大地の浄化と黒騎士
「さあ! さあ! さあ! さあ!」
儀式の進行役であるデュラさんが、女性にしてはやや低めの声を張り上げる。
その声は大きな声であるものの決して不快なものではなく、逆に心地よく誰の耳にでも入り込んでいく。
そして。
「「「「「そーりゃ! そりゃそりゃ!」」」」」
「「「「「そーりゃ! そりゃそりゃ!」」」」」
「「「「「そーりゃ! そりゃそりゃ!」」」」」
デュラさんの声に続き、他のデュラハンたちが合いの手を入れる。
「この穢れし大地を放置するわけにはいかない! さあ! ボクの大切で可愛い姫たちならどうする? さあ!姫たちはどうしたい?」
「「「「「穢れた大地を清めたい!」」」」」
「「「「「汚れてしまった土地を綺麗にしたい!」」」」」
「「「「「お邪魔な邪竜はもういらない!」」」」」
ぱんぱんぱんぱん。
勢いとリズムに乗り、デュラハンたちが手を打ち鳴らす。
その際、デュラハンたちは自分の首を落とすことなく、器用に脇に挟み込んでいた。
「じゃあ、この地を綺麗にしよう! さあ、大切で可愛い姫ちゃんたち! ボクに力を貸しておくれ! お願いしてもいいよね?」
自分を取り囲むように陣取るデュラハンたちに、デュラさんはばっちーんとウィンクを飛ばす。
その姿を見て、デュラハンたちが更に大きな歓声を上げる。
そして、どんどん高まる熱狂──いや、清浄なる魔力。
彼女たちデュラハンは、【五王神】の一柱である【魔王】コースモゥに仕える存在。つまり、神々に極めて近い存在であり、その神格は亜神と呼ぶに相応しいほどである。見た目の奇異さはともかくとしても。
その彼女たちが内包し、周囲に放つ魔力はもちろん神聖なもの。
デュラハンたちから放たれた神聖な魔力は、儀式の基点であるデュラさんへと集まり、彼女を通して穢れた大地へと深く深く、そして広く広く浸透していく。
「「「「「そーりゃ! そりゃそりゃ!」」」」」
「「「「「そーりゃ! そりゃそりゃ!」」」」」
「「「「「そーりゃ! そりゃそりゃ!」」」」」
「「「「「あら! ほい!」」」」」
「「「「「あら! ほい!」」」」」
「「「「「あら! ほい!」」」」」
合いの手と手拍子が重なり合い、清浄なる気がどんどんと大地へと流れ込む。
「さあ、ボクの大切で可愛い姫ちゃんたち! もう少しだ! もう少しでこの地を浄化できるよ! あと少しだけ、キミたちの力をボクに貸してくれ!」
「目指せ! 浄化!」
「がんばれ! 姫たち!」
「目指せ! 清浄!」
「負けるな! 可愛い姫たち!」
「わん! つー!」
「すりー! ふぉー!」
「「「「「あら! ほい!」」」」」
「「「「「あら! ほい!」」」」」
デュラさんとその姉妹たちを中心に、デュラハンたちの熱狂……じゃない、神聖なる魔力が極限まで高まった時。
大地を醜く穢していた「銀色」が、一斉に弾け飛ぶように消え去った。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
デュラハンたちのシャンパン・コー……もとい、聖なる浄化の儀式を目の当たりにして、ジルガたち【黒騎士党】は言葉を失っていた。
「…………俺たちは何を見せられているのだ…………?」
「…………さ、さあ…………?」
無意識のうちに零れ出たライナスの呟きに、レディルは首を傾げながら答えた。
「……一応は浄化の儀式なんじゃないの?」
「レアスの言葉は正しいのだろうが…………俺にはアレが浄化の儀式とはとても思えないのだが…………」
間違いなく、アレはレアスが言う通り浄化の儀式だったのだろう。その証に、周囲の大地から一切の穢れが消し飛んでいる。
銀色に染まっていた大地は、本来の地面の色を取り戻していた。
だが、あの儀式はライナスが想像していた儀式とはあまりにも違い過ぎた。
「浄化の儀式ともなれば、もっと神聖で、もっと清浄で、もっと厳かで、もっとこう…………」
「う、うむ、ライナスの言いたいこともよくわかる。だが、現実は現実として受け入れるべきだと私は思うぞ」
ぽん、と白い魔術師の肩を叩いたジルガの視線は、元の土色を取り戻した大地へと向けられている。
もう大地から新たな【小邪竜】が生まれてくることもないようだ。
「【
「ここに」
ジルガが黒竜の名を呼べば、少し離れていた黒竜が音もなく「宵の凶鳥」に近づいてきた。
「他の竜たちに通達してくれ。王国軍と協力し、残りの【小邪竜】を討伐する」
「御意」
ジルガに向かってそう告げた【黒魔竜】は、大きく咆哮した。
それは竜たちの言語だったのかもしれない。それまで【小邪竜】と戦っていた竜たちの動きが変化していく。
各竜はそれぞれ勝手に戦っていたのだが、【黒魔竜】が咆哮した後は連携を取り出した。
竜たちは主に、【小邪竜】の翼を狙って攻撃を加える。
当然ながら、翼にダメージを受けた【小邪竜】は空を飛ぶことができなくなり墜落していく。
墜落しただけでもある程度の打撃は受けるものの、それだけで致命的となるほどでもない。
しかし、地へと墜ちた【小邪竜】たちに、王国軍が襲い掛かっていく。
ライナスが地上のサルマンと連絡を取り、地に墜ちた【小邪竜】へと攻撃するように指示したからだ。
こうして今、ここに。
ガラルド王国軍と竜たちによる、共同戦線が正式に確立したのだった。
竜たちは主に、上空の【小邪竜】を地上に叩き落していく。中には地上の【小邪竜】へと攻撃を仕掛ける竜もいるが、王国軍が構築する戦線からは離れた個体を狙い、王国軍に被害が及ばないようにしているようだ。
王国軍も空の敵は完全に竜に任せ、地上の敵だけに集中している。
竜によって地へと墜とされた【小邪竜】。地面との激突により動きが鈍っている敵に対し、王国騎兵が見事な横列を組んで一斉に
馬の加速と馬の体重を乗せた
苦悶の咆哮を上げる【小邪竜】。そこに、騎兵隊から少し遅れた歩兵たちが取り付き、更に攻撃を加えていった。
もちろん、【小邪竜】も無抵抗で攻撃を受けるわけがない。
口から腐食性の毒液を吐き出し、爪を振るい、牙を剝く。
【小邪竜】はどんどん数を減らしていくが、王国軍も同様に犠牲者が積み重なる。
だが、全体的な戦局は竜と王国軍が優勢と言えるだろう。
そんな中、新たな【小邪竜】を生み出せなくなった【銀邪竜】は、その巨大な眼をじっとジルガへと向けていた。
まるで、「早く自分の前に来い」と言っているかのように。
「…………うむ、いいだろう」
そして、同じく上空からじっと【銀邪竜】を見下ろしていたジルガは、何かを決断したかのようにそう呟いた。
「ジルガ?」
「ジルガさん?」
「どうしたの?」
突然呟いたジルガを、不審そうに仲間たちが見つめる。
「どうやら、敵の大将が私を呼んでいるようなのでな。挨拶でもしてこようかと思うのだ」
仲間たちを振り返り、そう告げたジルガ。彼女は再び【黒魔王】を呼び寄せる。
「【黒魔王】よ。私をあのカエルの許まで連れてゆけ」
「御意」
ジルガは「宵の凶鳥」から、近づいてきた【黒魔王】へとひらりと乗り移る。そして、【黒魔王】の首の付け根あたりに跨るとそのまま仲間たちから離れて地上へと降下していく。
「お、おい! 待て、ジルガ! 迂闊に近づくのは危険だ!」
慌てて止めようとするライナスだが、既にジルガは【黒魔王】と共に地上へと向かっている。
もしも【銀邪竜】が【獣王】の魂を受け継いでいるのなら。もしも【銀邪竜】の狙いがジルガの宿す【獣王】の魂であるのなら。
迂闊に近づくのは危険すぎる。両者が近づいたことで、何かが起こるかもしれないのだから。
だが、かつて【銀邪竜】と戦ったライナスの両親──【漆黒の勇者】と「黄金の賢者」もまた、【獣王】の魂を受け継ぐ継承者だ。
過去、その二人が【銀邪竜】と接敵しても特に何の影響もなかったのだから、ジルガが【銀邪竜】に近づいても問題ないのかもしれない。
それに、ライナスが操る「宵の凶鳥」は移動用の神器で武装などは全くない。このまま「宵の凶鳥」でジルガの後を追うのは危険だろう。
更には、上空から見下ろす戦場の情報を、王国軍を指揮するシャイルードやサルマンたちに伝える役目もある。
ライナスたちは、このままジルガの後を追うわけにもいかないのだ。
「ジルガ……いや、ジール。無理と無茶はしてくれるなよ……」
ライナスは、どんどん遠ざかる黒い背中へとそう告げた。
「黒い竜に跨るジルガさんって……」
「……うん。もうどっちが悪役か、見ただけじゃ分からないよね……」
「宵の凶鳥」の上、黒竜を駆る【黒騎士】の姿に、鬼人族の姉弟はどこか疲れたように頷き合うのだった。
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