に浮かぶ「宵の凶鳥」の上で。
自分たちとほぼ同じ高度にきらりと輝くものがあることに気づいたのは、やはりレアスだった。
空の一点。そこに黄金に輝く「なにか」がいた。
最初は弱々しい小さな点だった。だが、その小さな点はどんどん大きくなり、やがて神々しい黄金の光を周囲に放ちながらそこに存在した。
「あ、あれは…………」
「ま、まさか…………」
弟の様子がおかしいことに気づいたレディルが、彼の視線の先を追う。そして、そこに強烈なまでの黄金の光を見た。
その清冽なまでの光の中で、蠢くように存在するもの。それが、彼女たちがとてもよく知る姿をしていることに気づく。
「ジル……ガ…………ジルガなのか…………?」
ライナスもまた、その強烈な黄金の光に気づいた。そして、その光の中心に存在するものが、自身が最も愛する存在であることにも。
しかし、違う点もある。
ジルガは──いや、ジールディアはあの禍々しい黒鎧ではなく、神々しいまでに黄金に輝く鎧を纏っていたのだ。
意匠は確かに黒魔鎧ウィンダムと全く同じ。だが、それまで黒魔鎧が放っていた禍々しい気配は微塵もなく、あるのは神々しい黄金の輝き。
彼女が手にした黒地剣までもが、神々が鍛えた聖剣のような神気を放っている。
「一体何が……どうして【銀邪竜】に飲み込まれたはずのジールちゃんがあそこに……」
いかな【黄金の賢者】レメットとて、【白金の賢者】ライナスとて、さすがに想像することもできないであろう。
【銀邪竜】に飲み込まれたはずのジールディアが、舌に搦め捕られる
そして、【五王神】から授けられた強烈な加護と祝福は、本来黒いはずのウィンダムを聖魔反転させ、今なお消えることなく強烈なまでの神気を放つ黄金の
二人の賢者だけではなく、この戦場にいる誰にも想像することさえできなかったのである。
気づけば、彼女は再び宙にいた。
そして、眼下に巨大な銀色のカエルが鎮座していることにも気づく。
「むぅ? 【銀邪竜】だとっ!?」
どうして自分がまた宙にいるのか。どうして目の前に【銀邪竜】がいるのか。
ジールディアは全く理解できていない。
だが、目の前に宿敵たる【銀邪竜】が存在している以上、彼女がすることはただひとつ。
落下しつつ、ジールディアは再びエクストリームを振りかぶる。
いまだ黄金の輝きを宿す
そして、放たれるは神気を宿す黄金の奔流。
自身の勝利に酔いしれている【銀邪竜】は、気づいた時には神気を宿した一撃に飲み込まれた。
ジールディアの才気と技量。
聖鎧と神剣へと変じたウィンダムとエクストリーム。
そして、強烈なまでの【五王神】の加護と祝福。
その全てが黄金の輝きとなって空を駆け、空間さえも斬り裂いて。
巨大な【銀邪竜】の体を真っ二つに両断してのけた。
それは【獣王】を両断した時の再現であったが、それに気づく者など当然ながら存在するはずもなく。
【銀邪竜】を斬り裂き、大地さえも深くえぐった黄金の奔流は、徐々に弱まりやがて静かに消え去った。
そして。
どすん、という重々しい落下音と共に【黒騎士】が──いや、「黄金の戦士」が大地へと帰り着いた時。
歓声を上げるはずの王国軍の騎士や兵士たちは、何が起きたのか全く理解することもできず、ただただ呆然とするだけだった。
立ち上がったジールディアは、ゆっくりと周囲を見回した。
今、彼女の目の前で、両断された【銀邪竜】の体がゆっくりと崩れていく。
命が消えたことで同時に全ての魔力をも失った巨体は、自重に耐えることさえできずに崩れているのだ。
そして、崩れた肉片は小さな銀の砂塵となり、戦場に流れる風に乗って吹き飛ばされていく。
「ふむ……何かよく分からないことばかり起きたが……どうやら、我らの勝利のようだな」
ジールディアは黄金の神剣へと変じたエクストリームを高々と掲げる。
そして。
「聞け! ガラルド王国の全ての兵たちよ! 【銀邪竜】はこの私、勇者組合のジルガが討ち取ったっ!!」
風に乗って広がる勝利の宣言。
それはゆっくりと王国軍の兵士たちの心の中に沁み込み、やがて歓喜となって爆発した。
王国軍のあちこちから大きな歓声が上がる。
「【黒騎士】ジルガ」を称える声。勝利を祝う叫び。そして、生きる厄災を遠ざけることに成功した喜び。
その場に跪いて神に感謝の祈りを捧げる者。
生き残った全ての者たちが、全身で喜びを表す。
そんな中、上空からがらがらと車輪が回転する音が響く。見上げれば、メタリックに輝く何台もの空飛ぶ戦車が空の彼方へと消えていくところだった。
戦死した者たちの魂を回収し終えたデュラハンたちが、冥府へと帰っていくのだ。
その中で、最後に残った五台の戦車が上空でゆっくりと旋回し、その戦車を操るデュラハンたちが笑顔と共に手を振りながら姿を消していった。
「デュラはんとその姉妹たちよ…………君たちの助力に感謝する」
空を見上げながらそう呟いたジールディアのすぐ近くに、「宵の凶鳥」が着陸する。そして、その中から鬼人族の姉弟が飛び出してきた。
「ジルガさん! ジルガさん! 良かった! 無事でよかったよぅっ!!」
「ホント、最後の最後までジルガさんはジルガさんだったねぇ」
涙を流しながらジールディアに抱き着くレディルと、姉と同じく涙を浮かべながら微笑むレアス。
そして、そんな姉弟の後を追うように、ライナスも姿を見せる。
「ジルガ……無事なんだな?」
「うむ、心配をかけたな。だが、私はこの通りだ」
「一体、何があったんだ? 君は確かに【銀邪竜】に飲み込まれたはずだ。それに、その鎧は……?」
「うむ……実は私にもよく分からん……ん? 鎧だと?」
ライナスに言われて、ジールディアは初めて自分が纏う鎧が黄金に輝いていることに気づいた。手にしているエクストリームが黄金の輝きを放っていることには気づいていたが、鎧までもが黄金になっているとは気づいていなかったのだ。
「うぅむ……本当に何が何なのやら……」
「まーまー。その辺りのことは後でゆっくりと話をしよーよ」
最後に、「宵の凶鳥」からレメットが降りてくる。彼女は賢者らしく興味深そうに黄金へと変化したウィンダムを観察する。
「ふーむ。ジールちゃんのこの鎧、間違いなく神気を放っているね。これってもしかして──」
レメットが更に言葉を続けようとした時、遠くから数騎の騎馬が駆けてきた。その騎馬の先頭に立つのは、シャイルード王だ。
「オフクロ! 兄貴! ジルガ! とうとうやりやがったな!」
他にも筆頭宮廷魔術師であるサルマンや、ジールディアの父親にして騎士団団長のトライゾン、そして【言王】の最高司祭アジェイ・サムソンもジールディアたちの傍まで来て共に勝利を祝う。
仲間たちに囲まれ、彼らと共に勝利を実感するジールディア。
この時。
ぴしり、という小さな小さな音がジールディアのすぐ傍で発生したのだが、彼女とその仲間たちがその音に気づくのは少しばかり後のことだった。
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