カエル竜との邂逅と黒騎士
近づいてくる。
近づいてくる。
近づいてくる。
自分と同じ魂の欠片を持った存在が。
自分と同じぐらい大きな欠片を持った存在が。
自分と同じモノを起源とする存在が。
ゆっくりと空から降りてくる。
ゆっくりと翼のある黒いトカゲと共に降りてくる。
その存在を感じて。
ソレは喜びのあまり大きな大きな咆哮を上げる。
天を
悦びのあまり、三対六枚の羽をばたばたと震わせ。
歓びのあまり、大きな口からぼたぼたと涎を零し。
喜びのあまり、近づくその存在から視線を離すことなく。
自分と同じ起源を持つ存在は、何とも小さな生き物だった。
巨大な黒トカゲに跨る、小さな小さな生き物。もちろん、黒トカゲもソレに比べると小さなものだが。
だが、その存在が内に秘めた魂の欠片は自分と同じほど大きくて。
かつて、自分を封じたモノたちも同じ欠片を宿していた。
だが、そいつらが宿す欠片は何とも小さ過ぎて、ソレは特に気にもしなかった。
しかし、今近づいてくる欠片は違う。全く違う。
自分が宿す欠片と同じぐらい大きな欠片。あの欠片を取り込めば、自分の力は今の倍ほどになるだろう。
だから、ソレは期待する。
だから、ソレは待ち望む。
だから、ソレは悦びに震える。
待ちに待った時間が近づいている。
待ちに待った存在が、向こうから近づいてくる。
さあ。
今こそ。
ソレはぶるりと巨大な銀色の体を震わせた。
喜びに。歓びに。悦びに。
時は来た。
さあ。
「食事」の時間だ。
「げこおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」と、銀色の巨大なカエル竜──【銀邪竜】ガーラーハイゼガは咆哮した。
あまりにも大きなその咆哮は、物理的な影響を周囲に及ぼす。
【小邪竜】と戦っていた竜たちは大気の振動に耐え切れず地に墜ち、地上で【小邪竜】と戦っていた兵士はあまりにも大きな咆哮を聞いて、必死に両耳を押さえてその場にうずくまる。
咆哮を浴びて転倒した軍馬から、騎士たちは放り出されて地面に激突する。
眷属である【小邪竜】たちまでもが、苦し気に身悶えするほどだ。
比較的被害が軽かったのは、前線から距離を置いて布陣していた本陣ぐらいか。
それでも、震える大気に天幕が飛ばされ、十分に訓練されたはずの軍馬が怯えて逃げ出し、近衛騎士たちまでもが、咆哮を浴びただけで恐怖にその顔を歪ませた。
「くく、咆哮だけでこれだけの威力か……オヤジやオフクロたちが苦戦したのも分かるってものだぜ」
ジルガより譲り受けた剣──ハクロを眼前に構えながら、シャイルード国王はにやりと獰猛に笑う。
「本陣にいる全ての者よ聴け! 崩れた前線を支えるため、近衛はこれより前進する! もちろん、このオレもな!」
【銀邪竜】の咆哮は、それだけで王国軍に甚大な被害をもたらせた。眷属たる【小邪竜】たちも咆哮の影響を受けているので完全に崩れてはいないが、このままでは前線が崩壊するのは明らかだろう。
その前線を支えるため、予備選力として本陣に控えていた近衛隊と防衛の騎士隊を、全て前線へ投入するとシャイルードは決断した。
「…………ルード。本音は?」
近くに寄り、他の者に聞こえないように注意しながらサルマンが問えば、シャイルードは子供のような笑みを浮かべてはっきりと答える。
「決まってんだろ? 竜を間近で見たいからだ」
きっぱりと答えた国王に、筆頭宮廷魔術師は溜息を零す。
「…………仕方あるまい。ここで前線が崩れれば一気に王都まで抜かれかねん」
「そういうこった!」
シャイルードは笑みを浮かべたまま、手にしたハクロを天へと高々と掲げた。
「前進! カエルどもに王国兵の戦意と戦技を全力でぶつけてやれ!」
国王の号令に、騎士や兵士たちが「応」と答える。
そして、本陣に控えていた兵たちは一斉に駆け出した。
銀色に不気味に輝く小山──【銀邪竜】ガーラーハイゼガへと。
【黒魔王】の背に跨ったジルガは、じっと自分から目を離さない【銀邪竜】へと降下するよう【黒魔王】へと命じる。
「まずはご挨拶といこうか!」
「御意」
主と認める【黒騎士】の言葉に応じ、【黒魔王】はその口から業火を吐き出した。
吐き出された真紅の華は宙を奔り、銀色の巨大なカエル竜をその両腕で抱き締める。
だが。
業火の熱き抱擁を、【銀邪竜】はその身をぶるりと数回震わせただけで振りほどいてしまった。
「ふむ。熱に対する耐性が高そうだな。そういえば、ミレット様がそんなことをおっしゃっていた気がするぞ」
この決戦の前、ジルガたちを含めた王国軍の首脳陣は、かつて【銀邪竜】と戦った【黄金の賢者】より情報を受け取っていた。
【銀邪竜】と実際に戦った者から情報を得て、それを共有するのは当然だろう。
そして、その【黄金の賢者】からの情報の中に、「火炎系の魔法は効果が薄かった」という項目があったのだが、今の今までジルガは忘れていたのだ。
「炎熱耐性が高いということは、ファルファゾンも期待できるだけの威力はないのだろう」
黒炎弓ファルファゾン。その名の通りに炎の矢を作り出すヴァルヴァスの五黒牙のひとつである。
【銀邪竜】が高い炎熱耐性を有するのであれば、黒炎弓ファルファゾンもあまり効果はないだろう。
それでも、一応は試しにとジルガはファルファゾンを呼び寄せ、数射ほど【銀邪竜】に向けて射てみた。
結果は予想通りにほぼ効果なし。放たれた黒炎の矢は、【銀邪竜】の体表でぱっと弾けて消えてしまう。
「では──雷はどうだ?」
ジルガはファルファゾンを送還し、今度は黒雷斧フェルナンドを召喚する。
呼び出したフェルナンドを両手でしっかりと構え、ジルガは騎乗する【黒魔王】へと言葉をかける。
「このままヤツに向かえ」
「御意」
【黒魔王】は翼を畳み、地表の【銀邪竜】へ向けて落下するような急降下を行う。
その際、ジルガは人の域を超えた筋力で騎竜の首を太ももでしっかりと挟み込み、振り落とされないように自身の体を固定する。
落下による風圧が【黒騎士】の体に襲いかかるが、黒魔鎧ウィンダムはその風圧の影響さえも
猛烈な勢いで近づく、巨大な銀色のカエル。その真紅の双眸は、相変わらずジルガへとじっと向けられている。
黒雷斧がばちばちと音を立てて帯電するが、その音はあっという間に後方へと置き去りにされた。
そして。
間近に迫った【銀邪竜】の鼻先に、ジルガは落下の勢いを乗せてフェルナンドを叩きつける。
落下する二つの「黒」が空中に描くは紫紺の軌跡。
そして、その紫紺の軌跡に沿うように、【銀邪竜】の体表が裂けた。
前線へと進軍するは、後方の王国軍本陣に控えていた全兵力。
その中でも機動性に優れる騎兵たちは、歩兵を置き去りにしてぐんぐんと加速していく。
そんな騎兵たちを率いるのは、シャイルード国王その人。彼は右手でハクロを構え、左手で巧みに手綱を操る。
前線へと近づく途中、その国王が駆る軍馬の横を並走する騎馬があった。
「よぅ、シャイルード! 楽しくなってきやがったな!」
「アジェイ! テメェも来たのか!」
「ったりめーよ! こんな楽しそうな
全速で馬を駆りながら国王と言葉を交わすのは、言葉と契約を司る【言王】シルバーンに仕える最高司祭のアジェイ・サムソンである。
アジェイはかつて、傭兵団を率いていたこともあるほどの武闘派で、今回の【銀邪竜】との戦いを最も楽しみにしていた者の一人でもある。
契約を司るシルバーンには、契約を重視する傭兵の信者が多い。それでも、一介の傭兵から傭兵団の団長を経て、最終的に教団の最高司祭にまで上り詰めたアジェイは、かなり異例な経歴の持ち主と言えるだろう。
だが、そんな型破りな経歴の持ち主と、シャイルード国王はなぜか気が合うようだ。
出会ってからの時間は決して長くはないが、それでも幼少の頃からの付き合いであるサルマンたちと差のない付き合い方をしているのである。
「他の最高司祭たちもここに来ているんだろ?」
「おうとも。他の連中は怪我人の治療の指揮を執っているぜ!」
アジェイを始めとして、他の【五王神】の最高司祭たちもこの地に来ている。
彼らは本陣があった場所よりも後方で、怪我人の対処を行っているようだ。もっとも、それこそが戦場における聖職者の仕事なのだが。
そんな聖職者本来の仕事をほっぽり出して、国王と共に兵の先頭を駆けるアジェイは、やはり特異な存在と言えるだろう。
「それに、竜と共闘できるなんて機会、これっきりだろうしな!」
「それな! 俺もそのことにわくわくしてンだよ!」
豪快に笑い合う彼らが向かう先では、一度は墜落した竜たちが再び大勢を立て直して【小邪竜】と戦っていた。
「ところで、どうやって竜を従えてンだ? ひょっとして、俺にもできっか?」
「詳しいことは俺も知らねえ! 兄貴やオフクロから竜が味方になるかもって言われただけだからな!」
「ま、細けぇこたぁどうでもいいか! 竜の間近で竜と共に戦えるンなら、それだけでゲキアツだからな!」
「そういうこった!」
国王と最高司祭は、共にどこか獰猛な笑みを浮かべると、騎馬が駆ける勢いを殺すことなく前線へと突っ込んでいった。
地面に激突する直前、ジルガを乗せた【黒魔王】は巧みに翼を操って落下速度を殺し、尻尾を地面に叩きつけることで強引に体勢を入れ替える。
そして、再び翼を力強く羽ばたかせ、【銀邪竜】の顔よりもやや上まで上昇した。
ジルガは先ほど自分がカエル面に刻んだ傷を見て、ぽつりと呟く。
「────浅い、か」
彼女が言う通り、黒雷斧を用いた斬撃は確かに【銀邪竜】の体に傷を刻み込んだ。だが、その傷は精々薄皮一枚を斬っただけらしい。
しかも、みるみる間に、刻んだ傷が再生していく。
ジルガたちは知らぬことだが、【銀邪竜】の眷属である銀の巫女姫が驚異的な回復能力を持っていたのだ。
それを考えれば【銀邪竜】が巫女姫と同等、もしくはそれ以上の回復能力を持っていても不思議ではない。
「今の攻撃の様子からして、雷もあまり効果がなさそうだな」
斬撃が浅かったのは、単純にフェルナンドが【銀邪竜】の体に対して小さかったからだろう。【銀邪竜】の巨体に比して、黒雷斧の刃が小さすぎて表皮しか斬れなかったと思われる。
そして、黒雷斧から発した雷も、その表皮で散らされてしまったようだ。
「体の奥深くまで刃が届けば、そこから雷で焼くことができるかもしれんが……さて、どうするかな?」
ゆっくりと旋回する【黒魔王】の背中から【銀邪竜】を見下ろし、ジルガはこの巨大な敵をどう攻略するか思案する。
だが。
「……あれこれ考えるのは私の性に合わん。いろいろと試してみれば、その中から最適な攻撃方法も見つかるだろう」
結局、考えることを放棄したジルガは、武器を黒雷斧フェルナンドから黒地剣エクストリームへと切り替える。
「先王陛下はこの剣で【銀邪竜】の体を斬り裂いたとレメット様もおっしゃっていたはず。まずはこの剣を試してみるとしよう」
ジルガは黒地剣を構えると、【黒魔王】に再び【銀邪竜】へと近づくように指示を出すのだった。
~~~ 作者より ~~~
少々仕事の方が忙しいため、来週の更新はお休み。
次回は10月21日(月)に更新します。
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