王国軍と竜と黒騎士
【黒魔王】に跨り、地上にいる【銀邪竜】を見下ろすジルガ。
その彼女の目には、【銀邪竜】以外のものも見えている。
すなわち、王国軍と竜が【小邪竜】が戦う戦況も、だ。
両者の戦況は、【小邪竜】側が優勢のように見える。
王国軍と竜は共闘しているとは言っても、最低限の連携しか取れていない。
とはいえ、それは仕方のないことだろう。
人と竜とは生き物として違い過ぎる。
体力が違う。体格が違う。能力が違う。そして、精神の在り方が違う。
人間は群れて外敵と戦う生き物だが、竜は個として敵と戦う生き物なのだ。つまり、基本的に竜は群れて戦うことを知らないのである。
今回、複数の竜がこうして一ヶ所に集まり、まがりなりにも人間と共闘しているのは、竜たちが主と認めた存在がそう命じたからに過ぎない。
更に言えば、竜たちは主以外の人間を今でも軽視している。
そのような状況で、両者の間に連携が取れるわけがない。
地上で戦う王国軍と竜たちを見下ろしながら、何とかせねばとジルガは思案する。
もちろん、【銀邪竜】から注意を逸らすことはない。
【銀邪竜】と王国と竜の連合軍を見つめながら、ジルガはひとつの決断を下す。
「【黒魔王】よ。貴様にひとつ頼みたいことがある」
「何なりと。我が主よ」
後方に残されていた全兵力を率いて前線へと向かうべく、愛馬を駆るシャイルード国王。
その頭上に、不意に影が落ちた。
反射的にシャイルードが見上げれば、すぐ間近に巨大な黒い生物が自分を見下ろしている。
「うぉぉっ!?
「おお! デカいな! アガるな!」
嬉しそうに顔を輝かせるシャイルード。そして、彼と並走する【言王】シルバーンの最高司祭、アジェイ・サムソンも同じように叫んだ。
「貴様が人間の王か?」
「おいおい、竜がしゃべったぞ!」
「スゲぇな! 滾るな!」
興奮のあまりか、子供のようなことしか叫ばないアジェイを余所に、シャイルードは竜の問いに答える。
「おうとも! 間違いなくオレがこの国の王だぜ! で、何か用か、黒竜?」
「我が主より命を受けた。貴様に協力してヒトと竜を共に戦わせろ、とな」
「それはつまり、オレの指示に従って竜たちが動くってことか?」
「是。貴様の言葉を我が同胞に伝える。さすれば、同胞もヒトと共に戦うことができるだろう」
「いいぜ、いいぜ! 竜がオレの手下になって動くってぇわけだな!」
「否。我らは我らが主に命じられて貴様の言葉を受け入れるだけ。貴様の命に従うわけではない。我らに命じられるのは主ただ一人のみ」
竜が人間の命令に従うのではなく、唯一主と認めた者より「人間の王の言葉を聞き、共に戦え」と命じられたからそれに従うだけ。
黒竜──【黒魔王】ははっきりとそう告げた。
「ほう、それならそれで構わねえよ。ところで、おまえさんの主ってな、やっぱりジルガか?」
「いかにも。我らが主は、ヒトからそのように呼ばれている」
「ははははは! 相変わらずおもしれぇことばかりするヤツだな、ジルガは! アイツが近い将来に義理の姉貴になるのが楽しみだ!」
馬を駆り、間近に迫った最前線を見つめながら、シャイルードは呵々と笑う。
シャイルードはガラルド王国の現国王であり、今回の戦いにおける総司令官である。そして、【黒魔王】は竜たちの中でも一際抜きんでた実力を持つ個体である。
シャイルードの指示を【黒魔王】が竜たちへと伝えれば、竜たちはそれに従うようになるだろう。
だからこそ、ジルガは【黒魔王】をシャイルードの許へと派遣したのだ。
「ところで、おまえさんの主であるジルガはどうした?」
今、【黒魔王】の背に【黒騎士】の姿はない。そのことを疑問に思ったシャイルードがそれを問いかけるのは当然であろう。
【主は今、敵の王と対峙している】
ちらりと【黒魔王】の視線が前方──最前線の更に後方に鎮座する巨大な銀色のカエルへと向けられる。
その時。
何かが地上より噴き出し、銀色の巨大カエル──【銀邪竜】の大きな顔面を下から上へと斬り裂いたのだった。
「なあ、おい、シャイルード王よ? 今、ちょっと変なこと言わなかったか? ジルガってな、あの【黒騎士】だよな? あの【黒騎士】が義理の
先ほどの興奮から一転、混乱した様子のアジェイに、シャイルードはにやりと意味ありげな笑みを浮かべた。
時は僅かに遡る。
【黒魔王】へシャイルード国王の許へと行くように命じたジルガは、黒竜の背中を思いっきり蹴った。
そして。
空中で巧みに姿勢を制御し、手にした黒地剣エクストリームを大上段に振りかぶる。
「…………ふむ。これがこの剣の
何やら呟いたジルガは、眼下の【銀邪竜】へと向けて、振りかぶった黒地剣を力一杯振り下ろした。
彼女が振るった剣の軌跡に沿うように、黒い
その直後、離れた距離にいる【銀邪竜】の背中に、空中に描かれた黒い筋と同じ
これこそが、黒地剣エクストリームの本来の能力。先代国王【漆黒の勇者】よりも「継承者」として高い力を有するジルガだからこそ、黒地剣の本来の力を引き出せるのだ。
エクストリーム本来の能力は、遠距離からの斬撃。ただし、遠距離から斬撃を飛ばすのではなく、空間を越えて対象に斬撃を与える能力である。
最大射程は50メートルほど。だが、距離が一定以上離れれば斬撃の威力も落ちるので、有効射程はおそらく30メートル前後ぐらいか。
今も、落下しながらという不安定な状態であり、距離も30メートル以上あったためそれほど大きな傷を与えたわけではない。
しかし、【銀邪竜】の銀色の背中には、黒々とした一条の傷が確かに刻まれた。
かつて、「神月の闘争の時代」と呼ばれた、【五王神】と【獣王】が激しい戦いを繰り広げた時代。
自分と同格である
それを可能とした最も大きな要因が、当時の【獣王】が装備していたヴァルヴァスの五黒牙にあるのは間違いない。
そのヴァルヴァスの五黒牙を全て揃え、【獣王】ほどではないものの真なる力を引き出せる【黒騎士】ジルガ。
その実力は、生きる厄災とまで呼ばれる【銀邪竜】ガーラーハイゼガに、先ほど黒雷斧を用いて与えた
がしゃん、と大きな着地音と共に、かなりの上空から落下してきたジルガ。
しかし、彼女に大きな怪我などはなく、落下時の蹲った状態からすぐに立ち上がる。
「おお、怪我の回復が明らかに遅いな。これもエクストリームの能力であろうか」
手にした巨大な漆黒剣へとちらりと視線を向けながら、ジルガは【銀邪竜】の様子を確かめる。
確かに、かの厄災に怪我を与えた。回復能力に対しても、何らかの遅延効果もあるようだ。
それでも、【銀邪竜】は動かない。
ただ、目の前に立つ【黒騎士】を巨大な赤眼でじっと見つめるばかり。
【銀邪竜】が光の柱から解き放たれてから起こした行動は、咆哮しながら新たな眷属である【小邪竜】を生み出しただけ。
それ以外では、全く動いていないのだ。
だが、遂に。
「銀色の山」が動いた。
おおおおおおおおん、という喉の奥から唸り声のようなものを発しながら、【銀邪竜】が右の前脚を振り上げた。
それだけで大量の土くれや岩などが巻き上げられ、巨大な右前脚が陽の光を遮る。
そして、振り上げられた右前脚は、まるで空が落ちるかのように振り下ろされた。
もちろん、そこに立つのは漆黒の全身鎧を着込んだ一人の戦士。
いくら重厚な鎧を着ていようが、その鎧ごと圧し潰すのは容易いであろう大質量が、怒涛のごとく戦士の頭上から襲いかかる。
対して、黒い戦士は避けるような様子を全く見せない。それどころか、頭上から落ちる大質量に対して、手にした黒い大剣を構えてみせた。
──ずん。
戦場全体を震わせるほどの振動。同時に、どおおおおおおおおん、という何かと何かがぶつかり合ったような轟音が響き渡る。
戦士がいた地点を中心にして、周囲に爆散的に広がる土くれや岩。飛ばされた土くれや岩は、少し離れた前線部分にまで及び、一部の王国軍兵士と【小邪竜】を巻き込んで吹き飛ばす。
「…………さすがは伝説の厄災とまで言われた【銀邪竜】。私がこれまで生きてきた中で、一番
黒い戦士──【黒騎士】ジルガは生きていた。
頭上に構えた黒地剣エクストリームで、しっかりと【銀邪竜】の前脚を受け止めて。
それどころか、徐々に【銀邪竜】の前脚を押し返している。
「──────────────ふんっ!!」
気合と共に全身の力を振り絞り、ジルガは【銀邪竜】の前脚を弾き上げた。
それは、まるで振り下ろした時の光景を、逆回転させたかのようで。
再び右前脚が振り上げられたことで生じた空間に、ジルガは電光の速さで踏み込む。
強引に振り上げさせられた右前脚の下をくぐり抜け、ジルガは【銀邪竜】の巨大な顔の真下に潜り込む。
そして。
鋭い踏み込みから、ぐん、と沈み込むような態勢へと移行。その直後、伸びあがるようにして彼女はエクストリームを振り上げた。
黒剣から迸るのは、目には見えぬ「切断」の概念を乗せた刃。
その刃は、突き出したカエル面の鼻先を下から上へと大きく斬り裂きながら天へ向かって駆け抜けていった。
「な……なんだ、今のは……」
国王率いる後詰めの兵たちが前線へと到達した直後、敵軍の最奥から迸った衝撃。
どうやら、【小邪竜】よりも奥にいる、敵の大将である【銀邪竜】が振り上げた前脚をそのまま振り下ろしたようだ。
ただ、それだけで竜巻のような衝撃が前線の一部を巻き込んで駆け抜けた。
無造作に飛び散る土くれや岩塊が、王国軍や【小邪竜】の一部を吹き飛ばしていく。
だが、それだけでは終わらない。
次に生じたのは、下から上へと噴き上がるような「何か」。その「何か」は【銀邪竜】に確実な打撃を与えたようで、巨大なカエル面の一部が大きく裂けていた。
「い、今のは一体誰が……」
わななくように零したのは、シャイルード国王の隣で巨大な戦斧を振り回していたアジェイだ。
【言王】シルバーンの最高司祭である彼は、前線に辿り着くと同時に手近な【小邪竜】へと愛用の戦斧を叩き込んだ。
戦斧の刃は【小邪竜】の体を深々と斬り裂き、その【小邪竜】は苦し気に身を捩りながら苦悶の声を上げた。
その時だ。敵陣の奥から、強烈な衝撃波が襲ってきたのは。
そして、その直後には地から天へと向かって駆け上る「何か」。
これまで幾多の戦場を駆け抜けてきたアジェイにしても、駆け登った「何か」の正体はまるで思いつかない。
だが、そんな彼の隣で同じように剣を振るっていたシャイルード王は、何か心当たりがあるらしい。
「おそらくだが、ありゃジルガの仕業だな」
「な、何だとっ!?」
「アイツが何をどうしたのかまでは分からねえが、あんなことができるのはアイツぐらいだろうよ」
愛馬の手綱を巧みに操り、片手でハクロを振るうシャイルード王。そのジルガから譲り受けたハクロの刃が、すぱりと【小邪竜】の一体の首を落とした。
たった今、自分が倒した【小邪竜】の奥に見える、巨大な銀色のカエル。見事に裂けたその鼻先を見つめながら、シャイルード王は戦場にあっても楽しげに笑う。
「ジルガ本人も確かにすげえが、そのジルガと兄貴の間に子供が生まれたら……そして、兄貴とジルガの双方の才能を受け継ぎでもしたら……下手すっと、将来どこかで王家の本家と分家が入れ変わっちまうかもしれねえな。ま、そうなったらそうなった時だ。王なんてモンは、その時その時で最も相応しいヤツが継げばいいんだよ。そもそも、兄貴じゃなくてオレが王を継いだこと自体が間違いってモンだしな」
将来のことなど誰にも分からない。第一、この戦いに勝たなくてはその将来自体がなくなるかもしれないのだ。
シャイルード王は改めて戦場へと目を向け、襲い掛かってきた【小邪竜】を更に一体、彼が手にするハクロの刃が見事に両断してみせた。
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