神月の闘争の時代と黒騎士

 「神月の闘争の時代」

 後の世に、そう呼ばれる時代が確かに存在した。

 その名が示すように、神々による大きな闘争が繰り広げられた時代のことである。

 邪神と呼ばれるモノたちの王、【獣王】ヴァルヴァスがその眷属たちと共に、神格としては同格である他の神々──後に【五王神】と呼ばれる神々──に対して闘争を仕掛けたのだ。

 闘争の理由は定かではない。

 【獣王】と【流王】が賭け事をして、負けた【獣王】が腹いせに【流王】へとケンカを仕掛けたことが原因という説。

 【獣王】と【陽王】がとある女神を巡って起こした恋のいさかいが原因という説。

 【獣王】と【豊王】が共に酒を飲んでいる時、【獣王】の好物のつまみを【豊王】が誤って食べちゃったことが原因という説。

 【獣王】と【魔王】が会う約束をして、その約束に【魔王】が遅れたことが原因という説。

 【獣王】と【言王】が些細な言い争いをして、それがどんどん大きくなり最終的に闘争へと発展したという説。

 他にも諸説あり、どれが正しいのかは誰にも分からない。

 そもそも、神話などというものは曖昧な点が多いものだ。残されている文献なども解釈次第でどうとでも変化する。

 研究者の数だけ説があるとまで言われるほど、「神月の闘争の時代」の原因については謎のままなのである。

 だが、「神月の闘争の時代」は確かにあった。

 そして、神々が起こしたその闘争は、長く永くながく続いたのだ。




 当初は、【獣王】と【五王神】だけが争っていた、というのが最も有力な説とされている。

 自身と同格のにんの神々とたったひとで互角に渡り合った【獣王】。

 それを可能とせしめた原因が、【獣王】が使用していた武具であったとされるのは有名だ。

 ヴァルヴァスの五黒牙。

 鎧、剣、杖、弓、斧からなる五つの漆黒の武具。

 この五つの武具を鍛えたのは、【獣王】自身であるという説もあれば、鍛冶に秀でた従属神であると言う説もある。

 五黒牙の由来はともかく、この五つの武具を操る【獣王】が、他の五柱の神々と互角に戦ったのは間違いない。

 やがて、一柱と五柱の神々の戦いは、従属神や眷属たちを巻き込んで更に大きな戦争へと発展していった。

 そんな中、両陣営の神々は戦力として新たな命を生み出していく。

 それが人間や妖精族、小人族やその他の知恵あるヒトたちであり。

 対するは魔物や魔獣、妖魔や幻獣などの強い本能を有するモノたちであった。

 そんな神々の戦いは、始終【獣王】側が優勢だったとされる。

 【五王神】とその従属神や眷属たちは、【獣王】やその配下たち──中でも【獣王】が操る五つの武具によって、どんどん劣勢に追い込まれていた。

 やがて、【五王神】側は追い詰められる。【五王神】側が本陣としていた場所まで【獣王】側に攻め込まれ、あとは【五王神】が討たれるばかりというその時。

 奇蹟は起きた。

 どこからともなく、黄金に輝く鎧を纏った一人の戦士が現れ、【獣王】を一刀のもとに倒したのだ。

 そして、その黄金の戦士は現れた時と同じように突然消え去った。

 黄金の戦士がどこの誰なのか、まるで分からない。男なのか女なのか、若いのか年寄りなのかも全く不明。

 だが、黄金の戦士は間違いなく【獣王】を討った。

 その証拠と言わんばかりに、無残に破壊された黒魔鎧ウィンダムと、縦に真っ二つにされた【獣王】の死体がその場に残されたのである。




「き、きききき、来たっ!! 来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来た来たっ!! すぐそこまで来ちゃったぞっ!!」

「召喚はどうなっておるっ!? もう【獣王】はそこまで来ておるぞっ!!」

「【魔王】っ!! おい、【魔王】っ!! 召喚はっ!? 【獣王】を倒せるヤツはまだ召喚できないのかっ!?」

「もうだめだあああああああああああああああああああああああっ!!」

「えええい、うるさいわ貴様らっ!! こっちは非常に難しい召喚術を制御しておるのだっ!! 少しは静かにしろっ!!」

「だって! だって! だって!」

「うるさいと言っているっ!! それよりも、間もなく術式が完成する! 術式が完成し、【獣王】を倒すことができる存在が現れたら、我らにんが全力でその存在に祝福と加護を与えるのだ。分かっているだろうな?」

「無論だ!」

「もちろんだ!」

「当然だ!」

「がってんだ!」

「【言王】、貴様には他にも仕事がある。忘れてはおるまいな?」

「おうとも! 貴様が呼び出した存在に、状況の説明と【獣王】を倒すよう説得をするのだろう?」

「その通りだ。よし、術式が完成した! すぐに来るぞ! 準備はいいな? 前にも説明したが、【獣王】を倒せる者が現界できる時間は極めて短い。皆、抜かるなよ!」




 ジルガが気づいた時、彼女の体は空に浮いていた。

 咄嗟に周囲を見渡せば、見たこともない場所。ただ、ここが戦場であることは間違いなさそうだ。

 上空から見下ろすことで、二つの陣営が争っていることがよく分かる。

 明らかに一方が劣勢で、もう一方が優勢。どうやら、眼下の戦争は終局が近いのだろう。

 だが、どうして自分はこんな所にいるのだ、という疑問が彼女の心に湧き上がる。

 自分は【銀邪竜】と戦っていたはずだ。それも、【銀邪竜】の強烈無比な後ろ脚の蹴りによって宙へと舞い上げられ、空中で自由に動けないところへ【銀邪竜】の舌によって搦め取られた。

 そして舌が引き戻され、自分は大きく開いた【銀邪竜】の口へと飲み込まれたはず。

 なのに、気づけば空にいる。これは一体どういうことだ?

 落下を始めたことを自覚しながら、ジルガはできる限り状況把握を試みる。

 自分の真下には、やたらと立派な天幕がある。どうやら、片方の陣営の本陣のようだ。そこへ、敵陣営らしい兵士たちがわらわらと集まっている。

「本陣にまで攻め込まれているのか? どのような陣営でどういった理由で争っているのかは知らないが、本陣にまで攻め込まれては勝敗も明らかだな」

 どんどんと落下速度が増していく中、ジルガは呑気にそんなことを考えていた。

 この程度の高さであれば、地面に激突したところでダメージにはならない。そのことを、彼女は何度も経験していたからだ。

 その時、突然彼女の耳元で、男性のものらしき声が響いた。

「突然失礼するどこのどなたかは存じぬがご助力を願いたいこのままでは我らは敗北し世界は邪悪なるものどもが蔓延る異界と化すだろうそれを避けるには貴殿の力が必要なのだ報酬らしき報酬は与えられぬが我ら五柱がありったけの加護と祝福を与えるのでどうかそれで納得していただき我らが敵を討って欲しい邪悪なる魔物魔獣を率いし敵将を討ち取って欲しいのだ敵将たるあやつさえ倒せれば他のものどもは烏合の衆と化すであろうから後は我らだけでも十分対処可能であろうよって貴殿には敵将だけを討っていただければよいどうかどうか我らが願いを聞き届けてはくれぬだろうか」

 とても早口で耳元で囁く見知らぬ声。いや、囁くというレベルではなく一方的に捲くし立てている。

「ええい、よく分からん! もっと簡潔に言ってくれ!」

「目の前にいる黒いヤツをぶった斬れ!」

「よし、分かり易い!」

 あまりにも分かり易い内容に、思わずそう答えて体が勝手に反応してしまう。

 そもそも、彼女はあまり深く考えるタイプではない。加えて、ライナスと出会ってからは、考えることはほとんど彼に任せていた。よって、最近のジルガはより顕著に、考えるよりも早く体が動いてしまうのだ。

 ジルガが落下しながら謎の声にそう答えた瞬間、彼女の体を不思議な力が包み込んだ。

 温かく、力強く、それでいて優しい不思議な力。そんな力がいくつもジルガの体に注ぎ込まれ、その力は光となって彼女の体の中から溢れ出してくる。

 そして、自分の下を──戦場を見る。

 豪華な天幕のすぐ近く。そこに一際大柄で立派な黒い鎧を着た者がいた。間違いなく、あれが先ほどの声が言っていたぶった斬る相手、つまりは敵将だろう。

 ジルガは手にした黒地剣を大きく振りかぶる。彼女の体から溢れる出る光は、本来黒いはずのエクストリームの刀身を黄金に染め上げていた。

 ジルガは黒い鎧を着た者へ向かって、全力で黄金に染まったエクストリームを振り下ろす。

 刀身から迸るは、。今までのどこか禍々しい黒地剣の力ではない、凄烈で清冽で聖裂な光だ。

 刀身から伸びた黄金の光は、黒い鎧を着た者を一刀両断にした。それはもう見事に、縦に二分割してのけたのだ。

 この時になって、ジルガはたった今自分がぶった斬った黒い鎧が、どこかで見たことがある気がしてきたのだが…………まあ、些細なことだとあまり気にしなかった。

 後で先ほどの声の主に聞けばいいだろう。どうして【銀邪竜】に食われたはずの自分がこんな場所にいるのかも、あの声の主なら知っているかもしれない。そのことも一緒に訊ねてみよう。

 そう考えながら、ジルガは着地に備えた。

 しかし、彼女が地面に到達する直前、その姿は忽然と消失した。

 現れた時と同じように。




「あれは一体……」

「まさか、本当に【獣王】を倒してしまうとは……」

「それもたった一太刀で……」

「いくら我ら五柱が全力で加護と祝福を与えたとはいえ、あの無敵の黒魔鎧をああも簡単に斬り裂くとは……」

「当然と言えば当然だろうが。【獣王】が所持する五黒牙とを、あらゆる次元、時空、時代、事象の中から召喚したのだからな」

「だが、【獣王】のあの頑強な鎧を……」

「だから言っただろう? あらゆる次元、時空、時代、事象の中から召喚した、と。もしかすると、先ほどの戦士は別世界、もしくは未来の【だったのかもしれんぞ?」

「なるほど……こことは違う世界、時系列、事象に存在した【獣王】か。確かに【獣王】自身ならば【獣王】を討つことも可能か」

「しかも、そこに我ら全員の加護と祝福が加われば……」

「我らの神格は【獣王】と同等。【獣王】自身に我らが加護と祝福が加われば、いかな【獣王】の黒鎧でも断てぬ道理はないな」

「もっとも、先ほどのが、本当にどこか別世界の【獣王】であれば、だがな」

「【獣王】自身ではなくとも、それに類する者か、比肩する実力を有する者、もしくは多少実力的に劣っていたとしても、我ら五柱の全力全開の加護と祝福を得たならば、【獣王】を倒すことも可能であろうな」

「既に召喚の現界時間が過ぎ、元の事象へと戻ったであろうあの戦士の素性を探ることはできぬか。しかし……あの戦士が着ていた鎧、どこかで見たことがあるような……」

「それよりも、【獣王】が討たれた途端に逃げ出したあやつの眷属たちを追撃せねばならぬぞ」

「それと同時に、破壊された黒鎧と、その他の武具の処分も考えねば……そして、敗れた【獣王】自身のこともな」

「戦いに勝利したとはいえ、まだまだ我らがやることは多い。できることから片付けていこうではないか」

「うむ、異議なし」

「意義なし」

「意義なし」

「意義なし」

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