激闘と【黒騎士】

 銀のガルガリバンボンが、その手に持った杖を振り回す。

 ぶん、という風切り音は、それだけで杖が持つ破壊力を物語る。

「あのカエル、杖を持っているのに魔術を使うわけではないのでしょうか?」

「どうやらそうらしい。だからと言って侮るなよ、ストラム殿。杖術、棍術の類は決して非力な武技ではないぞ」

 杖、というとどうしても魔術師が魔術を使う際の補助具、という印象があるが、杖は決してそれだけの武器ではない。

 剣や斧、槍などに比べると非力な武器のようにも思えるが、杖術、棍術はれっきとした武技であり、上級者や達人が扱えば剣や槍に決して劣らぬ凶器となる。

 そして、目の前にいる巨大な銀のガルガリバンボンが、杖の達人ではないとは思えない。

「げろろろろ! げこ、げここげこげこ!(訳:かかれぃ! だが、一息に殺すなよ!)」

 銀のガルガリバンボンが杖を振り上げる。同時に、その背後に控えていた四体の巨大なカエルどもが動き出す。

 カエルならではの大跳躍。地下空洞の天井すれすれまで跳び上がった巨大カエルは、重力を味方につけて騎士団を強襲する。

「槍隊、構えっ!!」

 しかし。

 ネルガティスの号令に従って、背後に控えていた槍を装備した騎士たちが前に出る。

 そして、槍の石突を地面にしっかりと突き刺し、穂先は上へ。上から襲い来るガルガリバンボンを串刺しにしようと身構える。

 本来であれば、突撃してくる敵騎馬部隊に対する防衛陣形を、対ガルガリバンボン用に応用したものだ。

 狭い地下空洞ということを鑑みて、用いられるのは対騎馬部隊用の長槍ではなく歩兵用よりもやや短めの槍だが、それでも落下してくるガルガリバンボンに対して有効な戦術だろう。

 実際、落下中では身動きの取れないガルガリバンボンたちは、そのまま槍衾に向かって落ちていく。

「おまえらの跳躍を活かした攻撃は、弟から聞かされているのでな!」

 それは、傷ついた弓使いの少女を背負って戦場から逃走した、一人の少年が経験したこと。

 逃走中、少年は何度もガルガリバンボンの跳躍からの落下攻撃を受けていた。ガルガリバンボンは少年と少女をいたぶるのが目的だったようで、あえて至近距離で攻撃を外し、狼狽えて逃げ惑う少年の様子を嘲っていたのだ。

 その時の経験は、少年から騎士──弟から兄へ──と確かに伝わっており、ネルガティスはその対策も立てていたのである。

 落下してくるガルガリバンボンの真下に突き立てられた数本の槍。さすがに全ての槍が大カエルの体に穴を穿つことはなかったが、それでも二体のガルガリバンボンを見事に串刺しにした。

 落下の勢いを利用したガルガリバンボンだが、逆に落下の勢いが災いとなったわけだ。

 槍を構えていた騎士たちは、大カエルの下敷きにならぬように、タイミングを見計らって後退している。タイミングが合わずに槍での迎撃に失敗した者もいたが、二体のガルガリバンボンに手傷を負わせることができれば上々だろう。

 だが、それでも致命傷には至らない。魔物の強靭な生命力は、体に槍が突き刺さったぐらいでは消し飛ばないのだ。

「まあ、想定内の結果だな。ここからが本番だぞ、ストラム殿」

「ええ、分かっております、ネルガティス様」

 ネルガティスは両手用の大剣を、そして、ストラムは二振りの小剣を両手に構える。

 二人が手にする得物からは、うっすらと光が発している。それは二人の武器が魔力を帯びた遺産であるという証。

「ジールが俺のために用意してくれたこの剣で、見事カエルを討ち取ってみせよう」

「私もジルガ様からいただいたこの剣を、しっかりと役立ててみせましょう」

 二人が構える剣は、どちらもジルガが次元倉庫の中に保管していた物だ。

 これらは彼女が組合勇者として活躍し始めてから遺跡などで手に入れた遺産で、ジルガ自身には合わなかったため、次元倉庫に放り込まれていた武器である。

 その武器を、遠征するネルガティスとストラムへと譲り渡したのだ。

 ジルガにとっては物足りない剣たちも、二人にしてみればこれ以上ない贈り物であった。

「雑魚……と呼べるほど油断はできないが、その他大勢は部下たちに任せるか」

「ええ、我々は…………」

 二人の視線の先、そこには杖を頭上でぶんぶんと旋回させる銀のガルガリバンボンがいた。




 銀剣と黒斧が甲高い金属音を奏でる。

 銀と黒が熱い抱擁を交わす度に周囲に金属音が響き、火花が飛び散る。

「……ふん、なかなかやるではないか!」

「げここけろけろろ!(訳:敵ながら見事な技量よ!)」

 銀と黒が操る超重量の凶器。その回転数がどんどんと上がっていく。

 捕らわれている村人たちでは、既に一人と一体が振るう得物が見えなくなっている。

 そして、激しい戦いを繰り広げているのはジルガと銀の剣だけではない。

 がつん、という重い衝撃が構えた盾からガイストの腕と肩に伝わり、彼は思わず顔をしかめた。

 残る一体のガルガリバンボン。普通種とはいえ、その攻撃は強く重い。

 ガルガリバンボンが振り下ろした棍棒を盾で受け止めたガイストだが、そう何度も受け止められないとすぐに理解する。

 大カエルの攻撃を受ける度、盾を構える左腕が悲鳴を上げる。いや、腕だけではない。盾自体もまた、攻撃を受け止める度にその耐久度をがりがりと削れていく。

 このままでは、遠からずガイストの左腕と盾は使い物にならなくなるだろう。

 しかし、騎士隊長の口角は不敵に吊り上がる。

「はああああっ!!」

 鋭い気合と共に、彼の陰から飛び出したレディルが両手に構えた双剣でガルガリバンボンへと斬りかかる。

 すっかり上達した双剣の技量、ライナスの魔法による各種強化、そして、彼女が持つ二振りの剣はどちらも魔力を帯びた遺産であること。

 これらの要因が組み合わさることで、レディルの双剣がガルガリバンボンの強靭な皮膚を深々と斬り裂く。

「げろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 表情の読めないカエルでも、今の声が苦しみからきていることはレディルにもガイストにも理解できた。

 更には。

 苦し気に身を捩るガルガリバンボンの右側面から、数本の矢が飛来してその巨体に突き刺さる。

 どこかに身を隠したレアスの正確無比な援護射撃だ。

 大カエルは更なる苦悶の鳴き声を上げ、その場でどたばたと暴れ回る。

「隊長さん!」

「おう!」

 一瞬だけ視線と言葉を交わしたレディルとガイストが、無作為に振り回されるガルガリバンボンの棍棒を掻い潜って肉薄した。

「おおおおおおおっ!!」

「やああああああっ!!」

 ガイストの剣がガルガリバンボンの腹を割り、レディルの双剣が大カエルの喉をX状に裂く。

 そして、鋭い風切り音と共に飛来した矢が、ガルガリバンボンの頭蓋を見事に射貫いた。

 げこ、と小さく鳴いた異形のカエルが、その巨体を轟音と共に地面へと沈める。

 しばらくは得物を構えたままじっと倒れたガルガリバンボンを見つめていたレディルとガイスト。この邪悪な異形カエルが二度と動かないと悟ると同時に、二人は互いに顔を見合わせて笑みを浮かべると、ぱちんと右手と右手を打ち合わせた。




 至近距離で超重量の武器を振り回すジルガと銀の剣。掠っただけで手足の一本ぐらいは簡単に千切れ飛びそうな、激しい攻防を繰り広げる。

「けろろろろげろげこけろろろん……げろ、げここここここ?(訳:こんな恐るべき毛なし猿がいたとは……だが、これは躱せまい?)」

 ジルガの目の前で得物を振るう銀の剣の姿が、突然周囲の景色に溶け込むように消え失せた。

「む……? 姿が消えただと?」

 敵の姿を見失い、さすがのジルガも狼狽する。

 これこそが、銀の一族の中でも銀の剣だけが持つ特殊能力。自身の姿を周囲に溶け込ませる隠形能力である。

 銀の巫女姫との交戦中だった【黄金の賢者】レメットを、背後から不意打ちした能力だ。

 交戦中だったとはいえ、レメットの鋭い感覚さえをも欺く、恐るべき隠形の技である。

 ジルガといえども人間には違いない。人間は外部から入力される情報のほとんどを、視覚に頼っている生き物だ。更にジルガの感覚はそれほど鋭い方ではない。生来五感の鋭いレディルやレアスたち鬼人族、長い人生の中で自然と感覚を研ぎ澄ませたレメットとは比べ物にならない。

 そんな彼女が戦闘中に敵の姿を見失えばどうなるか。考えるまでもないだろう。

 そして、擬態した銀の剣は、ゆっくりとジルガの背後へと回り込む。

 わずかとはいえ敵が狼狽したであろうことは、異形の英雄にははっきりと分かっていた。

 背後に回り込み、不意を打ってこの腕の立つ毛なし猿を倒す。英雄と呼ばれるほどの存在とはいえ、人間とは精神構造がかけ離れた銀の剣にとって、背後からの不意打ちを不名誉に思うことはない。

 そもそも、名誉という概念があるのかさえ疑わしい。いや、ガルガリバンボンにも名誉という概念はあるのだろうが、それが人間と同質のものとは限らないのだ。

 気配を殺し、ゆっくりと【黒騎士】の背後へと移動する銀の剣。対して、ジルガは敵の気配を完全に見失っている。

 銀の剣は敵に悟られることなく背後へと回り込むことに成功する。後は敵の首を刎ねるだけ。

 勝利を確信した銀の剣は、地面と水平に構えた剣を力一杯横薙ぎに振るう。

 そして、周囲に血煙が舞い上がる。




「げ、げろろろ……?(訳:な、なぜだ……?)」

 顔の両側に突き出た二つの眼を、銀の剣は可能な限り見開いた。

 その彼の眼に映るのは、手にした黒斧を振り抜いた姿勢の【黒騎士】。

「け、けろげろげこここけろ……?(訳:な、なぜ我が居場所が分かった……?)」

 銀の剣の隠形は完璧。そして、ジルガは完全に敵の姿を見失っていた。

 だが、銀の剣が振るった凶刃がジルガの首へ到達する直前、【黒騎士】は突然背後へと振り返ると手にした黒雷斧を一閃したのだ。

 黒斧の刃が勝利を確信した銀の剣の腹を深々と裂き、空中に血煙を舞い上がらせた。

「やはり、後ろにいたな?」

 がしゃん、と音を立てて黒斧を構えるジルガは、どことなく自慢そうに言葉を続ける。

「姿を消して不意打ちをしかけてくる奴は、大抵背後から忍び寄るものだからな!」

 どうやら、勘に任せて背後に向かって斧を振ったら、そこに銀の剣がいたようだ。

 斬り裂かれた腹からぼとぼとと血と臓物を零しながら、銀の剣がよろよろと数歩後退する。

「ろろ……ろろろろろろげろぉ……っ!?(訳:そ……そんな馬鹿なぁ……っ!?)」

 銀の剣にはジルガの言葉は理解できない。よって、自分を斬り裂いたのが全くの勘頼りだったことは分からない。

 それでも、銀の剣が手酷い怪我をしたのは紛れもない事実。

「げ、げろろ、げこここげげげこ……っ!!(訳:お、おのれ、毛なし猿が……っ!!)」

 腹を裂かれても致命傷には至っていないようで、銀の剣が再び黒い翼を展開して空へと舞い上がった。

「けここ……けろけろけここげろろげこ……っ!! げろげこけろろっ!! げこここ……げろげろけろけろげっここけろけろろろろんっ!!(訳:まだだ……まだまだ我は戦える……っ!! 巫女姫様っ!! 我に力を……我に敵を葬り去る力をどうかお与えくだされっ!!)」

 上空からジルガを見下ろす銀の剣。その裂けた腹からはなおぼたぼたと血が零れ落ちているが、それを気にする様子もない。

「もう上空からの攻撃は食らわんよ」

 再び黒炎弓ファルファゾンを召喚したジルガが、黒炎の矢を作り出す。そして、びん、という弓弦の弾かれた音と共に黒炎の矢が放たれる。黒炎の矢の生成こそが、ファルファゾン本来の能力である。継承者以外が使用しても、ファルファゾンはこの黒炎の矢を作り出すことはできない。

 開放された猟犬のごとく、黒炎の矢が銀の剣に襲いかかる。そして、放たれた矢は宙に浮かぶ銀の剣の巨体を見事に直撃した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る