更なる援軍と黒騎士
突然上空──空に浮かぶ「宵の凶鳥」よりも更に高高度──から聞こえてきた、間延びしたような声。
だが、その声にジルガは確かに聞きおぼえがあった。いや、ジルガだけではなく、他の【黒騎士党】の面々も。
反射的に声のした方を仰ぎ見れば、そこには首のない馬に牽かれた空飛ぶ戦車が浮かんでいた。それも、無数といっても過言ではないほどの数が。
そんな無数の空飛ぶ戦車は、どれもがメタリックできらっきらに輝いていた。
「あ、あれって……」
「あの時の……」
きらっきらの空飛ぶ戦車に見覚えのあった鬼人族の姉弟が、赤、青、黄、桃、緑の五台の戦車が近づいてくることに気づいた。
「ジルガさぁぁぁぁぁん! お久しぶりぃぃぃぃぃ!」
メタリックイエロー……いや、黄金に輝く空飛ぶ戦車から、一人の女性が身を乗り出してぶんぶんと手を振る。
ただし、その女性には首から上がなく、自身の首をもう片方の手で脇に抱えていたが。
「おお、デュラはんではないか!」
そう。
それは以前、【黒騎士党】の面々、特に賢者であるライナスに大きな影響を与えた死者の魂を冥界へと導く役目を負った精霊、デュラハンたちであった。
五台の色とりどりできらっきらな戦車を操ったデュラハンたち──デュラ五姉妹は戦車の高度を落として「宵の凶鳥」と並んで飛ぶ。
「ん? あの可愛らしい被り物はやめたのか?」
ジルガの言葉通り、デュラはんは以前の見たようなファンシーな動物の被り物をしていない。そして、それ以外にも前とは違う点があった。
「…………君たちの趣味にあれこれ言うつもりはないが、いくらなんでもその鎧の……そ、その、露出度はいかがなものか?」
直視できないとばかりに視線を逸らすジルガと、その仲間たち。特にレディルは
なぜならデュラ五姉妹の纏う鎧が、胸と腰回りの極めて限られた箇所しか覆っていないからだ。
いわゆる、ビキニアーマーというやつである。
赤、青、黄、桃、緑のメタリックに輝くビキニアーマー。いろいろな意味でも直視できるようなモノではないだろう。
「いまぁ、このビキニアーマーがぁウチらの間ではぁトレンドなんですよぅ」
「そーそー。動物の被り物なんて既に過去の遺物だしー。今は素顔を出すのが流行りだしー」
「ちょっと前までは、真っ黒で変なメイクが流行ったのですわ。でも、すぐにそんな
そう言われて他のデュラハンたちを見てみれば、色こそ違えども確かに皆同じようなビキニアーマーを着ている。彼女たちの間でビキニアーマーがトレンドというのは本当なのだろう。
「そ、それで、どうしてデュラはんたちがここに?」
「そりゃー、こんだけ魂が彷徨っていたら、あーしたちに仕事が回ってくるってもんっしょー?」
「どうやら、大規模な戦争が起こっているようですわね。戦死者の魂を冥界へと導くのもわたくしたちの役目ですわ」
「そんなわけでぇ、ウチたちがこの地に派遣されたんですぅ。でも、魂の数が数だけにぃ、ウチたちだけじゃ手が回らなくてぇ、他の同僚たちにもぉ上司から命令が出されたんですぅ」
「上司? 君たちの上司と言えば……」
「はいぃ、人間さんたちの間ではぁ、【魔王】ってぇ呼ばれているお方ですよぅ」
ライナスの疑問にデュラはんがにっこりと笑って答える。
【魔王】コースモゥは【五王神】の一柱であり、神秘を司る存在である。
そのため、肉体から離れた魂の管理──生前の行いによって罰則を与えられたり、浄化され休息を与えられたりする──や、冥界を支配し輪廻転生を司るとされる神でもある。
死者の魂を冥界へと導くデュラハンたちは、全て【魔王】の配下というわけだ。
そして今、この地には無数の魂が彷徨っている。それは人間だけではなく、銀の一族のものも含まれるのだ。
生前どのような生き物であっても、魂はすべて平等。死後は【魔王】によって平等に裁かれ、次の生へと備えることになる。
「確かに、人間と銀の一族の戦死者の数は相当なものになるだろう。数多くのデュラハンたちが派遣されてきたのも理解できる」
「小難しい理屈はライナスに任せる。それよりも、土地の浄化がどうとか言っていたと思うが……」
「それに関しては、私から説明しよう」
「おお、デュラっち! 君も元気そうだな!」
メタルレッドのビキニアーマーを装着したデュラハン──デュラ五姉妹の長女であるデュラっちが続ける。
「我らデュラハンは、回収が遅れたなどの理由から怨霊化や悪霊化してしまった魂を回収することもある。その際、穢れてしまった魂は浄化してから回収することが義務付けられているのだ」
「つまり、浄化はボクたちの得意技のひとつってわけさ」
デュラっちの後を継いで続けたのは、デュラ五姉妹の次女であり、メタルブルーのビキニアーマーを纏ったデュラさんだ。
「だが、穢れた土地はこれほどまでに広がっているが……全て一気に浄化できるのか?」
「確かに、わたくしたち姉妹だけでは難しいでしょう。ですが、同僚たちの力を合わせれば、問題ありませんわ」
ライナスの質問に答えたのは、メタルグリーンのビキニアーマーを着たデュラやん。彼女は五姉妹の四女である。
「そーそー。あーしらにお任せよろー」
メタルピンクなビキニアーマーのデュラちゃん──姉妹の末っ子──が、なぜかけらけらと笑いながら手を振った。
その光景は、地上から見てもやはり異様だった。
きらっきらな空飛ぶ戦車。それだけでも十分異様なのに、その戦車を牽くのは同じくきらっきらな首のない馬。
更には、その戦車を操るのは全て女性であり、首を脇に抱えているのだ。
「え? は? あ? は、半裸のねーちゃんたちが空から降りてきた……?」
「も、もしかして俺、自分でも知らないうちに死んでたの? それで、冥界からのお迎えが来たの?」
「おお! あのねーちゃん、胸でけー!」
「いや、向こうのお姉さんのお尻の形といったら!」
「ばっか! 女はもっとこう、細くて小さくてあまり出っ張っていない方がいいんだよ! そんなことも分からねえの? おまえ、やっぱ馬鹿だろ?」
「あ、あの、僕……ど、どちらかというと、女性は大柄でふくよかな方が……」
「お、お嬢さん! 一目見た時から……い、いえ、前世から愛していました! 俺と結婚してください!」
ジルガによって召喚された竜たちと【小邪竜】たちがまさに人外の怪獣大乱闘を繰り広げているため、それに巻き込まれないよう後退した王国軍の兵士や騎士たちは、突然現れた無数の女性たちに思わず目を奪われていた。
肌も露わな大勢の女性たちが、突然空から降りてきたのだ。兵士も騎士も、あまりにも非現実的な光景に目を背けることもできない。
たとえ、その女性たちが自分の首を脇に抱えていようとも──いや、いままでの非現実的な光景からすると、その程度は既に些細なことでしかなかった。
中には、あまりにも異様な光景を目の当たりにしたことで、思わずおかしなことを口走っている騎士もいたりするが、それもまた目の前の非常識に比べたら些細なことであろう。
そして、異様な雰囲気に飲まれているのは、前線で戦う兵士たちばかりではなかった。
「あ、あー? おい、何だアレ? サルマン、分かるか?」
「さ、さすがに私もアレが何なのか分かりかねるが……首なし馬が牽く戦車に乗り、首を脇に抱えているということは…………も、もしかしてあれらはデュラハンなのか……? だ、だが、デュラハンにしてはあまりにも────」
【黒騎士党】のように、デュラハンについて正しい知識を持つ者、ましてや、直接の面識を得ている者などほとんどいない。
それは、国王であるシャイルードも、筆頭宮廷魔術師であるサルマンも、そして、王国軍本陣を守る近衛騎士たちも例外ではなかった。
一般的にデュラハンといえば、漆黒の鎧に身を包み、漆黒の首なし馬に牽かれた戦車に乗って、自身の首を脇に抱えて夜の闇の中から現れては、周囲に死を撒き散らす不気味な怪物、とされている。
そのため、突然空から降りてきた半裸の女性たちが、デュラハンであるとはどうしても思えない。
「何かよ? 空にいるジルガや兄貴の所に何人か半裸のねーちゃんたちが集まっているように見えるが……もしかして、ジルガたちがまた何か仕込んでいたのか? あの竜たちみたいによ?」
「いや……竜たちはともかく、女性たちに関しては何も聞いていないが……」
「まあ、ジルガや兄貴の知り合いのようだし、少なくとも敵じゃなさそうだ。だったら、細かいことは兄貴たちに任せておくか」
「そ、そうだな。ジールやライナス様にお任せしておけば問題あるまい」
それはジルガやライナスを信頼してのことか。それとも、非現実的な目の前の光景を一時も早く忘れたいからか。
サルマン自身、自分が下した判断の理由がよく分からなかった。
なお、そのライナスに通信用の遺産を渡してあることを、この時のサルマンはすっかり忘れていた。これもまた、目の前で繰り広げられた非現実の影響だったのかもしれない。
「では、穢れし土地の浄化は我々が引き受けよう。浄化儀式の中心的術者は──」
「もちろん、ボクが引き受けるよ」
長女であるデュラっちの視線を受け、次女のデュラさんがぱちーんとウィンクを決めながら告げる。
なぜか、そのウィンクはジルガに向けられていたが。
「では、儀式を始める! みな、配置につけ!」
デュラっちの命に従い、全てのデュラハンたちが一斉に動き出す。
儀式の進行を執り行うらしいデュラさんを中心に、他の全てのデュラハンたちが彼女を取り囲むように、空中で円形の陣形を組み上げた。
「デュラハンが執り行う浄化の儀式か。果たして、どのような術式を用いるのか……ふふふ、少し興味があるな」
賢者としての
そして。
【銀邪竜】が穢した大地を清める儀式が、デュラハンたちによって開始された。
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