空飛ぶ銀カエルと【黒騎士】

「なあ、オフクロ? このまま待っていても【銀邪竜】の封印は解けちまうんだろ? だったらこっちから攻め込んだ方がいいんじゃねえか? オフクロは【銀邪竜】がどこに封じられているか知っているわけだしよ」

 ガラルド王国、王城の奥まった一室。王とその家族、そして王に許可を与えられた者だけが足を踏み入れることができるその部屋の中で、シャイルード国王は血の繋がっていないもう一人の母親にそう尋ねた。

「それがそうもいかないのよねん。封印されている【銀邪竜】には、こちらからも一切手が出せなくってさー」

「言われてみれば、そうだよな。こっちから攻撃できるものなら、親父たちがとっくにトドメを刺しているよな」

「そうなんだよにゃあ。だからといって、アレの眷属である銀の一族を討ち滅ぼせばいいってものでもないんよね。今の状況じゃ、仮に銀の一族を滅ぼしても、遠からず【銀邪竜】は復活しちゃうからさ」

「……つまり、少しでも【銀邪竜】の復活を遅らせてこちらの戦力を整え、ヤツが封印から解き放たれると同時に最大戦力で一気に討つ、ってのが最善ってわけか?」

「まあ、そうなるかにゃ? 瀬戸際で水際でぎりぎりの戦いになっちゃうけど……せめて、【銀邪竜】を再封印できるだけの人材がいてくれたら良かったんだけどにゃあ……」

ほど神々に愛されし者は、そうそういないってわけか」

「今の各神殿の最高司祭たちも優秀ではあるんだけど、あの子……ミラベルほどではないんだよね、残念ながら」

 その小柄な体を柔らかなソファに埋めつつ、【黄金の賢者】レメット・カミルティは天を仰いでふぅと息を吐く。

「…………せめて、私の魔力が回復していたら……」

 あの時あの場で、逃亡を選択せずに刺し違えてでも銀の巫女姫を討っておけば──という考えがレメットの脳裏をぎる。

 そして、そんな母の考えを見透かしたかのように、シャイルードは苦笑しながら肩を竦めた。

「オフクロの選択は間違っちゃいねぇよ」

「え?」

「オフクロが撤退を選択してくれたおかげで、こうして【銀邪竜】に対抗する策を練ることができているんだ。もしもオフクロがあの時帰ってきてくれなかったら、俺たちゃ何の準備もせずに【銀邪竜】と戦わなきゃならなかったんだからよ」

「ルードちゃん……」

「それにやっぱ、親にゃ長生きして欲しいってもんだしな。ま、オフクロは放っておいてもあと数百年は生きるんだろうけどよ」

 にやり、とした笑みを浮かべるシャイルード。そして、そんな息子を黙って見つめるレメット。

「…………まったく、あのわんぱく小僧がこーんな嬉しいことを言ってくれるなんてねー。こりゃ、明日はきっと投げ槍ジャベリンが降るね!」

「降るか! 降るわきゃねぇだろうが!」

「いや、私が降らせてみせる!」

「降らせんじゃねぇよっ!! オフクロの場合、本当にやりかねねぇからなっ!?」




 銀と黒の巨体が空を舞う。

 背中から黒い翼のようなものを展開させた銀と黒のガルガリバンボンは、宙へ舞い上がるとそこから急降下してジルガへと迫る。

 ぎぃぃん、という硬質な音が森の中に響く。ガルガリバンボンの銀剣と、ジルガの黒斧が激突した音だ。

「む…………ぅ、カエルが空を飛ぶとは……っ!!」

「げろげげげげげ、けろんけろろんぱ(訳:今のを受け切ったか。敵ながら見事)」

 銀の大カエルは、再び上空へと舞い上がる。そして、急降下。

 再度、森の中に響く硬質な音。だが、今回は先ほどよりも音が多かった。

 上空からの攻撃を受け止めたジルガ。だが、超質量が上空から落ちてくる衝撃全てを受けることはできず、彼女の体が後方へと弾き飛ばされたからだ。

「……空を飛ぶ敵と戦うのはやはり不利、か」

 ジルガは一瞬だけ自らの後方へと意識を向ける。そこで今も自分が戦うのを見守ってくれているだろう白い魔術師へ、と。

「確か、ライナスの飛行魔術は本人にしか効果がなかったはず……もっとも、他者に効果のある飛行魔術でも、この忌々しい鎧が打ち消してしまうだろうがな」

 ジルガが纏う黒魔鎧ウィンダムは、全ての魔術を打ち消す能力を有する。たとえ、ジルガにとって有利な補助魔法や回復魔法であっても、それは変わらない。

 後方へと飛ばされたジルガが再び身構える。その時、銀のガルガリバンボンは既に上空にいた。

「けろけろげげげげろ、げろろけけけろろろ(訳:どんなに優れた戦士であろうとも、刃が届かねば無力よ)」

 上空で嘲笑うかのような鳴き声を上げるガルガリバンボン。そんな敵に対して、ジルガは手にしていた黒雷斧フェルナンドを足元へと放り投げた。そして、投げられた黒斧は地面に触れる前に消えてしまう。

「刃が届かぬのならば……これならどうだ?」

 そう呟いた【黒騎士】の手に、ふっと黒い弓が現れた。もちろん、ヴァルヴァスの五黒牙のひとつ、黒炎弓ファルファゾンである。

 ヴァルヴァスの五黒牙が全て揃った際、全ての武器の能力向上以外にもとある能力が解放されていた。

 それが各武器の召喚および送還能力である。

 黒魔鎧ウィンダムを纏う者は、残る四つの武器を好きな時に召喚・送還できる。これもまた、ウィンダムこそが五黒牙の本体であり、残りの四つの武器はあくまでもウィンダムのオプションだからであろう。

 さすがに王権の象徴である黒地剣エクストリームを勝手に召喚するわけにはいかないが、それ以外の武器はいつでも好きな時に召喚できる。たとえ、次元倉庫のような別次元の中に保管されていようとも。

 今もジルガはフェルナンドを次元倉庫の中へと送り、同じく次元倉庫の中に収納してあったファルファゾンを呼び出したのである。

 そして、ジルガは矢もないのに黒炎弓の弦を引く。

 次の瞬間、あるはずのない矢が現れた。黒炎弓の名にふさわしい、黒い炎で作られた矢が。

「弓は得手ではないが…………アイン兄さまに手ほどきは受けているのでな!」

 ひょう、と黒い炎の矢が放たれる。炎矢は周囲の空気を切り裂いて、宙に浮かぶ銀のガルガリバンボンへと真っすぐに飛ぶ。

 宙に浮かんだガルガリバンボン──銀の剣は、迫る黒い矢を得物である銀の剣で切り払う。

 だが、矢は銀の剣に触れた途端、膨大な炎を噴き上げて爆発する。

 それは、既に射撃ではなく砲撃だ。

 いかに銀の剣が英雄と呼ばれるほどの存在であろうとも、遮るものの一切存在しない空中で爆炎を受けては、回避する術を持たない。

 全身を高温の炎で炙られ、げこげこと苦し気な鳴き声を上げながら墜落する銀の剣。

 しかし、それでも致命傷には至らず、銀の剣は背負った空飛ぶ遺産を操作して何とか墜落を免れた。

 音を立てて着地した銀の剣。そこへ、黒炎弓から黒雷斧へと再び持ち替えたジルガが迫る。

「げ、げげこ、げろげげろぉぉぉぉっ!!(訳:お、おのれ、毛なし猿がっ!!)」

 掬い上げるように黒雷斧フェルナンドを振り上げるジルガ。そして、その黒雷斧を上から迎え撃つ銀色の剣。

 どちらも超重量の武器である。二振りの超重量武器を軽々と操りながら、一人と一体の戦士は激しい剣戟を展開し始めた。




「な、何という……」

「【黒騎士】殿の鎧の中身、本当に人間なんですかねぇ……」

 常人では持ち上げることさえ難しい超重量の武器を、まるで小枝のように振り回す二体の異形。

 騎士隊長ガイストと彼の配下の騎士たちは、目の前で繰り広げられるその戦いに目を奪われていた。

 彼らからしてみれば、ジルガも既に異形の仲間入りである。

「騎士のみなさん、ジルガさんが敵の親分を引き付けている間に、捕らわれている人たちを助けますよ」

 呆然とする騎士たちに、レディルがちょっと呆れて声をかける。

 でも、と彼女は胸中で思う。

──騎士さんたちの気持ちも、分からなくはないかなぁ。

 もちろんレディルは知っている。ジルガのあの黒鎧の中身が、とても美しく心優しい女性であることを。

 それでも鎧を着て戦う姿を見た時、彼女でさえついつい今の騎士たちと同じことを考えてしまうのだから。

 そして同時に、そんな【黒騎士】……いや、ジールディアの全てを包み込んで受け入れてしまうライナスの偉大さにも。

 二人の未来を想像して、思わずにやにやしそうになるレディル。だが、今はそんなときではないと、自分の頬を両手で挟むようにして一度叩いて気持ちを引き締める。

「まだ大カエルが一体残っていますが、あれは私が引き付けます」

「い、いや、君のような幼い少女一人にあんな怪物と戦わせるのは騎士として、いや、その前に一人の男としてはだな……ああ、君の実力を疑うわけでは決してないのだが……」

「ありがとうございます。でも、私は鬼人族ですから、捕らわれている人たちが素直に話を聞いてくれるかどうかわかりません。ですから、騎士さんたちに救出に行ってもらわないと」

「……それもそうだな。ならば、私が君と一緒にガルガリバンボンを引き付けよう。救出の指揮は副官に任せる」

「では、ご一緒しましょう。ああ、弟がどこかから援護してくれるはずですから」

「姿の見えない凄腕の弓兵、か」

「戦場で、それほど嫌な存在もありませんねぇ」

 ガイストとその副官は先ほど見たばかりだ。まだまだ幼い鬼人族の少年が、姿を見せることなく正確無比な狙撃を行うのを。

 もしも自分が戦場でそんな弓兵に狙われたとしたら。そう考えてしまったガイストと副官は、揃って顔をしかめた。

「だが、今は味方だ。頼もしいことこの上ない」

「ライナス様や【黒騎士】殿を怒らせることは絶対にやめてくださいよ、隊長」

 副官のその一言に更に顔をしかめたガイストは、足音を一切立てることなく滑るように移動するレディルの背中を追いかけた。




 げろげろげろげろ、と不気味な鳴き声が地下の空間に響き渡る。

 その鳴き声を聞き、ネルガティスとストラムは露骨に顔をしかめた。

 鬼人族、白鹿の氏族の集落近く。その地下に広がる遺跡都市──の、更に地下。

 祭儀場と思しきその地下空間では今、ネルガティス率いるガラルド王国の騎士と、銀の皮膚を持った一際大きなガルガリバンボンとその配下たちによる戦いが繰り広げられていた。

 戦況は、はっきり言って騎士側が不利。

 数の上では騎士たちの方が多いが、個体の能力差ではガルガリバンボンの方が高い。そして、そのガルガリバンボンが全部で五体もいるのだ。

 多少数の上で勝っていても、十分覆されるだけの戦力比だった。

「げろろ! けろけろ! げろけろ! げろろろろろろろ、けろけろけろけけけけろ!(訳:苦しめ! 足掻け! 悶えろ! 貴様ら毛なし猿の苦しみが、我らが神を縛める結界を弱めるのだ!)」

「ストラム殿……?」

 銀のガルガリバンボンから目を離すことなく問うネルガティス。そして、そのネルガティスの隣で彼と同じように敵から目を逸らさないストラムが、小さく首を横に振った。

「ライナス様でさえ、あのカエルどもの言葉は理解できなかったのですよ? 私に分かるわけがありません」

「ふん、あいつにもできないことがあったのか」

 ストラムの言葉を聞き、ネルガディスがにやりと笑う。

 そして、そんな王国騎士の様子に、杖を持った銀の大カエルがどことなく苛立ったような鳴き声を上げた。

「げげろけろろろろげろ……?(訳:まだ笑う余裕があるだと……?)」

 銀の大カエルは、手にした何らかの骨製らしき杖をどん、と地面に打ち付けた。

「けろけろ、げんげろげろげろげげ! けろろんけろろんけろけろけ!(訳:ならば、もっともっと苦しめてやろう! 自ら殺してくれと願うほどにな!)」


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