それぞれの戦場と【黒騎士】
「げろげこけろろっ!! げこここ……げろげろけろけろげっここけろけろろろろんっ!!(訳:巫女姫様っ!! 我に力を……我に敵を葬り去る力をどうかお与えくだされっ!!)」
宙に浮かんだまま、銀の剣が叫ぶ。
その直後、ジルガが放った黒炎の矢が銀の剣に直撃する。
重々しい爆発音と共に、空中で炸裂する黒炎の矢。
爆炎と爆風、そして黒煙が空を赤黒く染め上げた。
捕らわれていた村人たちも。
村人たちを救出していた騎士たちも。
最後のガルガリバンボンを協力して倒したレディルとガイストも。
姿を隠したまま援護を続けていたレアスも。
最後方から戦場を把握していたライナスまでもが。
ジルガの勝利を確信し、喝采を上げようとしたその直前。
ぶわり、と突風が空を駆け抜けた。
その突風が空に咲いた赤と黒の花弁を吹き散らし、そこに隠されていたモノの姿を露わにする。
空に浮かんだ、ソレ。
ソレは黒かった。ソレは大きかった。ソレは見るからに邪悪だった。
背負っていた飛行用の遺産を吸収したのか、背中から直接黒く光る翼を展開させ。
銀と黒の斑だった皮膚は黒一色に染まり。
体格も一回り以上は大きくなり、もはやカエルとは呼べぬ姿に変貌して。
うおおおおおおおおん、と、まるで竜のような咆哮を上げたのは銀の剣。
いや、銀の剣だったモノ。
皮膚の色は変わり果て、体格も変わり、もはや魔物以外のナニモノでもなくなった、異形の英雄の変化した姿がそこにあった。
「…………おや?」
「どうかされましたか、姉上様?」
主であり神でもある【銀邪竜】より力を注がれ、新たな眷属を産み落とした銀の巫女姫、その姉姫。
彼女は「出産」直後でぐったりとした体を半ば水中に沈めながら、何かに気づいたかのような声を上げた。
「いえ……そうですか。銀の剣が……」
「銀の剣がどうかしましたかえ?」
「なに、自ら『祝福』を加速させたようですね」
けろろろろ、と楽し気な声を零す姉姫。
「おやおや、自らの命と引き換えに更なる力を求めたのですか? さすがは銀の剣、我らが英雄よな」
「ええ、あなたの言う通りです。その命、燃え尽きるその時まで我ら銀の一族に捧げなさい」
誇らしそうに呟く姉姫。そんな姉姫同様に、妹姫もまた嬉しそうに続ける。
「我らが英雄は我らが誇り。して、最後の英雄はいまどこに?」
「銀の弓ですか? あやつなら毛なし猿どもの巣に潜り込んでいるはずですよ」
「おお、さすがは銀の弓。巣に潜り込んで毛なし猿どもの長を叩くつもりか」
「そのつもりなのでしょう。そして、銀の弓ならばそれを見事成し遂げましょう」
「おお! 我らが英雄に我らが神のご加護を! そして、我ら銀の一族に栄光あれ!」
けろけろけろ。げろげろげろ。と、嬉し気な鳴き声がどことも知れぬ暗闇の中に響いた。
それは、あえて言うならトカゲだろうか。
もちろん、トカゲそのものというわけではなく、トカゲと表現するのが一番的確にその姿を言い表しているだけ。
もともと短かった脚はそのままに、極端に長かった腕は脚と同じぐらい短く。
両側にぎょろりと突き出た眼は相変わらず、顔は以前よりも細長く。
ずんぐりとした体はほっそりと、そしてその分、長細く。
そして背中から伸びるのは、黒く輝く一対の翼。
翼を震わせ空中で留まる銀の剣だったモノは、再びおおおおんと咆哮した後、ジルガ目がけて急降下してきた。
「むう、これは変化したのか?」
下から掬い上げるように振るわれたフェルナンドの刃と、空から落ちるように迫る黒トカゲの牙が激突し、火花を散らせる。
さすがのジルガも空からの急襲を受けて、後方へと弾き飛ばされた。
同時に、黒トカゲもまた無事ではなく、大きな顎を更に大きく斬り裂かれていた。
だが。
「む? 回復するだと?」
隙なく身構えたジルガは、自らが黒トカゲに与えた怪我が見る間に回復していくのを目撃する。
おおおおおおおおおん、と三度咆哮する黒トカゲ。
黒トカゲの両眼には知性の輝きは既になく、ただ本能のままに暴れ回る獣と化していることが窺える。
ただでさえ大きかった銀の剣の体は、いまや倍近くまで巨大化していた。その姿は、もはやトカゲを通り越して竜と呼んでもいいほどだ。
『おそらく、何らかの呪いによる一時的な超強化だろう』
と、ジルガの耳元でライナスの声がした。どうやら、離れた場所から声だけをジルガの許に送っているらしい。
「どういうことだ?」
『いくら魔術とはいえ、これほどまでに強化を施すことは簡単ではない。おそらく、何らかの代償を必要としているはずだ。ガルガリバンボンの上位種が追い込まれるまで使用しなかったことを考えれば、その代償は…………』
「…………自らの命、といったところか」
ライナスとジルガの推測は正しい。
【黄金の賢者】を取り逃がした際、銀の巫女姫によって銀の剣の体に刻み込まれた呪詛。それは銀の剣の命を徐々に蝕んでいくというもの。銀の剣の皮膚に斑に存在した黒いモノこそが、その呪詛である。
これを銀の剣は自らの意思で加速させた。自らの命を代償に、一時的に劇的な強化を望んだのだ。
呪詛によって銀の剣の体は完全に蝕まれ、その意識を奪って姿さえも大きく変貌させた。
自我を失い、ただ暴れるだけの獣となった銀の剣は、既に死んでいると言ってもいい。
だが、銀の剣だった獣はそれまで以上の戦闘力をなりふり構わず周囲に振り撒くだろう。
もちろん、放っておけば遠からず黒トカゲの命は燃え尽きる。だが、それを選択した場合、この場にいる王国の騎士や捕らわれている村人たちは無事ではすまない。
「つまり、早急に倒すしかないわけだな?」
『そういうことだ。やれるか?』
「当然だ。私を誰だと思っている?」
そう答えたジルガは、武器をもうひとつ召喚する。
呼び出したのは黒聖杖カノン。かつて、【黄金の賢者】が愛用していた黒杖。
「まずは、あの厄介な再生力を削るとしよう」
右手に黒雷斧、左手に黒聖杖を構え、ジルガは黒トカゲに向けて突貫した。
ぶん、と颶風を巻き込みながら銀色の杖が旋回する。
左側から襲いかかる杖による一撃を、ネルガティスは愛用の両手剣で受け止める。だが、杖を持った銀のガルガリバンボン──銀の杖が繰り出したその一撃は、攻城兵器のごとき威力を秘めていた。
何とか大剣で受け止めること自体は成功したネルガティスだが、体ごと後方へと吹き飛ばされてしまった。
ごろごろと硬い地面を転がり、何とか勢いを殺すネルガティス。その彼へと追撃を加えようと、巨体からは信じられない速度で迫る銀の杖。
上段へと振りかぶった杖を、ネルガティスの頭蓋を砕かんと振り下ろす。
だが、銀色の杖がネルガティスの頭蓋を砕くことはなかった。なぜならば、銀の杖の背後からストラムが奇襲をかけたのだ。
両手に構えた魔力を帯びた剣を高速で振り回し、銀色の巨大カエルの背部をずたずたに斬り裂く。
「ネルガティス様っ!! 大丈夫ですかっ!?」
「も、問題ない! だが助かったぞ、ストラム殿!」
げろろろろ、と銀の杖が苦しみの声を上げている隙に、何とか立ち上がって体勢を整えるネルガティス。
その彼の横に並び立つストラム。ネルガティスがちらりとそちらへと目を向ければ、ストラムは何とも渋い表情を浮かべていた。
「あれだけ斬り刻んだというのに、致命傷に至っていないとは……」
「見た目通り、耐久力もバケモノというわけだな」
苦笑しつつ、ネルガティスは素早く周囲を見回す。彼の部下たちは普通種のガルガリバンボンと戦っているが、やはり劣勢のようだ。
「早いところこの上位種を片付けて、部下たちの援護に回らねば」
「ですが…………そう簡単にはいきそうもありません」
得物である杖を右へ左へと旋回させながら、銀の杖がひたと二人の戦士を見つめている。
相変わらずカエルの表情は読めない。だが、その無表情な顔の奥に怒りの炎が燃え盛っているのが容易に想像できた。
「…………ストラム殿。例の物を使ってくれ」
「…………分かりました。できれば使いたくはありませんでしたが……このままでは劣勢一方ですからな」
ネルガティスの言葉に頷いたストラムは、革鎧の内側に仕込んである隠しポケットから小さな宝石らしき物を取り出すと、それを片手で握り潰した。
「やれやれ…………いきなり約束を破ってしまったが……彼らは許してくれるだろうか?」
「許すも許さないもありませんよ。放っておけば、再び自分たちが窮地に陥るのですからね」
「それもそうだな。せめて、後で誠心誠意謝罪するとしよう」
二人は改めて剣を構える。そこへ、銀の杖が竜巻のように体ごと回転しながら襲いかかった。
「ほうほう、ここが毛なし猿どもの巣か……これはまた、随分とたくさんの毛なし猿がいたものだ」
ガラルド王国、王都セイルバード。
その目抜き通りの片隅に立ち、流れゆく大勢の人々を見つめながらソレは呟いた。
「果たして、猿どもの長はどこにいるのか……まあ、推測は容易であるが、な」
ソレは両の眼をとある方向へと向けた。王都セイルバードの中でも、一際大きな建造物がある方へと。
「立場のある者は、それ相応の場所に巣を構えることを好むもの。それは毛なし猿とて変わるまいて」
目抜き通りを流れる人の波に紛れながら、ソレ──異形の英雄の一人である銀の弓は、特に慌てることも焦ることもなく、悠々とした態度で一番大きな建造物──王城へと向かって歩き出した。
~~~ 作者より ~~~
来週はGw休み!
次回は13日(月)に更新します。
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